軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約式と別れ 前編

あっという間にお姉様とアーサー様の婚約式の日となってしまった。

今宵は建国祭当日

今日までエメンタール家には吉報が続いておりました。

まずは皇帝陛下の勅命による皇室、第三皇子アーサー殿下とステラお姉様の婚約

そして、メリュジェーヌ義姉様の御懐妊

現在は7つの月でふっくらとしたお腹が目立ってきたころだそうです

それから、アレク兄様へのドナーの申し出

これでアレク兄様は貴族籍を失う事なく生活が出来ます。

最後にエメンタール領の結界の乙女の次期当代への立候補者が現れた事…

少し前の晩餐の席でお父様から発表されたそれらに家族は皆喜びを隠しきれずにおりました

家全体が祝賀の雰囲気で浮かれてすらいるようでした。

無理もないでしょう。

待ちに待った後継の誕生に、長年探しても現れなかったドナーの登場、愛娘は物語のように皇室へ召され、頭の痛い問題であった結界の乙女の件までが当代様のお力の減退確認後間も無く解決の兆しを見せたのですから

そして私は今皇城へ向かう馬車の中におります。

パートナーなどはなく、1人で向かっています。

向かう先はアーサー様とステラお姉様の婚約式の会場です。

今日の日のために新調したとびきりのドレスに私は身を包み、お祖母様から正式に譲り受けた真珠の宝飾品で飾り立てました。

会場に着けば誰もが私に視線を向けました。

今宵の主役の身内、醜聞のあった年頃の娘、婚約を目前にそれを姉に掠め取られた可哀な妹…

視線はそれぞれですが、私を一目見た者達の顔は一様にギョッとしています。

そんな彼等に私はこれ以上無い貴族の微笑みで彼等の求める完璧な令嬢を演じて魅せます。

可憐に優雅に気品良く私は堂々と会場へと入ります。

私を止めたり、咎めるものは誰もおらず私の事を遠巻きに見るばかりです。

会は既に開催の合図は行われており人々は思いおもいにパーティを楽しんでいる様子でした。

タイミング的にはこれから本日の主役達が来る頃でしょう。

私は早すぎず遅すぎないこのタイミングを見計らってこの場に来たのですから…

私の計算通り私が会場に入って直ぐに皇族登場のファンファーレが鳴り響きます

先立って入場されたのは第二妃と皇太后様です。

本日は建国祭の催事の為皇帝陛下と皇后陛下の参列は後程となります。

会場となっているのはカイン兄様の披露宴でも使われた水晶宮

あの時と同じように一同は奥の階段へと視線を向けて礼を取ります。

私もあの時とは違い壁の近くでカーテシーをしながらその時を待ちました。

会場の注目が集まる階段下には既にお父様とお母様、それからカインお兄様夫婦とアレク兄様が控えています。

少しばかりして近衛の制服姿のフレット兄様も並ばれました。

私はその列を壁に背を預けるようにしてみています

お父様は私が並ばずとも家族が揃ったとばかりに頷かれアナウンスが始まります

「これより帝国皇帝に輝く太陽の子、アーサー第三皇子殿下並びに忠実なる帝国の礎、エメンタール領伯息女ステラ嬢との婚約の式典を開催致します。

御両人入場」

そして階段の幕が上がりました。

アーサー様は第一礼装で胸にはお姉様から贈られたであろう薄い水色の聖石のブローチに帯剣をしていらっしゃいます

表情は何処か浮かない曇った笑みです

それとは対照的に花のように笑うのはステラお姉様

ドレスは私から取り上げた私のデビュタントのドレスです。

自身のデビュタントの時とは異なり前身衣の家紋の刺繍は隠される事なく前面に押し出され、シミになってしまったであろう箇所には花のコサージュがこれでもかとのせられています。

思い出のドレスもここまでになると私のものでは無いのだと諦めもつくというものです。

そして今回の婚約についての口上が述べられ両家から挨拶があります

皇室側からは皇太后様が祝辞と皇帝陛下の御意志であるとの旨をのべお姉様に励むようにと声をかけられました。

そして我が家からはお父様がご挨拶されます。

「皆様、建国祭という良き日に我が家から皇室との縁ができました事は誠に誉であります。

我が家は娘の婚約から良い事が続いております。

長子一家には懐妊、次男も長年患ってきた難病を打開するドナーが現れました。

また、この夏には当家の領地に新たに結界の乙女を迎える事と相成りました事をこの場をお借りしてご報告申し上げます!

