軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【45:戦闘開始】

ろくでもない話であれ何であれ、ひとたび受領してしまった命令は遂行されなければならない。

その上で、自分と部下たちを生き残らせなければならない。

「先任」

「は」

レフノールはベイラムを手招きした。近寄ってきたベイラムに、抑えた声で命じる。

「若い兵を5人選べ。あと気が利く下士官をひとり」

「はい、選びます」

程なく、兵と下士官が集められた。

「君たちに任務を与える。まずそこの馬車の荷を全て下ろしてくれ。途中までは済ませてあるから、もうさほどの量はないはずだ。それが終わったら、馬車と少尉の馬を少し下げる。100歩ほどでいいだろう」

「まず荷を下ろし、その後馬車と少尉殿の馬を100歩下げます」

下士官が復唱する。いいぞ、と頷いてレフノールは続けた。

「あれには怪我人やら何やらを乗せる予定だからな。戦闘に巻き込みたくない。で、その後、君たちは昨夜の宿営地まで後退しろ。後方半刻行程。何があるか憶えてるな?」

「――馬車が、もう1台」

ほんのわずか考えて、下士官が応じた。

「そうだ。そいつの荷も下ろしておいてくれ。下ろした荷は簡易的な障害物として使う。ただし、街道上はそこの馬車が通れるようにしておいてくれ」

「は」

「ここを引き払うときは、どうしたって妖魔どもの追撃を受ける。なるべく引き離しはするが、ただ逃げるだけというのは避けたい」

妖魔どもがどれだけの距離を追ってくるかはわからない。だが、勢いづいた妖魔なら、1刻や2刻は追ってくる。妖魔にとって、目の前の兵は、己の命を脅かす存在であると同時に食糧でもあるのだ。

「宿営地でもう一度迎え討つ、ということでしょうか?」

傍らで聞いていたベイラムが尋ねる。

「いや。そうするかどうかはそのときにならないとわからん。だが、そういう選択肢を残しておく」

「はっ、我々は半刻後方の宿営地で迎撃の準備を整えます!」

呼ばれた下士官が踵を合わせ、背筋を伸ばして復唱した。

「よし。万が一、俺たちが現れないまま妖魔どもが押し寄せてきたら」

「は」

「君らは馬車を使ってそのまま逃げろ。あとはローレンツ中尉に報告して指示を仰げ」

そこまで言って、話は終わり、とばかりにレフノールは手を打ち合わせた。ぱん、という音が響く。

「復唱の要なし。早速始めろ」

「はっ!」

敬礼した下士官が兵を急がせて早速荷下ろしにかかる。

それを見届けて、レフノールは前方に視線を戻した。三々五々、兵たちが退却してくる。小隊単位でまとまっているのはおそらくまともに指揮系統が機能している連中で、そうでない部隊もいくらかはある。前後に長く分散してしまった兵をどうにかまとめようと声を嗄らす若い将校もいた。

――こういうところで練度の差が出るんだよな。

あるいは指揮官の能力の差、ということかもしれない。あの中佐は真っ先に逃げたことで、己の指揮能力の欠如を露わにしてしまった。結果、大隊全体としての統制が失われ、個々の指揮官の能力の差が明らかになってしまっている。

ため息をひとつついて周囲を見回すと、ヴェロニカと目が合った。

「……何だよ」

「べーつーにぃ? せめてあのお貴族サマに、大尉さんの半分くらいでも器量があればなって思ってただけだよぉ?」

「――君は警戒しててくれなきゃ困るだろ」

「南側の妖魔どもはおとなしいもの。暇なの、おかげさまで」

周囲の兵たちまでもがちらちらとレフノールを見ている。悪意や敵意が含まれた視線ではないが、奇妙にむず痒い。こういうときに兵どもを叱り飛ばすはずのベイラムも、特に何も言わない。黙認している、ということだった。

「先任!」

八つ当たりのように声を張る。

「は!」

気分を切り替えたらしいベイラムが姿勢を正して応じた。

「隊形変更、南側の警戒に5名だけ残せ。あとは前方警戒。警戒に残す連中の人選は任せる」

「はっ! 3分隊2班のみ街道南側を警戒! 妖魔どもに動きがあれば直ちに知らせろ! ほか総員、前方警戒!」

ベイラムの太い声に従って兵たちが動く。前方の喧騒は明らかに、先ほどよりも近くなってきているようだった。

「アーデライド、君たちは遊軍だ。ゴーレムは前方に配置して使うが、君たち自身の動き方は任せる。まずいことになりそうなら、早目に芽を摘んでくれ」

「了解。念のため訊くけどさ」

アーデライドが応じた。

「なんだ?」

「追加報酬、弾んでもらえるんだよね?」

にやりと笑いながら、赤毛の女戦士が尋ねる。らしいと言えばあまりにもらしい質問だった。

「――頼み事には正当な対価を、ってのがうちの 家訓(モットー) だよ。まあ、積める限りは積むと期待してくれ」

「じゃあ、あのクソ野郎からもいつか取り立てないとねえ!」

兵たちが沸いた。口笛を吹く者もいる。誰のことを指しているのか、あまりにも明白だった。

「そうだな、そのためにもまずは働いてもらおうか。ヴェロニカ、少尉、君らは自由に射撃。可能なら――」

「周りを指揮してるような奴ね。やってみる」

レフノールの言葉の先を、ヴェロニカが引き取った。

「頼む」

短い会話を交わすうちにも、前方の状況は変化しているようだった。退却してくる兵の隊列は乱れ、めいめいが勝手に下がっている。その後方で若い将校が剣を抜き、振りながら何かを叫んでいた。更に後ろから、妖魔どもの先頭が迫っている。

リディアとヴェロニカが視線を交わして頷きあい、隊列を組む兵たちの前へ出た。

視線の先で若い将校が隊列の後ろへ戻り、遅れそうになる兵を叱咤して退却させている。

一度は膝射の姿勢を取ったリディアが立ち上がり、街道の右を指しながら叫んだ。

「避けなさい! 左へ!!」

高く澄んだ、よく通る声だった。呼応するように、将校と隊列最後尾の兵が街道上から右へと逸れる。

射線が空くや否や、ヴェロニカが引き金を絞った。弦音が響き、先頭の妖魔が倒れた。続けて、膝射の姿勢に戻ったリディアが、素早く狙いをつけて太矢を放つ。もう1体が倒れた。レフノールが見る限り、クロスボウのほぼ最大射程――命中など普通ならば期待できない距離のはずだった。

妖魔の行き脚がやや鈍った隙に、眼前の部隊がどうにか輜重隊の隊列を越える。

ベイラムがちらりとレフノールに視線を送る。よし、とレフノールは頷いた。

「構えー!」

妖魔どもが、兵たちでも狙いを付けられる位置に迫るのを見ながら、ベイラムが号令した。

「狙え!」

クロスボウに先が持ち上げられ、それぞれが迫る妖魔に狙いをつける。

「 射(て) ぇ!!」

綺麗に揃った弦音が響く。それが戦闘の始めの合図になった。