軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あきらめなければ

「まさか! セバス! 連れてきているのか! ばかな」

兄さまは責めるように言うと、馬車のほうを強い目で見た。

「にーに、め」

私は兄さまを止めた。

「リア、でも」

「にーに、りあのことは、りあがしゅる」

「リア」

兄さまはこぶしをぎゅっと握りしめると、口を引き結んだ。

「せばしゅ、おりりゅ」

セバスは私を下ろすと、馬車に声をかけた。すると馬車からセバスよりも若い女性と、兄さまより少し大きい男の子がおずおずと降りてきた。その人は私を見るとハッとして深々と頭を下げた。男の子のほうは、やっぱり口を引き結んで、黙って頭を下げた。

この人たちが、ハンナのお母さんと、弟。

私はラグ竜のポシェットをごそごそと探った。黄色い目の王子にぶつけた時に、壊れたりしなかっただろうか。あった。

私は細い金のネックレスを取り出すと、頭を下げているお母さんに近付き、手のひらに乗せてそっと差し出した。

「こ、これは、私がハンナに買ってあげた……」

「はんな、だいじにちてた」

お母さんは震える手をネックレスに伸ばした。私はネックレスをお母さんに握らせた。

「はんな、もういにゃい。リアのしぇい。ごめなしゃい」

「お嬢様、いえ、いいえ。お嬢様を連れ出したのはハンナです。それなのに、これだけでも、帰ってきてくれた。ハンナ、ハンナが……」

崩れ落ちたお母さんの肩を、男の子がしっかり抱いて、私を見た。私のお付きにならなければ、ハンナは罪を犯さずに済んだ。しかし、私はうつむいたりしない。そのことをちゃんと背負って生きていく。私は何も言わず、頷き、背を向けた。

「せばしゅ、いっちょに、かえりゅ」

「私はキングダムには、もう戻りません。ここで暮らします」

知ってた。でも、聞かずにはいられなかったのだ。セバスの静かな目は、後悔はないのだと言っていた。

「しょれなら、りあ、あいにくりゅ」

「本当ですか。それではセバスも、それを楽しみに生きねばなりませんね」

「あい。にーにがつれてくりゅ」

「やっぱり私がですか」

兄さまは緊張を解いてあきれたように笑った。

私はセバスの足にぎゅっとしがみつき、背中をぽんぽんとしてもらうと、そっと手を放した。もう泣いたりしないのだ。

「あいにくりゅ」

もう一度そう言うと、セバスにも背を向けた。

「リア様。お元気で」

「あい。せばしゅも」

そう返事をすると、振り向きもせずに、すたすたと歩き去った。いや、本当は数歩だったのだけれども、いつもはからかう皆も、何も言わずに私をかごに乗せ直してくれた。

「がんばったな」

かごを閉めながら、クライドがそっとそうささやいた。少なくとも、私は生きているのだから。ハンナのお母さんの前でめそめそしたりできるわけがない。

私達を見送りながら、ハンナの弟が、

「あんなにいい子で、俺は一体だれを恨んだらいい」

とつぶやいたのも、

「リア様なら、それを間違えたりしない。悪いのは、悪いやつらだ。嘆いても、過去は戻らないし、未来もない」

とセバスが答えたのも、知るよしのないことだった。

シーベルから国境までは実はとても近い。お昼を食べて、午後のうちにはキングダムに入る。

秋の草原は楽しいけれど、私の心は複雑に揺れていた。

早く帰りたい。でもみんなと離れたくない。帰りたい。でも。

もう決めたはずの心が、草原の風に吹かれる枯草のように揺れて落ち着かない。ラグ竜も何かを感じているのか、心なしか落ち着かない。

そんな中、バートが竜を私のかごに寄せてきた。

「ルークさん、リア、おそらく国境だろう、そのあたりに、何か集団がいるぞ」

バートはハンターだ。誰より目がいい。気が付かなかった護衛がざわついた。兄さまはギルを見て、頷いたギルがバートに尋ねた。

「バート、人数は」

「こちらよりは少ない」

「それなら、様子を見ながらゆっくりと進もう」

そういうことになった。私たちは緊張しながらゆっくり進んでいく。

「あれは……ルークさんと同じような白い服の人が一人。そして黒服が護衛のように周りに控えているぞ」

「なんですって! まさか」

兄さまはまたギルのほうを見た。ギルも少しあきれたような顔をして兄さまを見ている。

「どれだけ無理をしていらしたのか。竜をとばしてきたのに違いない。護衛隊の人たちも、毎度毎度ご苦労なことです、本当に」

「にーに、だりぇ」

「リア、おそらくお父様ですよ」

「おとうしゃま!」

まさか! いつ帰ってくるかもわからないのに、迎えに?

