軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【25:帰着】

にわか作りの陣地を引き払って後退を再開したレフノールたちは、ほどなく北の砦に駐留していた小隊と合流した。更に後退を続け、先に下がらせた兵が構築したふたつ目の陣地に差し掛かる。レフノールはそこで、小休止を命じた。

「隊ちょ――大尉」

リディアが近寄ってきて声をかける。

「どうした、中尉?」

「ここで、もう一度?」

「いや」

リディアの質問に、レフノールは首を振る。

「あんな手は1回しか使えない。もう1回やって同じようにいく筈がない」

「……?」

ならばなぜ同じ陣地を構築させたのか、という疑問が、リディアの顔に浮かぶ。

「1回しか使えない手だが、何度でも使える。時間を稼ぎ、連中を迷わせるためならば」

「それは、どういう……?」

「君があちらの指揮官だと思って考えてみてくれ。一度は強攻して大損害を受けたわけだろう」

「はい」

「ここに同じような陣地がある。無警戒にもう一度同じことをするか?」

「いいえ。迂回路を捜し、伏兵や罠を警戒しながら、慎重に包囲を試みます」

即答したリディアに、レフノールは頷く。

「そうなるよな。そうせざるを得ないはずだ。たとえば、見える範囲に俺たち――待ち構えているはずの敵軍がいなければ、どうする? ここに敵はいないと判断するか?」

「いいえ。隠れて罠を張っている可能性を考えます。やはりまずは警戒と捜索を」

わずかな間だけ考えて、リディアが答える。レフノールがもう一度頷いた。

「うん。つまりそういうことだ。俺たちがまずやらなければいけないことは?」

「敵の足を止めて、時間を――あ」

何かに気付いた様子のリディアが、言葉を切った。

「そう。俺たち自身がここにいて何かをする必要はないんだ。向こうの指揮官はおそらく、まともな――手堅い戦術を採れる指揮官だと思う。だからこそ、一度痛い目に遭って、同じことが起きる可能性があるのなら、相応の準備もなしに強攻はできない」

「それで何度でも、と……?」

「陣地はここだけだがね。さすがにこれ以上、馬車を無駄にはできない。ただ、まあ、ここの周囲を確認して、安全を確認して、その上で軍を進めるとする」

「はい」

「一度目は罠だった。二度目は時間稼ぎのための偽装だ。俺たちは虚と実の両方を見せた。次に何かを見つけたときに、彼らはどう判断する?」

「本物の罠か、ただの時間稼ぎか、判断できなくなる……?」

「ああ。正確には『絶えずその判断を繰り返さなければならなくなる』だな。目の前にある何かが罠なのか、時間稼ぎのための偽装なのか、それともこの戦争とは一切関係のない無害な何かなのか。だから、1回しか使えない手だが、何度でも役に立てることはできる」

「そういうことですか……。たしかに……」

「だからあそこで無理をしてでも、一度大きく勝っておく必要があった。不用意に踏み込んだら何があるかわからない、と思ってもらわなければ、こういう手は使えない」

「――はい」

「それだけ、相手を迷わせることには価値がある。俺はそう思ってる。――さあ、そろそろ小休止も終わりだ、中尉」

「はい!」

※ ※ ※ ※ ※

部隊はそれから、いくつもの橋を落としながら、エディルへ向けて後退した。

橋を落とすのには、懸念されたほどの時間を要していない。またしても、コンラートが操るゴーレムが活躍している。何をやらせるにせよ、単純な力であれば人間の10倍、という大きな力が、ここでも物を言っていた。

工兵が――人がやる作業であれば貴重な時間を一刻二刻と使わざるを得ないところ、怪力かつ頑丈なゴーレムであれば四半刻、ときには小半刻で済んでしまう。時間を奪い合う構図の退却戦において、それはあまりにも大きな利点だ。

日が落ち、夜になったあとも、レフノールは松明とランプで行軍を続けさせ、通ったあとの橋はゴーレムを使って破壊している。橋を落とすような危険な作業は、夜間であれば決してやらせることはない。どこでどのような事故が起きるかわからないからだ。だが、実際の作業に当たるのがゴーレムであれば話は変わる。そこで多少の失敗が起きたとしても、兵の命に係わるような事態に至る可能性は低い。