結界の乙女は恐れ多くも皇太后様からのご推挙で御座います。改めてお礼申し上げます。」

そう言ってお父様はお姉様に向き合います。

「私には全ての縁をこの子が紡いでくれたように思うのです。ステラ、ありがとう。そして幸せにおなり」

お姉様は「はい!父さん、ありがとう!」と笑顔で受けられます。

会場は祝福のムードが流れ始め、来客が一様に微笑ましくその光景を眺めています。

私にはとても滑稽に見えるそれも他人からは感動的なのでしょう。

その後直ぐにダンス曲が流れ始めアーサー様はお姉様の手を取ってフロアへと降り立ちます。

優雅なアーサー様についていくのがやっとと言ったお姉様のダンスは正直私には見ていられないものでした。

ダンス中、壁の華となっている私とアーサー様の視線が交わりました。

驚いたような悲しいような嬉しいような…そんな複雑な視線を私に向けられていました

殿下の視線に気付いたのかワンテンポ遅れてお姉様とも視線が合います。

殿下の慈愛の視線とは異なりお姉様の視線には怒気が含まれていました。

お姉様、そんな恐いお顔で公衆の面前に立つものではありませんわ。皇子妃となりたいのであれば表情を取り繕うのは必須スキルですわよ?

私はそう語るように心の中で思いつつ淑女の完璧な笑みで見つめ返します。

ダンスが終われば2人は私の方へと殿下は切なそうに、お姉様は鬼のように眉尻を釣り上げながら向かってこられました。

私は恭しく臣下の礼を取ります。

「スピカ!来てくれたのは嬉しいけれどそのドレスはどういう事⁈」

この場で最も位の高い殿下を差し置いて発言されるのはマナー違反だとお気づきにならないのでしょう。私はお姉様を一瞥して殿下にご挨拶申し上げます。

「帝国の太陽を護る星、アーサー殿下とその婚約者様にご挨拶申し上げます」

殿下は一言「許す」とおっしゃいました。

「この度は御婚約おめでとう御座います。本日のよき日を迎えられました事お喜び申し上げ「「そんな挨拶よりもわたしを無視しないで!わたしはそのドレスは何って聞いてるのよ⁈」

お姉様の叫びにも似た癇癪が私の挨拶を遮りました。もう直ぐ破談になる縁組のお祝いをこれ以上述べなくて済むと思えば私は少しばかりホッとします。

さらに言えば私の目論見通りに私の服装へ非難を示して下さった事に笑みを深めます。

今宵の私のドレスの色は純白。デビュタント、婚約式、結婚式以外ではあと一度以外はタブーとされる主役の色

ですが今宵の私は問題など無いのです。ですのでそれをお姉様に教えて差し上げます。

「私の装いに何か問題はありまして?お姉様」

私の淑女の微笑みに苛立ちを隠せないお姉様は食ってかかってきます。

「何って!貴女分かってるでしょ⁈完璧な令嬢なんだから、自分がどれほど今場違いな装いなのかくらい分かってるでしょ‼︎婚約式に白を着れるのは婚約者だけだって知ってるくせに‼︎」

ワナワナと拳を震わせています。

実兄の結婚式でそれをした本人がどの口で語るのかと片腹痛い思いでしたが私は笑みを深めて言葉を重ねます。

「あら、お姉様それでしたら私に何の落ち度も御座いませんわ。

今宵のこの色を纏う事をお許しになられているのは皇太后様ですもの。

お疑いになるのでしたらお伺いされてはいかがでしょう?今宵の私はこの特別な色を纏うに相応しいだけの理由が御座います。

勿論お妃教育で学習されていますわよね?」

皇太后様にお伺いする勇気も妃教育から逃げていて教養が疎かな事を晒す度量も無いお姉様は推し黙るほかありません。

「スピカ嬢、お祝いの返礼に一曲踊っては頂けませんか?」

「ダメよ!アーサー様はわたしの婚約者なんだから!スピカと踊っちゃ駄目なの!」

お姉様は殿下のお誘いを横から遮りましたが殿下はそれを諌めます。

「婚約者殿、今宵は貴女以外の方とも踊りを共にしなければならない。子供のような我儘は辞めてくれ。それに彼女は君の妹君ではないか?身内となる者と親睦を深めて悪い事はないと思うのだがいかがかな?」

