軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【11:情報交換】

「さて、報告だけさせて帰すのもなんだ。

せっかくだから、現状こちらで掴んだ情報も渡しておこう、中尉」

「有難くあります、少佐殿」

レフノールの応答に、うん、と頷いて、グライスナー少佐が地図を机に広げた。

「今いるノールブルムがここ」

地図の1点を指し、

「ラーゼンがここ。これがアルムダール川」

続けて別の1点、そしてその傍らの川を指でなぞる。

「目下この砦がこの近辺の妖魔どもに対する最前線ということになるが、まあ情勢としては平穏なものだ。

妖魔どもの捜索と周辺の偵察は行っているが、今のところ大規模な妖魔どもの拠点は見つかっていない」

最初に指した1点、つまりこの砦を中心として、それなりの距離を虱潰しにしている、という状況のようだった。

「私は、川のこちら側には妖魔どもの根城がない可能性が高いと踏んでいる。少なくとも、大規模なものは」

――そうだとすると、あの狼騎兵はどこから来たんだ?

そんな疑問を抱えたまま、レフノールは曖昧に頷いた。

10以上の狼騎兵が来たのなら、それなりの規模の集団が近辺になければならないはずだった。

「ラーゼンを襲った狼騎兵は――正直なところよくわからん。

偵察はラーゼン側から順次北へ向けて、その範囲を移していった。偵察後に入り込んだか、範囲外から来たか、あるいは我々が見落としたか」

レフノールの顔にちらりと視線を送ったグライスナー少佐が説明する。疑問が顔に出ていたのかもしれなかった。

「そういうことであれば納得はできます。いずれにせよ、猟犬は放ちました。

どういった形であれ結果は出るでしょう。

しかし、大規模な根城がないとすると、今回は空振りになるのでしょうか?」

軍は――各地の軍団は、妖魔の討伐作戦として、定期的に兵を動かしている。おおむね半年に1回、大隊規模の部隊を編成し、隙あらば辺境から入り込もうとする妖魔を押し返す。

無論、妖魔も定期的に出没するわけではないし、ある程度は兵を動かさなければ状況を掴むこともできないから、部隊を動かしはしたけれど相手がいなかった、ということも起こりうる。

