軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約式と別れ 後編

家族から勘当を言い渡された私はしばらく礼を執りその場におりました。

誰もが今見た光景に驚いているのが伝わります。

それもそうでしょう…名門の大領地貴族が娘を勘当したなど社交界を席巻する程の大ニュースです。

それも本当の娘の婚約式の日に養女の娘を公衆の面前で…

礼を解き立ち尽くす私に近づいてくる人達が居ました。

お手紙などで私の旅立ちを伝えていたお友達の皆様方です。

シャーシャやシア様を筆頭にこの秋に成婚を控えたアナ様までいらっしゃいます。アナ様の隣にはアナ様と隣国に遊学に出ているはずのユーナの顔まで見えました。

久しぶりのデビュタントメンバーとの対面でしたが何とも言えない空気だけが漂います

「皆さん…みっともない姿を見せてしまいましたわね」

私が困ったように言えば皆んな首を振って口々に「頑張りましたわね」「貴女は悪くないわ」と私を励ましてくださいます

私は友の温かさにささくれた心が満たされる心地になりました

「それにしてもこれから尊き勤めに向かう娘の親とは思えない態度でしたわ!」

「あんなにも非道な態度ならば私無理矢理にでも貴女を召し抱えて隣国に向かったものを…あぁ、お兄様に貴女を譲るべきではやはりなかったわ!」

シア様は憤り、アナ様は爪を噛んだ

「少々宜しいかしら?」

お祖母様よりもお若く、お義母様よりも年嵩の高貴ながら朗らかな雰囲気の女性が声をかけてきました

アナ様以外は皆一斉に首を垂れる。

このご婦人はサブロバ夫人。身分の低さ故に妃となられる事を辞退して夫人の名を賜った先帝陛下のご愛妾様である。

「サブロバ夫人にご挨拶申し上げます」

夫人は淑女の笑みで応えてくださいます。

「えぇ、ありがとう。若い花達の戯れにお邪魔するのは無粋とは知っているのだけれど許して頂戴な。

アルテラ様、無事のご帰国にお喜び申し上げます」

そう言ってアナへ一礼すると今度は私と向き合われます

「スピカ様、今し方尊き勤めに出られると聞こえてきたのですが…もしやその出立ちですし、今宵は神送の宴でしょうか?」

私は深く頷きます

「はい、ご明察通り今宵が私の神送の宴にございます。サブロバ夫人には今生にて皇太后様同様に私に目をかけていただきありがとうございました」

サブロバ夫人は一瞬目を煌めかせ慈愛に満ちた表情となられる。

「私の姉もね、数十年前に神席に昇ったのです。姉と言っても本当は伯母の娘で従姉妹だったのですけれど…貴女と同じように真っ白なドレスで最後は笑顔でお勤めへと…ごめんなさいね、歳を取ると涙脆くなってしまって」

目元をハンカチで拭う夫人は遠い記憶の方を思い出しているのでしょうか

「あの時私はまだ幼くてお姉様が神席に昇ることを教えて頂けなくてご挨拶が出来なかったの…『また遊んでくださいな』なんて呑気に別れの挨拶をしてしまったの。私の後悔ですのよ…スピカ嬢、私からの挨拶を受けて下さいますか?」

私は謹んでと一声かけてからドレスの裾を捌き普段は決して皇帝陛下以外には見せない深い礼をする。

帝国の人々は私のこれから護るべき尊き人々だとの現れです。

サブロバ夫人も普段見ることのない両手を胸の前で交差させて膝を折る礼をとる

神への信仰の祈りと似たその挨拶は今日の日のためだけの特別なもの…神送が行われなくなって久しい昨今では見る事の少ない礼はとても美しく今まで多くの乙女を見送ってこられた事を窺わせます。

「乙女の旅路と帝国に幸多からん事をお祈り申し上げます。良き旅と良き光にて帝国をお護りください。スピカ嬢の御霊に感謝を」

そして本来は右の手を取られるところ左の手を取られそこに夫人の額を付けられます

これは貴婦人の最大の敬意の現れを示す行為です

「本来は右の手ですけれど…それは愛しい人との思い出を最後に刻んだ手ですもの、私ごときが触れて良いものではありませんわ。ですから左手に代えさせて頂きますわね。では行ってらっしゃいませ」

