軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【10:先遣隊長】

レフノールは先に立ったリディアとともに、行き違う兵の敬礼にいちいち答礼しながら通路を進んだ。

「あちらの建物です、中尉」

司令部は、やはり中央の建物だった。

扉を抜け、階段を上がり、廊下を歩いて、ある扉の前でリディアが足を止めた。

「こちらです」

扉をノックして続ける。

「少佐、メイオール少尉です。

中尉をお連れしました」

「待っていた、入れ」

部屋の中から聞こえた声は、またも女性のそれだった。

リディアの声よりも幾分低く、落ち着いているが、通りの良さに変わりはない。

失礼します、とリディアが扉を開ける。

「兵站小隊長代理、レフノール・アルバロフ中尉であります。

先遣隊長にご報告があって参りました」

礼則どおりに姿勢を正して、レフノールが礼をする。

「よく来てくれた、アルバロフ中尉。

グライスナー少佐――ニーナ・グライスナーだ。先遣隊を預かっている。

早速だが、報告を聞かせてくれ。リディア、君も聞いておけ」

さして広くもない執務室の奥、机の向こうに立った少佐が応じた。

少尉をリディアと名前で呼んだのは女性同士という気安さがあるからか。

「2人とも座ってくれ。硬い椅子しかないが」

机の前に置かれた小さな丸椅子を示してグライスナー少佐が言う。

女性であることを差し引いても、随分と小柄な体格だった。レフノールよりも頭半分ほどは背丈が低い。

年の頃は見たところ、レフノールよりもいくつか上、という程度のようだった。

――だとするならば出世が早い。

貴族将校、それもそれなりの位階の貴族だろうか、と当たりをつけながら、レフノールは、失礼します、と断って腰を下ろした。リディアもそれに倣う。

改めて目の前の少佐に視線を向ける。

短く切りそろえられた栗色の髪に、意思の強そうな褐色の瞳。かすかに笑ったような口許が、全体の印象をやわらげている。

「まずは経緯を説明してくれ。

貴官が隊長代理と聞いている。隊長はどうした?」

椅子に腰を落ち着けたグライスナー少佐が、レフノールに尋ねる。

責めるような、あるいは問い詰めるような口調ではないが、部下に背筋を伸ばさせる声だった。

しかし表情は柔らかく、警戒心や敵愾心を抱かせるようなところがない。

つまりは人の上に立つことに慣れている、ということなのだろう。

「隊長――ファン・エイク大尉は戦死されました。副長のカレル中尉も同じく戦死、ほか兵が1名戦死、3名が負傷しております」

余計な前置きをせず、人的な損害だけを手短に伝えた。

グライスナー少佐もそういった態度なのだから、同じように簡潔に対応してよいはずだ、とレフノールは考えている。

「なるほどね。一体何があった?」

グライスナー少佐には、さほど驚いた様子もなかった。

――まあ、代理が来ているのだから、何かあったことは先刻御承知、といったところだろう。

リディアのとの対応の差は、おそらくそのまま経験の差、ということだ。

そして、レフノールの対応にも、不満そうな様子を見せてはいない。

当面はこの調子で問題ないわけだ、と思いながら、レフノールは答える。

「獣兵――狼騎兵の襲撃です。

戦死者戦傷者のほか、輜重品も少なからぬ量が焼かれました」

「それは災難だったな、中尉。

焼かれた輜重品はどうなっている?