そう言われてはやはりお姉様は何も言い返せない

その隙に私と殿下はフロアへと躍り出る

束の間私達は息のあったダンスを披露した

先程のお姉様と殿下のペアなんかよりもよっぽど息のあったダンスでしょう。

これまで幾度と無くパートナーとして踊って来た経験は体が彼との間を覚えているほどです。

「今宵旅立つのか?」

「ええ、この後旅立ちます…」

殿下には先んじてお知らせしていたので今日だとお気づきになられたのでしょう

「息災で…というのも変な話だな…

しかし先程の君はいつもと随分と違って見えた」

私は悪戯に微笑む

「フフフ、私最近悪女というものを学びましたの」

殿下も笑って下さいます

「君には全く縁遠い存在だな」

「存外そうでもありませんわよ?お姉様のおかげで私の評判は立派な悪女ですもの」

「いや、君には聖女の方が相応しい。私の愛おしい人よ…愛している。そして待っている」

「私も愛しております。ですが待たないで…

殿下の心を動かす方とどうか幸せになって下さいませ。そのために私はゆくのですから…」

そして曲は終わりに近づく

名残惜しくも手を離し殿下との最後のダンスに一礼をする

「ありがとうございました」

今までの全ての感謝を込めて礼を尽くした

殿下は名残惜しそうに私の手のひらにキスを一つ落として「よき旅路を」と別れをくれた

そうして最後のダンスを終えた私を待ち構えていたのはエメンタールの家族でした。

みな不機嫌さを滲ませた表情で半べそのお姉様を囲み私のダンスが終わるのを今か今かと待っていたのです。

「スピカ、どういうつもりだ?何故姉の婚約式を台無しにするような事をしているんだ」

「お父様、本日は誠におめでとう御座います。

しかしながら心外ですわ。私はお姉様をお祝いするためにここにおりますのに…私が何かいたしましたか?」

私はしらばっくれてみます。いつもなら素直に謝るであろう私がそうしないことに心底驚いた様子で、我に帰りまた怒り始めます。

「分かっているだろ⁈その装いも、殿下と踊ったことも、今の受け答えさえそうだろう!」

「あら、この装いはお姉様にはお話ししましたわ。新調の許しはお姉様が下さいましたし、色味は皇太后様のお見立てですのよ?

それにお祝いの口上の返礼にと殿下がお誘い下さったのを無碍には出来ませんわ。

身内の婚約者とのダンスを拒むのは寧ろよろしく無い事かと思っておりましたが…」

私は自分の思い違いかしらと頬に手をあて首を傾げて見せる。

謝らせたいのに私の正論を論破出来ず悔しくなってお父様は顔を赤ます

「何故そんなに姉を困らせる!婚約式なんだから姉を立てるくらいしたらどうなんだ。メリュジェーヌだって結婚式の時にステラに白のドレスは譲ったんだ、何が理由かは知らないがドレスの色くらい譲って然るべきだろ?」

負けじとカインお兄様が口を出します。

家族は皆そうだそうだと頷いているのですから、私は乾いた笑い声が出そうになります。

家族は私がこのドレスを纏っている理由を知ろうともしないで非難をしてくるのですから

会場ではチラホラと私の装いの意味を理解する人も現れ始めたでしょうに…

「そのご意見は皇太后様にお届け下さいませ。きっとお答え頂けますわよ?