「そうと決まったわけではないが、2年前にはそれなりに叩いたと聞く。

しばらく現れなくなったとしてもさほどの不思議はない」

軍団の規模は4個大隊だから、同じ大隊で見ると2年に1度は辺境へ出向いて妖魔を討伐する、という計算だ。

「空振りであれば、まあ、それも悪くはないかもしれません。

糧食の消費も少なく済むでしょうし、兵も死にませんから」

何より、慣れない小隊の指揮から解放されるというのが、レフノールにとって有難い話ではあった。

「違いない」

率直な返答を聞いたグライスナー少佐が笑う。

「まあ、この討伐作戦自体も、混成部隊の臨時編成と行軍の演習を兼ねたようなものだからな。

部隊を編成してここまで出てきた段階で、目的の半分以上は達成されている」

「となると、型通りにここまで進軍してこの近辺を虱潰しに掃討するか、討伐自体を中止するか――」

「あるいは別のなにかか」

定跡どおりの対応を並べたレフノールに、グライスナー少佐が肩をすくめて応じた。

「正直なところ、その先はわからん。武功を得たいお偉方にとって、そのあたりの話がどうなるかがわからんのだ。

混成大隊――分遣隊の指揮官について聞いているかね、中尉?」

「存じません、少佐殿」

「カウニッツ大佐。ランバール侯爵家の分家筋で、いずれは御自身も伯爵あるいは侯爵に、と望んでおられる」

「……ランバール侯の係累とは」

侯爵位は、貴族の格としては実質的に最上位だ。

更に上の公爵は王家の血筋を引いていることが条件だから、純粋な臣下の身で上れるのは侯爵まで、ということになる。

そしてランバールは王国東部にある王国有数の大都市。ランバール侯はそこの太守。

つまり家格も実権も最上位の家門の一員、ということだった。

しかしレフノールには引っ掛かる部分があった。グライスナー少佐の口調は、敬意というよりはなにやら軽蔑の含まれたものに聞こえる。

「で、まあ、そのカウニッツ大佐が、果断にして強固な意志をお持ちのお方なのだ」

「それは」

肩をすくめて吐き出したグライスナー少佐の言葉に、思わずレフノールの顔が歪む。

思いつきで作戦を立て、しかも部下の諫言を聞かない、というのを当り障りない表現にするとそうなるのだった。そして選ばれた言葉そのものより、グライスナー少佐の口調と表情が多くを語っている。

「たまったものではないよ」

その類の指揮官を上に戴くということは、兵にとっても部下の将校にとっても辛い話だが、中でも兵站は特にひどい話になりがちだった。

事前の計画のもとに成り立つ兵站は、思いつきで変更された作戦に対応できない。しかし命令が下ってしまえば、それでもどうにか対応せざるを得ない。

「なにか予測のつかない話になると?」

「遺憾ながらそのとおりだ、中尉。可能性の話ではあるが」

「しかし、だとしても、事前に打てる手が見当たりません、少佐殿」

「ああ。何事もないことを祈るしかない」

「そう願いたいところです。心から」

覚悟だけでも先にできたのは運が良いのか悪いのか、レフノールにはよくわからなかった。

やれやれだ、とグライスナー少佐が首を振る。

「さて、どうにもならない話はここまでとしよう、中尉。

貴官にどうにかしてほしい話がある」

「なんでしょうか、少佐殿?」

意図してのことだろう、明るい口調で切り出したグライスナー少佐に、レフノールも気分を切り替えて応じる。

「前任の大尉、彼は最低限の仕事しかしなかったと言ったが、本当に最低限でな。

糧食の類を滞らせることはさすがになかったが、ここに女がいるということを理解していなかった」

レフノールの目の前のグライスナー少佐、年若い少尉、それに酒保業者に雇われている女たち。

たしかにこの砦には女がいる。それがどういうことか、という疑問が顔に出たのだろう。

「たとえば薬。月のものを来ないようにするための薬が要る。

それと、わたしやリディアの分は別として、女性用の清潔な肌着。

兵のためのものはあっても、女たちのためのものがないでは困るのだ。

薬は特にな。酒保業者は来てまだ日が浅いからあちらの手持ちがあるし、私はそう重くもないからよいのだが」

「ああそれは」

月の障りが重ければ職務に支障が出ることもあろうし、酒保業者に雇われている女性の一部――娼婦にとっては、仕事を続けられなくなる可能性が出てくる、ということでもある。

肌着もある意味で消耗品であるから、補給がなければいずれは足りなくなり、衛生面での不安が出てくる。

速やかに調達して届ける必要がありそうだった。

「そのあたりの差配はメイオール少尉に任せることにします。小官がやるよりも良いでしょう」

「そうしてくれ。リディアも幾度か要請してくれたのだが、結局ここまでは届かなかった」

「他になにか不足はありますか、少佐殿?」

「わたしが見たのはその程度だが、細々と何かあるとは思う。

今夜のうちに報告させて、明日の朝、貴官が発つまでに知らせよう」

「有難くあります。何なりと申しつけていただければ」

「口ぶりがまるでやり手の商人のようだな、中尉?」

「小官の生まれは商家ですよ、少佐殿」

レフノールの返答に、グライスナー少佐がもう一度愉快そうに笑った。

「いや失礼した、中尉。

兵站に必要な才覚というのは商人に必要なそれと似ているのだな」

「仕事としても似たようなものです。不足と必要を把握し、手配して、届ける、ということですから」

「違いない――さて、中尉、貴官との話は実に愉快だが、いつまでもこうして喋っているわけにもいかん。

今日は遠いところ御苦労だった。一晩ゆっくり休んでくれ。貴官の部屋はすぐに案内させる」

「有難くあります、少佐殿」