「そうとなったら、急いでも大丈夫です」

ゆっくり進んでいた私たちは、少しスピードを速めた。やがて私の目にも、集団が見えてきた。

草原の風に吹かれているのに、まるで家にいるかのように涼しい顔をした人。

「まじか。椅子に座って、というか足を組んでくつろいでるって、いったい」

バートが思わず漏らすほどに自然体だ。いつものように長い髪を後ろで一つにきっちり結わえている。あんまりきっちりしているから、草原の風でさえそれを揺らすことができないほどに。

「おとうしゃまー」

「キーエ」

私の声が草原に響く。座ったままのお父様の口元が、ほんの少しほころんだ。竜は返事をしなくてもいいのに。

「護衛隊がまるでオールバンスの私兵のようです。まったくお父様ときたら」

兄さまがあきれたように頭を振っている。私たちの集団は、お父様たちの少し前で止まった。どうやら、ここが国境のようだ。

「おりりゅ」

「いいでしょう」

兄さまの許可が出て私はかごから降ろしてもらった。本当はかごにのったまま国境を越えたほうが早いし安全なんだろう。でも、かご越しではなくお父様を見たかった。クライドに降ろしてもらって前を見ると、お父様はまだ椅子に座っていた。

まったく。お父様はいつもそうだ。そうして私が動くのをじっと待っている。本当はどうしたらいいかわからなくて、心の中では困っているのに。

私はすたすたと歩き始めた。お父様。

「リア!」

アリスターの声に私ははっとして足を止めた。アリスター。バートたち。私は振り向こうとした。

「リア」

今度はお父様だ。私は立ち止まって、どちらにも動けなくなった。どうする、私。

「馬鹿だな、リア、迷わせたかったんじゃない。ほら、これ」

アリスターが走って側に来ていた。しゃがみこんで私の目を見ると、私の手を握って何かを持たせた。

「ふえ……」

「好きだっただろ。もう吹くなって言ううるさい王子もいないし、持って行けよ」

「あい」

私はそれをラグ竜のポシェットにしまった。

「会いに行くから」

「あい」

「元気でな」

「あい! ありしゅたも」

「おれたちもな」

「ばーと。みりゅ。きゃろ。くらいど」

いつの間にかみんながそばに来ていた。

「見送ってやるから、行ってこい」

「あい! いってきましゅ」

みんなの笑顔に見送られて今度こそ私はお父様のほうを向いた。すたすたと進みだす。

「あーあ、結局よちよちしたままだったな」

「よちよちちてにゃい!」

「あ、ああ、すたすた。ちゃんとすたすたしてるよ」

それでいい。

キーンと、見えない結界が体に響いても私はすたすたと歩き続けた。そして止まった。

「おとうしゃま」

手を伸ばす。一瞬動かないかと思ったお父様は、さっと立ち上がって私を抱き上げた。

「リア! おかえり」

「あい。ただいま」

お父様のにおいがする。

「さて、帰るぞ」

「え」

お父様はそのまま踵を返すと、すたすたと歩き始めた。周りの皆はあっけに取られている。護衛隊もとっさには動けずでいた。

「え、え、みんにゃに、あいしゃつ」

「必要ない。すぐに帰る」

「おとうしゃま」

「なんだ」

お父様はやっと立ち止まった。

「りあ、いにゃくなりゃにゃい」

「いなくなったではないか。父様を置いて」

お父様は子どものようにそう言った。

「もう、いにゃくなりゃにゃい」

「本当か」

自分で決められるのなら、もう絶対にいなくなったりしない。

「あい」

「リア!」

お父様はやっと私をひしと抱きしめた。

「お父様、さすがに私もあきれました」

「ルーク、だが」

「だがではありません。リアを助けてくれた人たちです。ちゃんとお礼を言ってから、帰りましょう」

「仕方ない」

何が仕方ないのか。皆のあきれた視線の中、お父様はまたすたすたと国境近くまで戻ってくると、呆気に取られているバートやアリスターをじっと見つめた。

「すげえ、オールバンスが三人揃うと壮観だなあ」

ミルののんびりした声がする。私は思わずおかしくて笑ってしまった。それで場が和やかになった。

「ハンターよ、わが娘を助けてくれて、感謝する。王都を訪ねてくるがよい。オールバンスはいつでもそなたらを歓迎する」

お父様はそれだけ言うと、返事も聞かずにみんなに背を向けた。

「これが、四侯」

キャロだろうか、あきれたような、感心したような声がする。

「いえ、むしろオールバンスと。あえて言うなら、ディーン殿だからというべきでしょうね」

護衛隊のだれかがそう小さい声でつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

わがままだけれど、これがお父様。私は深く安心して、父さまの胸に頭を預けた。長かった旅がこれで終わりだ。そのままポシェットをごそごそして笛を取り出した。

「なんだそれは」

「ふえ。たのちい」

「楽しいのか。ならいい」

私は笛を吹いた。

「プー」

「キーエ」

「プー、プー」

「キーエ、キーエ」

近くから、そして遠ざかっていく方から、ラグ竜が答えて鳴く。

「プー」

「キーエ」

つらかったけれど。

「プー、プー」

「キーエ、キーエ」

楽しかったね。

「プー」

「キーエ」

あきらめなければ。

「プー、プー」

「キーエ、キーエ」

きっとまた会えるから。

「さあ、帰ろうか」

「あい!」

今は、お家へ帰ろう。