それに私の記憶違いでなければメリュジェーヌお姉様に白のドレスを脱ぐように迫られたのはカインお兄様だったかと…喜んで白のドレスを譲る花嫁などおりませんわ」

家族の影で大きくなり始めたお腹のお義姉様はうんうんと首を縦に振られています。

あの時のことを根に持たれているのは存じ上げておりましたので引き合いにいたしました。悪いかとも思いましたが大丈夫そうです。

もっとも今日の私の装いの意味をお義姉様にはこの場の家族の中で唯一伝えていましたのでご理解いただけているご様子です。

私には少しの憐れみと偲ぶような視線を受けます。

お腹の甥か姪かに会うことが叶わないのが悔やまれますが私はこの子の未来のためにゆくのだと思えば強い想いとなります。

一方で分が悪いと悟ったカインお兄様は口を噤まれます。

「スピカ!何故お前はそんなにも意地悪くなってしまったんだ!いい加減素直なスピカに戻れよ!」

フレット兄様が見当違いな事を吠えています。

「お兄様、私は礼節を欠くような行いはしておりません。それを意地悪だなどと捉えないで頂きたいものですわ。

それに私が意地悪く見えていらっしゃるのならばもっと客観的な視点をお持ちにならなければなりませんわね」

私がピシャリと申し上げればお父様とそっくりな赤いお顔になられます

「スピカ、そんなに意固地にならないで謝ろう?ドレスだって今から皇城の衣装を借りるくらい出来るだろうし…何なら僕が一緒に謝ってあげるから。素敵なレディになるんだろ?」

アレク兄様の優しさからの発言なのでしょうがやはりズレています。私が一体何歳の時の話でしょうね…

やはり貴族籍を抜ける前提で生活をされていたのでアレク兄様は少しばかり伝統やしきたりに疎い浮世離れした側面がございます。

「アレク兄様がお優しいのはわかりますが、謝る必要などありません。私が憧れた淑女は己に非がない事を謝罪などいたしませんわ。

それに皇太后様が認められているのにこの装いを脱ぐなど不敬だと言わなければお気づきにならないのかしら?」

指摘をすれば他の家族同様に二の句が告げなくなります。

「まぁ、家族になんて口をきくの…育て方をどこで間違えてしまったのかしら…養女だからと甘やかしが過ぎたようね!」

お母様からヒステリックに飛んできたその言葉が私は一番悲しかった…

私の動揺を悟ると今まで黙っていたお父様も口を開きます。

「そうだぞ!ここまでの恩も忘れて家族にこの仕打ち…

お前も今日で丁度成人の18だ。これを機に家から出て少し頭を冷やすがいい!無論貴族としての席も我が家からの支援は無いものと思え!」

お母様は慌てて「ちょっと、旦那様!」といってお父様の袖を引いてらっしゃいます。

お父様はこれでいいのだと鼻息も荒くされています

こう言えば私が泣いて謝るとでも思っているのが透けて見えます。

「畏まりました。それが家長たるお父様のご判断なのでしたら謹んでお受け致します。

しかしながら私もエメンタールの末席としての矜持が御座います。今宵の残りの時間はどうかエメンタールのものとしてご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」

私が慌てもせずそう問うたのに驚いたのか、はたまた謝らなかった事に驚いたのか一瞬ポカンとされた後に

「勝手にしろ!これ以上家名を陥れることだけはないようにな」

と言ってそっぽをむかれました。

私はやはり気付いて頂けなかった一抹の寂しさを胸に深く一礼を致します。

「今日まで私、スピカをお育て頂きありがとう御座いました。このご恩は必ずやお返し致します。

皆様が息災でありますようお祈り申し上げます。」

お姉様は私に勝ち誇ったニヤけ顔を一瞬だけ向けて私から家族を連れて離れて行きます。

最後に見た家族の顔が侮蔑に溢れた顔であった事が悲しくて、公衆の面前でこんな仕打ちをされるのが悔しくて…でも嫌いになりきれない私のかけがえのない家族…

私を愛してくれて本当にありがとう御座いました。

伝えきれない思いばかりが溢れますが、もう言葉で紡ぐ事はないのでしょう。

ですがステラお姉様…いえ、ステラお義姉様、貴女の事は最後まで大嫌いでした。

さようなら、エメンタールの皆様