軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お父様と私と

「リア、ほら、あーん」

「あ、あーん」

「お父様、リアにそのひと匙は多すぎます。リアの小さい口に合わせて少しだけすくうんですよ」

「そ、そうか」

お父様はぎこちなくつぶしたお芋をすくい直した。そのすきに兄さまが私にひと匙お芋を食べさせる。それを追いかけてお父様が私に食べさせようとするが、もう限界だ。

「ほら、リア、今度こそ」

「もう、おいも、いりゃない」

「なんということだ」

子どもに食べさせられなかったくらいでそこまで嘆くことだろうか。再会して最初の夜からこんな調子のお父様である。

初日に町を出るのに時間がかかったせいか、その日は国境近くの町の旅館に泊まることになり、そこでの夕食の一コマだ。

「ご領主だけでなく、四侯まで!」

とひっくり返りそうな宿の主人ではあったが、そこはやはり領都と王都の途中にある宿屋である。すぐに人数分の部屋を用意してくれた。しかし、食事はできれば食堂でということで、貸しきりの宿屋の食堂で、皆でご飯を食べているのだ。

「ルーク、私は明日にはリアと離れて先に王都に戻らねばならないのだぞ。ここは父様に譲ってくれてもいいのではないか」

「私だって王都に戻ったら、週末以外は寮にいなければならないのです。お父様はいつでもリアと一緒にご飯を食べられるではないですか」

「しかし、わざわざ辺境まで来たのに」

「本当ですよ。また護衛隊の方々に迷惑をかけたのでしょう」

兄さまはあきれたようにそう言うと護衛隊のほうを見た。そんなにお父様はあちこち行っているのか。私が護衛隊のほうを見ると、慣れているのか、苦笑しているものが大半だったが、私の視線を感じると笑みを引っ込めて緊張したようすになるのがちょっと気になる。なぜだろう。ただのかわいい幼児なのに。

私はデザートに果物をもらってようやっと食事を終えた。ここにドリーがいてくれたらいいなと思うようになるとは思わなかった。きっと、「リア様はお一人でできます」と言ってくれただろうに。

「それにしても、三人揃うと壮観ですなあ」

感に堪えないというようすなのは、タッカー伯だ。実はこの人はずっと領都でも一緒にいてくれたのだが、他の人に紛れて存在感が薄かったのだ。なんと、この地域を治める領主だという。といってもそれがどれだけ偉いのかはちょっとわからない。

そう言われても、確かに兄さまとお父様はよく似ているとは思うけれども、私はどうなのだろうか。お父様と兄さまが並んで座り、私はお父様のちょっと固い膝に乗せられている。

「よく似ているということもですが、その四侯の色が三人揃うということが珍しいのですよ。まして四侯が王都から出ることなどほとんどありませんからな」

周りを見ると、宿の主人など私たちに手を合わせているし、給仕をしていたお姉さんたちも、お父様やギルを憧れの目で見ているではないか。兄さまは素敵ではあるけれどもお姉さんたちにとっては対象外のようでちょっと安心した。

「ここらはもうすぐそこが辺境ですからな。結界の端にあって、辺境がどのように大変かをよく知っているのですよ。結界を張っている四侯となれば、それは憧れもするし感謝もするでしょうよ」

タッカー伯は一人頷いている。そういえば、辺境では夜にゆっくり外で食事をするなどということはなく、夕方には急いで皆家に帰っていた。まして、この宿のように女の人が夜に外で働くなどありえなかった。