夫人は一礼して去ってゆく…

お心遣い、ありがとう御座いますと私は夫人へ一礼をし直し見送る

神送の宴とは結界の乙女になる者が最後に顔を出す社交の場を指す事である

親しい者、お世話になった方々との最後の別れの場

そして衣装はデビュタント、婚約式、結婚式以外ではタブーとされる白…意味合いは死装束

そして伝統として神送の宴である旨は公にしない

会場で初めて死装束を纏った令嬢を見て悟るならわしなのです。

無論親しい友人などには事前にお知らせすることは許されています。

そして今宵は私の最後の社交の夜会。私は今夜エメンタールへと旅立ち結界の乙女となるのです。

最後の感謝挨拶の為に私はこの場に立っているのです。

お父様は結界の乙女の次代へと立候補者が現れたと聞き、名前も碌に見ずに承諾の署名を書いたと聞いています。

皇太后様のご推挙であったのもありますが注意して見ればそれが私の洗礼名であった事に気付けたはずですのに…

そこでお気づきになっていればこんなにも惨めな別れにならずに済んだのでしょうか…

私を思って偲んで送り出してくれたでしょうか…

いえ、今考えても詮ない事です。もう終わった事ではなく今からを見てゆかねばなりません。

それにあの時気付かれていたら私はアーサー様とお義姉様の婚約を破談にする術が無くなるところでしたもの…

結界の乙女への志願者には最後の願いが許されます。

それは自らの命を以て救国の要となる少女への最後の手向と希望なのです。

多くの乙女達は残された家族が困らないようにとお願いされてきたそうです。

そしてその願いは勅命をも超える尊さを持ちます。流石に「戦争を止めて」ですとか「私を皇帝にしろ」などと言った戯言は論外ですが歴代の乙女の中には勅命をもって定められた処罰取りやめと減刑を願った乙女や生家の家督相続の見直しを願った例もありました。

私が願ったのは「アーサー殿下が心から寄り添いたいと願う相手との婚姻」です。

私でなくともアーサー様が心から信頼して安らげる方と添い遂げさせて下さいと願い出たのです…

アーサー様の望まないアーサー様の事を見ないお義姉様との婚姻など認めないでと…

しかしこの約束が効力を得るのは基本的に勤めの眠りについた後…

今回は私が自分の意思で動けるようになる成人を待たねばならなかった事もあり今日の婚約式を迎えてしまいました…

ですが私が勤めに入れば聞き入れて頂けるはずなのです

さて会場では先程のサブロバ夫人とのやり取りを見て神送の宴だと気付いた方々が私の元に挨拶にと集まり始めておりました。

初めは年配の方々ばかりでしたが徐々に親や祖父母世代と連れ立って同年代の方々も挨拶にいらっしゃいます。

神送の礼をぎこちなくも受け、今までの感謝を述べて別れの挨拶を繰り返します。

中には私に対する心無い噂を信じてしまっていた方々からのお詫びもありました

中には謝罪のふりをして私を傷付けようとする方もありました

ですが、私が結界の乙女に志願した最大の理由は幼い日の憧れ…

純粋にこうありたいと思った生き様だったのです。

今までの立場や役目から外れた今だからこそ辿り着ける境地に私は救いを見たのです。

だから私はここに集う皆様と共に時間を共有する事は今後叶わなくとも己の幸せのために乙女の勤めに励むのだと胸を張って言えました。

惜しんでくれる人、偽善と罵る人、涙を流し偲ぶ人、私など眼中にない人…人それぞれに想いはあるでしょう。私だって1人の人です。これ以上辛く苦しい思いをしてまで貴族として生きなくても、私の信じる神と愛する帝国の為に生きるのです。

そう…愛する人々と愛する人との思い出を胸に

その想いと共に時間の許す限り私は皆様に挨拶をして回りました。一人一人と言葉を交わし、今までの感謝を込めて…

初めのやり取りを皆が見ていたからかアーサー殿下の口付けた右手ではなく左手に挨拶を落としていかれました。この優しさに私の心も救われます。

スピカは知らぬ事であったがこの後神送の宴の乙女への挨拶では左手への挨拶が慣例となる。そして右手への挨拶を許されるのは乙女を想う人か乙女の想う人のみに許された特権と暗黙の了解となった

