軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父親

準男爵の告白は衝撃的なものだった。

母は髪を振り乱し件の男に掴み掛かり「お前の! お前のせいで! 悪魔‼︎ 人殺しの人でなし‼︎ 娘を返せ‼︎ 私の…私の娘を! リザも返せ! お前など何度死んでも死の価値などない塵芥も同然のくせに‼︎」と罵詈雑言を吐き捨てる。

そのくらいしか母には出来ない…

結局のところ男の処分は父に一任された。

今日は情報過多で私自身何が何だか分からないうちに時間だけが過ぎていた。

自室で1人になり冷静に考えれば 幾多の 思い当たる節が見えて来る…

ステラは確かに母と近しい紫の瞳だった…

そして水の聖力を持っていた

でもそれだけだ…薄い金の髪色は父の色とも違う。

一方のスピカは如何だろうか

榛色の目は父や弟達と同じだ…

水の聖力もある。そして光も…兄弟の誰よりも多い力だった…

髪の色は母に近いヘーゼルカラー…

何故気づかなかったのかと言いたいが本当にそうなのか? と疑問は鎌首をもたげる。

その疑問のままに私は、後にある人達からは真実、またある人達からは悪魔と呼ばれる魔道具を作り出す。

それはまた一つエメンタール家に波乱をもたらしエメンタールの惨劇と呼ばれる事件を引き起こす引き金となるのだがこの時の私はまだそれを知らない。

マスキーは1人取り残されたかのように当主執務室の机に座り込んでいる。

今日は朝から疲れた

早朝の皇城への呼び出しに陛下との謁見

知らされた娘達の偉業と罪

私達が1人の娘に犯して来た愚かしい罪の露呈

そして娘の真実…

とどめに今し方届いた皇室からの報告書だ。

中身はステラの力についてだった。

通常は国家機密扱いのそれは今回は国の落ち度も一部あるとの何とも歯切れの悪い説明と共に届いたものだ。

読み進めれば読み進めるほどに恐怖する内容がそこには書かれている。

ステラの力とは声と視線で相手の思考を自分の思考に近いものへとする力。

しかし全く知らない事柄やそうと認識していない事柄などに対しては抵抗性が強く効果が発揮されない。

影響対象者の心理的、精神的なものにも影響され、行使者に対して悪感情や拒絶、他者への忠誠の厚い者には効果が薄く、逆に好意や羨望、憐れみ、使用者への罪悪感などの感情を持つ者に強く働きかける力を有する。

範囲は顔の見える声の届く距離。

一度効果が確定すると思考の誘導効果時間は長くなり常に受けることで常態化する可能性がある。

使用者と物理的、時間的な距離を取ることで改善するが、使用者に再び力を行使された場合また影響下に入るものと推測される。

現行、力を行使したと確認が取れているのはエメンタール領内、帝都市内、学園内、皇城内と限定的ではあるが広範囲、高位貴族にまで渡るため影響が大きく看過することは危険。

早急な対応が望まれる…

私はあの子の影響下に常にいた…

一瞬それはスピカに対する免罪符になると思いホッとしかけた。

しかし私の心の内にスピカを養女だと、他人であって家族では無いと侮る心があったのだと気付かされる。

そうでなければあそこまでスピカに非道にならなかっただろう…

家族に見返りを求めるか? 求めまい。それも成人前の女の子に…いえようはずも無いだろう…

結局の所、私の心の弱さが露呈するだけの惨めな便りだった。

そしてもう一通の報告書にも目を通す。

こちらは結界の乙女に関する報告である。

現在の国境線と帝国が定義する位置まで結界の範囲の拡張が確認された。

一部反政府勢力と思しき者達が潜伏する複数の辺境地域に結界の拡大の遅れが見られる為、第三皇子を筆頭指揮官とした聖騎士部隊を編成し討伐及び掃討作戦を敢行中。詳細は不明。

結界維持に必要なコストの軽減を確認。それに伴い今後は結界の乙女の任期を限定的とし短期間サイクルで運用可能。任期満了後の継続的な一般生活が可能と成る可能性が高い。今後の運用による検証が必要。