「うぇしゅたー、よる、こども、おにゃのひと、しょとに、でにゃい」

「何かの事情で働かなければならない女の人もいますからな。夜にかかるまで働けるということは、ありがたいことなんですぞ、リーリア様」

「あい」

私はタッカー伯に素直に頷いた。

「さあ、リア、今日は父様と一緒に休もうな」

「あい」

「もちろん私もですよ」

「あい」

どうやら、一緒の部屋で寝るようだ。私たちが部屋に引っ込もうとすると、護衛隊の人たちも席を立った。

「そなたらはまだ酒でも飲んでいるがいい」

父様は振り向きもせずにそう言ったが、

「いえ、護衛中ですので」

どうやら代表の人がそう言って断っている。お父様が背を向けているので、抱かれている私はかえって護衛隊の人をはっきりと見ることがで来た。その誠実そうな、頑固そうな人は私と目が合うとほんの少し申し訳なさそうに顔をゆがめた。

「あの、お嬢様に、リーリア様に謝罪を」

「必要ない」

護衛隊の人の言葉をお父様はあっさりと切り捨てた。謝罪をと言ったが、この人たちを私は知らない。何のことか。

「しかし、あの時私の失策でリーリア様は辺境で半年暮らすことになってしまいました」

私は目を見開いた。あの時、お父様と離された時の護衛隊の人だ。お父様に竜をぶつけて、竜から落としていた。思わず私はつぶやいた。

「おとうしゃま、りゅうから、おとちた」

「覚えておいでか! なんということだ」

謝罪をと言いながら、私がどうということではなく、自分の気持ちの行き所を捜していただけなのだろう。私が覚えていたことで、激しい衝撃を受けていた。

「グレイセス」

お父様は、振り返りもせず静かにその人の名を呼んだ。

「お前はもう一度あの状況に陥ったとして、あの時と違う判断をするか」

「……いえ、何度あの状況になったとしても、同じ判断をすると思います」

「それならば、それを貫くがよい。自分の気持ちを晴らすだけの謝罪に何の意味がある」

グレイセスと呼ばれた人はうつむいた。

今ならわかる。あの時、ラグ竜は既に私のことを仲間と認め、守らなければならない存在として見てくれていた。だからこそ後ろから追いかけてきて、先行する仲間のラグ竜を抑え込んだお父様と護衛隊を敵とみなし、私を守るためにスピードを上げた。それを見越して行動することなどできなかったはずだ。

それしかなかったと思っても、おそらくお父様の嘆きは心に響いたのだろう。そして今日の団欒を見て、自分が失わせたものの大きさを知り、罪悪感に耐えられなくなった。

この人が私たちのラグ竜を止めていてくれたら、ハンナは死ななかったかもしれない。私だってすぐお父様のもとに戻れていたかもしれない。

だけど間違えてはいけない。この人のせいでさらわれたのではないのだ。

「ぐれいしぇしゅ」

そう呼んだ私にお父様はピクリとし、グレイセスがはっと顔を上げた。

「ちかたにゃかった」

それだけのことだ。

「おとうしゃま、たいしぇちゅ。りあ、ちってる」

私はグレイセスに頷いた。お父様は目立たないようにため息をつくと、振り向いて私を降ろした。その私の前にグレイセスは膝をついた。後ろで護衛隊の人たちがやはり片膝をついている。

グレイセスはそっと私の手を取ると、額に押し当てた。なんだか恥ずかしいんだけど。

「リーリア様、これからはリーリア様もお守りいたします」

「あい。おねがいちましゅ」

思わずよきにはからえと言ってしまうところだったが、ちゃんと答えられたと思う。

「もういいだろう。いつまで手を握っている」

お父様が後ろから私をさっと抱き上げた。そのまま振り返りもせずに階段を上がっていく。兄さまも後に続いた。

「小さくても四侯、さすがです」

「辺境で生き延びたのは偶然ではない、と、シーベルでもそう思わせる、堂々たる幼児っぷりであったよ。何よりあの愛らしさよ」

「違いありません」

仕方なかった、と。自らがさらわれ、辺境で暮らさざるを得なかったことを、それだけで済ませる器の大きさ。オールバンスはどこまで自分を惹きつけるのか。

グレイセスがそう思ったことを、二階の私たちは知らなかったが、知っていたとしても、知らなかったことにしていただろうと思う。だって面倒くさいんだもの。