しかしこの事をスピカは知る事はない

エメンタールの家族達は会場の端で挨拶を繰り返すスピカを見ないようにするかのように振る舞っていた。

それに最初のサブロバ夫人の挨拶の時にステラのケアのために会場を一時的に離れていたのも相まってスピカの神送の宴である事に気付けぬまま時は過ぎる

最初こそ場違いな装いで姉の婚約式に乗り込んだスピカを非難する者は多かった

しかしその後のやり取りを見て次第に非難の目はエメンタール家へと向いていた

しかしながら表面上は皆本日の主役への賛辞と祝いの美麗辞句に酔いしれる彼等はやはり気付けない

ある者達は彼等を結界の乙女として旅立つ娘に感謝もせず放逐するような情のない者達なのだと嘲っている事を…

ある者はこれが血の繋がりの差なのかと嘆いている事を…

スピカは会場の隅で津波のように引いては寄せる人々との挨拶がいち段落していた。

自分で思う以上に自分との別れを惜しんでくれる人がいる事に驚きましたし、そこに家族がいない事はやはり心に重い影を落とします。

側を見やればデビュタントの同期4人が近くで私を見守っていて下さっています。

「皆様、私の側におらずとも会をお楽しみになればよろしいのに…」

嬉しさはありましたが申し訳なさもあり声を掛けます。

「あら、ここの方が多くの方々にご挨拶が出来ましてよ?」

「動かずとも向こうから来てくれましたしね。おかげで足が疲れずに済みましたわね」

「それに私達、まだパールお姉様にきちんとご挨拶しておりませんわ!」

「そうよ、まさか私達からの挨拶は受けられないとでも言うのかしら?」

「皆様…」

私の目には涙が浮かんで溢れてしまわないかと思った時にはもうはらりと零れ落ちます…

そこからはだめですね…色々な感情がごちゃ混ぜになりながら私を呑み込みます

そんな私を皆様が抱きしめるように寄り添って下さって、また私は嗚咽を呑み込むのです。

会も終盤に差し掛かり少しばかり人影の少なくなった会場の隅で私は友と最後の別れを惜しみました。

私が落ち着くまで待ってくれた4人は順に神送の礼を贈ってくれます。

初めはユーナ

「私の大好きなお姉様です。自慢のお姉様です。きっとお勤めに就かれても国中で一番のご当代様になられますわ…本当は…もっともっと教えて頂きたい事がありますけれど…我儘ばかりは言えません

パールお姉様、乙女の旅路と帝国に幸多からん事をお祈り申し上げます。良き旅と良き光にて帝国をお護りください。お姉様の御霊に感謝を」

「ありがとうユーナ、私も貴女の事は大切な妹の様に思っていますわ。ユーナリア、貴女のこれからに光が共にある事をお祈りいたします」

私の返答に左手をとってユーナは額を当てる

次に進み出たのはシア様

「こんな事にならなければ同じ立場で国を支える存在だと…背中を預けられる存在でしたのよ。今後は立場は違えど同じく国を守りましょう

乙女の旅路と帝国に幸多からん事をお祈り申し上げます。良き旅と良き光にて帝国をお護りください。我が友パールの御霊に感謝を」

「ありがとう御座います、シア様も来春にはご成婚ですものね。式に参列できない事は心残りだわ…ですが遠きエメンタールの地より見守らせていただきますわね。パトリシア様とガヴェイン様の未来が明るきものである事をお祈りいたします」

そしてまた私は左手に熱を感じる

そして次に歩み出たのはアナ様

「本当に、国の要になる事を望まなければ私が嫁ぎ先まで攫って行ったのに…ですがこれがパールの希望なのですわよね…私に代わり帝国をお願いしいたします。

乙女の旅路と帝国に幸多からん事をお祈り申し上げます。良き旅と良き光にて我が母なる国をお護りください。比類なき乙女、パールの御霊に感謝を」

「お言葉痛み入ります。やはり、アナ様のご成婚を見届ける事が出来ないのが残念で仕方ありませんわ……ですが、謹んで帝国守護の要となる事をお約束申し上げます。帝国に輝く月、アルテラ様の未来に多幸降り注ぐ事をお祈り申し上げます」

私は取られた左手の指先に温かい雫が溢れるのを感じた

最後に歩みを進めてきたのはシャーシャ

「本当に行ってしまうのね…私、パールと出会えて良かったわ。パールとお友達になれた事は私の人生の誇りよ!沢山の思い出が私の中にあるの…これは誰にも奪われない、穢されない大切な宝物よ…

大切な時に力になれなかった私だけれど貴女の隣にあれたことは私にとって誉なのよ…

行ってらっしゃい、スピカ、いってらっしゃい、私の掛け替えの無い友…

乙女の旅路と帝国に幸多からん事をお祈り申し上げます。良き旅と良き光にて帝国をお護りください。我が朋友パールの御霊に感謝を」

「えぇ、えぇ、シャーシャ…私も貴女と過ごせた時間が宝物です。シャーシャが居てくれなければ私は壊れていたかも知れないわ。私を日々支えて助けてくれたシャーシャがいたからこそ今の私がいるのよ。私こそ感謝を述べるわ。

シャーシャ、ありがとう…ありがとう、私の大切な親友シャリーシャに輝く未来がありますようにお祈りいたします」

最後は笑顔でいたかったのに見つめあった私達はもう淑女とは思えないほどの涙を流していました

そして静かに彼女は私の左手に震えながら額を預ける

4人とはその後熱い抱擁を交わし合った。

これが今生の別れ、今までありがとう

そしてさようならと思いを互いに込めて私達は別れを惜しみあった。

そして私は皆に見送られエメンタールの人々よりも早く会場を出る

エメンタール家の人々は私の事など見ないし見えていない様子だったのが物悲しい…

最後に振り返り大きな入り口ドアの下で会場に向かい優雅にカーテシーを決める

さよなら皆様

さよなら友よ

さよなら貴族だった私

さよなら私の愛した家族

私は今宵限りで皆様の前から消えます

ですがもしよろしければ、ふとした拍子に思い出して頂ければ幸いです。それが私の生きた証となるでしょう…

そうして私は会場を後にする

見れば友人達は私に同じくカーテシーで見送られている

私の周りは素敵な友達ばかりなのだと心が震える…

その後私は皇城にて皇帝陛下と皇后陛下、皇太后様にもご挨拶申し上げて城を後にする。

馬車は皇室からの厚意を受け、エメンタール伯爵令嬢であったスピカ・フォン・エメンタールは帝都の街へと消えて行った

そして二度とエメンタールの屋敷に帰ることは無かった。