そして最後に結界内で人の心を相手の同意無く動かす力の効力を無効化する事が追加されたと記載されている。

スピカは一体どこでステラの力を聞いたのか…

その一文に込められた苦しさや悔しさのようなもので胸が締め付けられる。

そして彼女の優しい心に触れた心地がした。

気付けばマスキーはギルドの転移陣の上にいた。

金貨を対価に差し出せば

「金もいいけどこの前のお嬢さんみたいに聖石の方が良かったなぁ」と言われた。

気になって、いつの事かと聞けば建国祭の日だという。暗い色のローブに下は白の服を着た若い女の子が深夜にエメンタールへと飛んだと…

直感で私は気付く。

それはスピカだったに違い無い…

そのまま詳しく聞くことも出来ず私はエメンタールのギルドへと飛んでいた。

深夜のキイワの街を彷徨うように私は教会を目指した。

深夜の来訪に守護の聖騎士は訝しんだ様子だった。

来訪の連絡もなく、深夜に貴族が馬車でなく徒歩で従者も伴わずに来るなど思っても見なかったのだろう。

この地の領主だと、エトワール卿を呼べと云えば訝しみつつも対応してくれた。

エトワール卿は夜中だと言うのに正装で対応してくれた。

「ようこそ、お久しぶりですなエメンタール伯。今宵はご当代様にお会いに来られましたか?」

卿は優しくも何処か憐れみを帯びた視線を私に向ける。これは娘を人柱にした私への非難か?

それともここまで追いやっておきながら、のこのこと現れた私への当てつけか?

そうも思ったが私は静かに頷き促されるままに教会へと入る。

教会の聖堂は深夜にもかかわらず、人がまだ数人いる。皆が女神像へと真摯な祈りを捧げている。

以前来た時にはこんな光景は見られなかったと思っていると卿が教えてくれる。

「ここ数日でお祈りに来られる信徒が増えたのですよ。なんでも新たなご当代様の偉業を歌う吟遊詩人の影響なんだとか。熱心な方は遠方よりいらっしゃいます。特に辺境領からが多いですね」