先遣隊にも備蓄はあるが、量によっては本隊の行動に影響が出かねんぞ」

「仰る通りです、少佐殿。

輜重品の状況はこちらに」

言いながら、レフノールは状況をまとめた書き付けを差し出す。

受け取って中を一瞥したグライスナー少佐がふぅむと唸った。

「ひとまず、小官とともに来着した予備の輜重品は本日こちらへ運び込みました。

その他、ラーゼンで調達可能な物資については買い付けを行っております。数日で調達は可能かと」

「仕事が早いな、新任の隊長殿は」

「小官は代理です、少佐殿」

「おお、そうだった――いずれにしても仕事が早い兵站の責任者は歓迎だよ、中尉。

今日はわざわざその報告に来たのか?」

破顔したグライスナー少佐が尋ねる。まだ何か話があるのだろう、という口ぶりだった。

「その御報告がひとつ、順序が前後しましたが着任の御挨拶がひとつ。

いまひとつはメイオール少尉についてです、少佐殿」

レフノールの返答に、グライスナー少佐が頷いて先を促す。

「目下、わが小隊は隊長と副長がいずれも不在であります。

小官は王都から派遣された臨時配置の将校でありますが、将校が1人のみでは日々の課業に支障を来すこと、疑いありません」

「貴官のように仕事の早い兵站将校でも、かね?」

笑みを含んだ口調だった。

「お褒めの言葉は有難くありますが、将校が1人では何かと支障が多いのは事実であります。

また、小官は誓ってそのようなことはいたしませんが、中央の目の届かぬ場所で兵站の将校が1名のみとなれば、あらぬ疑惑を招くこともありましょう」

「よからぬことをし放題、というわけか」

「人間、他人の目がなければ不埒なことを考えてしまいがちではあるかと。

――ともかく、そのようなわけで、メイオール少尉をラーゼンへ戻したく考えております」

「こちらの責任者はどうする、中尉?」

少佐の立場としてはやはりそこが気になるか、と考えながら、レフノールは自分の腹案を説明した。

「将校の補充については、既に後方へ報告と要請をしております。

補充が成るまでの間は、小隊の下士官をこちらへ交代で派遣いたします。

本日からしばらくは第3分隊長のヘイルズ軍曹が。以後、分隊長を1名ずつ、物資の輸送と同時に派遣し、前任が引き揚げて自分に報告する形とします」

「そこまで考えてくれているのなら、中尉、わたしに異論はない。

自らお目付け役を求めるというのはあまり聞いたことがないが、リディア――メイオール少尉であれば適任だろう。貴官と同様に有能で、おそらくは貴官以上に生真面目だ」

「有難くあります」

「過分なお褒めです、少佐」

頭を下げるレフノールの隣で、リディアが照れたように小声で礼を述べた。

「出発は明朝ということでよいかな、中尉?」

「はい、今夜はこちらに逗留し、明朝ラーゼンへ戻る予定であります」

「了解した、中尉。

メイオール少尉、君は下がってよい。明朝出立ということだから、これまでの仕事を君の後任の、ええと――」

「ヘイルズ軍曹です、少佐」

リディアが補う。

「そうだ、君の後任のヘイルズ軍曹に引き継いでやってくれ。

それと、誰か兵をやって、輜重隊の諸君を兵舎に案内するように」

「了解しました、少佐!」

立ち上がって礼をしたリディアが足早に部屋を出ていった。

軽やかな足音が廊下を遠ざかってゆく。

遠ざかる足音がほとんど聞こえなくなってから、グライスナー少佐が口を開いた。

「報告は以上か、中尉?」

まだ何かあるだろう、と言外に言っている。

どうすべきか、と一瞬迷ったあと、レフノールはすべてを話してしまうことに決めた。

わざわざ人払いを――それも、自ら生真面目と評価したリディアに席を外させたのは、秘密を漏らす気はないという意思表示だろう。

「――ご内聞に願います、少佐殿」

そう前置きして、レフノールは前任者たちの行状の大まかなところを語った。

「まあそんなところだろうと思っていたよ」

ため息のように、グライスナー少佐が吐き出す。

「派遣将校の貴官は知らんだろうが、軍団内部ではとかく噂の絶えない御仁でな」

「噂になるほど、だったのですか」

「だったのだ。

兵学院を出たてで融通の利かない少尉をこちらへ張り付けたのも、おそらくそういうことだろう。

ひょっとしたら中尉、貴官の派遣は中央からの遠回しな警告だったのかもしれんぞ」

――気付かれていないと考えていたのは本人だけだったのかもしれない。そしてもしかしたら、戦死も偶然ではないのかも。

下士官や兵を雑に扱っていたのでなければ後ろから刺されるということはないだろうが、私腹を肥やす上官が尊敬される筈もない。

そのような上官が戦場で見捨てられるのは、軍ではよくある話の部類ではあった。

「悪いことはできないものだな。貴官はそうでないと信じるが」

「なぜでしょうか、少佐殿?」

「他人の信用を疑うものではないよ、中尉?」

にやりと笑ったグライスナー少佐が答え、そして付け加えた。

「なにかやる気なら、わざわざ将校の目を増やそうともするまい。

この展開をいいことに、より好き勝手にしているだろうさ」

たしかに道理の話ではあった。

「失礼を、少佐殿」

「構わんよ。

貴官の前任者は、最低限の仕事はこなしてくれたがそれだけの男だった。

まあ、最低限の仕事もできない奴も少なからずいるから、それはそれでいいのだが」

手ひどい評価と言えたが、当人がしていたことを考えれば妥当なところかもしれない。

やはり迂闊に死ぬものではないな、と考えながら、レフノールは黙って頷く。

「結局一度もここを訪れはしなかった。なんといったかな、彼は」

「ファン・エイク大尉です、少佐殿」

「足を運ぶことが全てではないが、足を運ばねば解らないこともある。

顔を合わせねば伝わらないこともな――いささか面倒なことではあるが。

中尉、ほかにわたしが聞いておくべきことはあるか?」

いいえ特には、と言いかけて、レフノールは自分で打っておいた手を思い出した。

「ラーゼンを襲撃した獣兵に関して、少々。

冒険者に、捜索を依頼しました。最大で1日かけて痕跡を追い、明日夕刻にラーゼンで報告を受ける予定です。

近くに拠点などあった場合はこちらへ伝令を出しますゆえ、対応を願いたく」

「中尉、貴官は本当に仕事が早い。

冒険者があの村にいたというのは僥倖だったろうが」

にこりとグライスナー少佐が笑う。存外に人好きのする笑顔だった。

「アンバレスから、小官とともに移動した車列の護衛に雇っておりました。

幸いなことに村に逗留しておりましたので、すぐに依頼を。

彼らもなかなかよく働いてくれる連中です。足跡も残っておったようですし、追跡には成功するかと」

「そう願おう。

こちらも何かあれば動けるよう、準備を整えておく」

兵站の不始末の報告であったから、レフノールはこれが愉快な会談になることなど期待していなかった。

案外好意的に接して貰えるものだ、とグライスナー少佐を見て思う。

――度量が大きいというのはこういうことなのかもしれない。