「夜にこんな作業は、これきりにしてください」

コンラートからの抗議も、理由のないことではない。いくらゴーレムが使えるとはいえ、コンラート自身が確かめた上ででなければ作業はできない。橋脚を、あるいは橋桁や橋床を壊すような作業は、何かと神経を使うのだった。コンラート自身が、《 発光(ライト) 》の魔法を使って明かりと視界を確保せざるを得なくなっている。

「悪いな。追加報酬は弾むよ」

「今回は仕方ないと思います。思いますが、正直なところ、これが毎回できると思って貰っては」

さして悪びれもせずに答えたレフノールに、疲れた様子のコンラートが応じる。コンラートとて、まさに今この作業を行う必要性や有効性を理解できないわけではない。だが、戦闘と行軍のあとで、更に神経を使う作業を強いられている。次は勘弁してくれ、と言いたくなる気分であることは、レフノールにも察せられた。

「複数人いれば、もう少しは楽になるんだろうが……」

呟いた言葉は、コンラートの耳に届いてしまったらしい。魔術師は、処置なしという風情で首を振った。

※ ※ ※ ※ ※

エディルへの帰着は、夜半近くになってからだった。

「皆、ご苦労でした。諸々は後回しで構いません。今日は休みなさい。明日の朝は普段よりも1刻遅い時間に起床。あとのことは起きてから伝えます。解散」

リディアが、部下たちに簡潔に命じる。露営ならばいざ知らず、駐留地で宿舎があるのだから、立哨する必要もない。日が落ちてからも行軍を続けさせた理由のひとつがこれだった。レフノールも自分の部下たちに必要な命令を出し、解散を見届け、冒険者たちにも休んでくれと告げて宿舎へと送り出した。一通りの仕事を済ませて、やれやれと伸びをし、肩を回す。

「大尉」

「ん」

リディアの声に、レフノールは振り返った。

「君は……まだ休めんか」

「はい。ひとまず中隊長に報告しなければ」

「そうだな。俺も、同席しても?」

「むしろそれをお願いしたくてお声がけしました」

「ああ、喜んで」

中隊長、モーレス大尉は襲撃の報を受けてから、寝ずに待っていたらしい。入室したリディアとレフノールを、モーレス大尉ともうひとりの小隊長が立ち上がって出迎えた。

「アルバロフ大尉、ご無事で何よりです。メイオール中尉も」

モーレス大尉は、大隊の編制に当たって大尉に昇進したうちのひとりだった。つまり、レフノールよりも大尉への昇任がやや遅く、この場ではレフノールの方が格上、ということになる。同じ大尉であり、エディルにおける軍の責任者という立場ではあったが、そのためもあってか丁寧な態度だった。

軍の礼即に沿った態度ではあるが、レフノールには少々落ち着かない部分もある。

「大尉のお力をお借りして、どうにか」

「メイオール中尉の素早い判断と行動がなければ、少なからず犠牲を出していたでしょう。日頃の訓練の賜物かと」

レフノールの言葉は、本心からのものだった。砦で下手に粘って包囲されるのは論外として、リディアの判断が遅ければ、追撃に喰い付かれていた可能性もあった。そうなっていれば、到底あのような思い切った罠を仕掛けることはできなかったはずだ。

「メイオール中尉、報告を」

「はい、中隊長、報告いたします。敵については、概ね第1報でお伝えしたとおりです。我々は撤退中にアルバロフ大尉率いる輜重隊と合流しました。アルバロフ大尉は我々の後退を援護しつつ適地に迎撃のための陣地を用意し――」

リディアが状況を報告する。何かあれば補足しよう、と思ってはいたものの、レフノールに出番が回ってくることはなかった。

「敵の詳細な損害は不明ですが、100内外の戦死者を出したものと考えています。あちらの百人隊の隊長――百旗長も、おそらくは2名。火災とその後の障害物の撤去を考えれば、1日程度の時間は稼げたと判断しています。我々はその後、橋を落としながら退却し、先ほど帰着いたしました」

淡々とした口調で報告を終えたリディアとは対照的に、モーレス大尉は呆れたような表情になっている。

「よろしい。よくやってくれた、メイオール中尉。初動としては満点以上だろう。貴官は期待された任務以上のことをしてくれた、と理解している」

「ありがとうございます、中隊長」

「それと、アルバロフ大尉」

「なにか?」

急に水を向けられたレフノールが、訝るような表情になる。

「ご協力と、そして、貴官が我々の味方でいてくれることに感謝を。心から」