市井ではそんな事になっているとは知らなかった。

娘の偉業だと言うのに知らされるのは全て人伝…全く情けない。

いつものように目隠しをされ、聖域前の部屋へと通される。

この先は聖域。もしスピカが私を拒絶したらと薄寒い心地でその時を待った。

光が部屋を包むと私の心は早鐘を打つ。

私の恐怖を他所に光の中から一筋の聖域への道が開かれる。

その事が無性に嬉しいのに…そこへと続く道を行くのがまた堪らなく怖い…

エトワール卿は急かす事もせず私が歩み始めるのを待っている。

溢れんばかりの不安を押し除け私は重たい足を一歩、また一歩と踏み出す。

距離にして僅か数メートルが断罪の道のように長く感じる。

目の前に見えるのは石造りの寝台…

やはり棺にも見えるそれに見覚えのある人影が横たわっている。

私の目の前は涙で滲んでご当代様を映す事が出来ない。

理解したく無いのだ。

ここまで来ておきながら…

勢いだけでここまで来てしまったので心の整理など出来ていないのだ…

それでも…これは…私の…罪の証明…

強引に袖で涙を拭い溢れる涙を必死で堪え、棺を見据える。

そこにはあの日の装いで横たわる娘がいた。

目元には痛々しくも白いレース布を巻かれ、胸元には想い人からの愛を抱き…

私の娘は…スピカはこんなにも痩せていただろうか…

思い出せない自分が心底情けない

私はその棺の前で膝を突き感情の波に身を任せた…

ただそこには愚かな父と静かに眠る娘だけの空間となった…

気づけば側にエトワール卿が佇んでいた。

「お嬢様はとてもご立派に眠りにつかれましたよ。

素敵なお嬢様をお育てになりましたね」

その言葉の意味が分からなかった…

私は娘を虐げたのだ…育てたなどと烏滸がましい…

「幼い頃より私は見ておりました。とても真っ直ぐに育たれたと思いますよ。私は親戚のおじさんのような心づもりで見守らせて頂いておりましたからね」

「私は…私達は娘をちゃんと育てていたのだろうか…」

「少なくとも私には幸せに愛されてお育ちになったお嬢さんに見えました。

ここ数年は曇り顔ばかりが目立ちましたが、その心根は幼き日のままでした」

エトワール卿は静かに微笑んでいる。

その言葉に嘘はないのだろう…

愛していたはずなのに…その思いが一層重くなる

そしてふと思い至る。彼も娘を結界の乙女へと送り出した人ではなかっただろうか…

「貴方は娘を送り出した時に後悔はなかったのですか?」

エトワール卿は一瞬だけ視線を逸らした。

「葛藤がなかったと言えば嘘になります。しかし、娘が決めた事ならばと送り出しました。

伯と違って送り出す間に心の準備も出来ましたしね…

それに、今は娘とお茶を楽しむのが日課なのです。

残された日々を大切に…

伯も長生きされればそのような日常が待っているやも知れませんよ」

エトワール卿は私に希望を示してくれた…

名残惜しくも聖域を離れる

スピカ…何度呼んでも返事は無かった…

私があの子の声を再び聞く事ができる日は来るのだろうか…

そして直接私の方からあの子に謝罪ができる日は来るのだろうか…

白み始めた空を背に私は領主館の門を潜った

こんなにも屋敷の庭が広かったのかと思う距離を1人歩いた。

屋敷に着けば杖を突いた躯体が待ち構えている。

「やっと来おったか、このバカ息子」

怒った様子も無く、只々重くエルバムは言葉をかける。そして付いてこいと屋敷の奥へとゆっくりと歩みを進める。

マスキーはただ黙ってついて行った。

部屋に入るなりエルバム老は口を開く。

「ご当代様は美しかっただろう?」

そう言って机の上にドンッと琥珀色の酒瓶を叩くように置く。

「まぁ久々の親子の対面だ。少しばかり付き合いなさい」

マスキーはエルバムの前に居心地悪そうに腰を下ろした。そして小さなグラスに注がれたそれを一気に飲み干した。

「父上はスピカがご当代だと知っていたのですね…」

喉は焼けるように熱い。

「勿論だ。お前がよこした次代様の書状に孫娘の名前があった時は心底驚いたぞ。そんな決断をする子かも知れないとは思っていたが、まさかお前が許すとは思わなんだよ。

心を尽くしてお送りしたよ。お前の代わりにな」

「知っていたなら止めてくだされば良かったのに、何故…」

「当主の決定に逆らえというのか? あの書にはお前のサインと当主印が押されておった。

それにあの子が強く望んだ事だ。可愛い孫娘の最後の頼みを突っぱねる事など儂には出来んかったよ」

エルバムはゆっくりとグラスを傾ける。

「本物だったんだ…スピカは本当の私の娘だったんだ…父さんは知っていたのですか?」

エルバム老は首を静かに振る。

「いいや。今聞いた。それが仮に真実だったとして儂にとっては何も変わらんよ。あの子は儂にとって可愛い孫娘だ。お前が家族として引き取ったあの日からな。 仮令(たとい) 血が繋がっていようがいまいが、お前が娘と決めたその時から儂の孫なのだから……」

そう言って今度は一気にグラスを煽る。

「それと、お前は先程からスピカの事は気にするがもう1人の孫娘の事はどうした? あんなにも心を寄せていたではないか?」

マスキーは今の今までその存在を忘れていた

いや忘れようとしていた…それは逃避と分かっていながらも弱い心で目を背けていた。

「ステラは皇室に対して敵対的行動を取った為反逆罪で処刑が決まりました…」

苦しく俯き答えた。

「それは…難儀な事になったな…」

「自業自得です! あいつは私達も手玉にして本当の娘であるスピカを苦しめて、私達家族から奪い取ったんだ!」

マスキーは自分は自分達は悪く無いと開き直る。

しかしそれをエルバム老は許さない。

「お前のそういう所だぞマスキー…

儂はステラが何をしでかしたのかは知らぬ。

しかし子を諌め導くのも親の役目ではないか?

スピカ同様に会いに行ったのか? 話は聞いてあげたのか?

それに、先も言ったがお前が家族とすると決めたのだろう?それであればそこに本物も偽者もない。分け隔てなくと思えなかったお前の心根に問題はあるのだ。そんな覚悟で子供を迎えるべきではなかったな…

今一度言おう。儂にとってスピカもステラも可愛いお前の子だ。儂の掛け替えの無い可愛い孫娘達だ。

お前の妻も、お前そっくりなカインも、捻くれ者のアレクも、やんちゃなフレットも皆儂の家族だ。

無論お前もなマスキー」

マスキーは口を何度もパクパクとさせて何か言わなければと思う。しかしながら言葉が出てこない。

「なぁ、息子よ。海賊共は捕えられた後、拷問の先で炭鉱奴隷として堕とされることを聞くと皆一様に『殺せ! 殺してくれ』と言うのだよ。それはとても楽な逃げ道だとは思わんか?」

何を言っているのだろうと一瞬思う。

しかしそれは都合の良い逃げは許さないとの意思を伝えるものだと気づく

「子の誤ちを正すのは親の役目。誰もお前を正面切って罵る事は無いだろう。陰で後ろ指指される事もあるだろう。

それはお前が招いた業だ。それを背負ってなお生き足掻け。

家族を今からでも守れ。心根が死ぬ前に正せ。

スピカはお前達を恨んでなど、呪ってなどおらん。

あの優しい子の為にも今から遅すぎる後悔と懺悔を胸に生き続けろ。それがお前に課された罪の贖いとなるだろうよ。逃げる事は儂が許さん。

己を許すなよ。許すのは被害を与えた方には無い。与えられたものにしか無い特権なのだからな」

マスキーは何も言えない…

言いようがない

ただ黙って父からの戒めを受け取る。

憔悴している息子を見てエルバム老は小さく息を吐く。

「父親とは難儀なもんだ…自分で腹を痛めて産むわけでも無いし、儂は軍役でお前達の出産には立ち会えなんだ…帰ってきたらお前達は全員生まれとってな、三度目の時なんぞケッカには…お前の母さんには『またですか? 家族を愛して守れぬ者が国を守れるとは知りませんでした』と説教喰らったわ…

それから父親として学びの日々だ…今だってこうして子から教えられている。儂の歳になっても学びはあるのだ。お前の年ならまだまだ学びも誤ちも多かろう。だからこそ、それを糧にするのだ。子から学ぶ事は存外多いものだぞ。

親とは子が出来て初めてなるものだ。儂などお前の年数分親をやっとると言うのに…親は子に子は親に育てられるものなのかも知れんな…」

父の歳になっても学ぶ事があるのだとは考えもしなかった…

そして、こんなにも父の顔は慈愛に満ちていただろうか…

マスキーの知っている父の顔は威厳と自信に溢れた為政者の顔だった。

だからこんな父の顔は知らない…知らないはずなのに懐かしい。

「年をとって甘やかしてくれる相手は貴重だぞ。儂などもう甘やかしてくれる人など数える程しかおらんからな…」

そう言って2つの空いたグラスにエルバム老は酒を注ぐ。

「全くお前は昔から変わらない…儂の可愛い愛する息子だよ」

私は何故、父のようにスピカを送り出してやらなかったのだろう…

そして2人の娘達に対し血の繋がりだけで判断をしてしまっていたのだろう…

父の言う通り家族と定めたのは自分なのに父の様に大きな愛で接せなかった自分を恥じた。

私は未だに父の…親の愛に縋っていると言うのに…

「すみません…すみません…父さん…すまない…スピカ…すまない…ステラ…すまない…皆…」

溢れた言葉をエルバム老は息子の肩を叩く事で慰めた。

空はすっかりと明るいものへと移ろっている。

マスキーも随分と憔悴しているが持ち直してきたと判断したのだろう。

エルバムは咳払いを一つすると為政者の顔となり、マスキーに問う。

「さて、親子の時間は此処までじゃ。

これからは前当主として、そして大領地エメンタールを治める一族の長老として現当主へと問う。

此度の一件で地の底まで落ちたエメンタールの権威と信用を如何とする?」

ステラの力は開示されない。それは皇室からの取り決めである。

エルバムも知ることはないだろう。

故に第三者から見たエメンタールの現状は本当の娘可愛さに今まで可愛がってきた養女を蔑ろにし、尊い犠牲として送り出した非道な一族として映ることだろう。

そしてそれは結果論とは言え事実でしかない。

そして蔑ろにされていた娘は結果を出した。

それを貴族連中が話のネタにしない訳がない。

後ろ指を指されることも噂の的になる事も必至。

商売や領地経営にすら影響を及ぼすものであるのは考えずともわかる事である。

マスキーは答えた。

エルバム老もそれを快諾した。

詳細が家族の元で知らされたのはエメンタール家に新たな命が加わった後の事。

マスキーの長男カイン一家に長子が誕生して間も無く、カインが父親になった後の事だった。