軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偏った世界と可愛い妹

俺の妹は可愛い。

もう一度言おう。俺の妹は、可愛い。

俺は伯爵家の長男として生まれた。

人嫌いの父と、人格がヤバい母。

どう考えても良い両親だとは言い切れないが、それでも一応、問題なく育ったのは、使用人たちが尽力してくれたからだろう。

さて、俺が二歳になった頃、母が妹を産んだ。

目が開いたと聞いて会いに行った妹は、猿のような顔だったけれど、それでも天使と見間違えるほど可愛かった。

徐々に言葉を覚えはじめた妹から、「にーたま」と俺を舌足らずな声で呼ばれた日は、天国に移住したのかと思った。

そんな俺は、転生者でもある。

前世を思い出したのは五歳の頃だ。

それまでも、何かこれ見覚えあるなーという感覚はあったが、ある日トイレを見てこう思った。

「何でウ○シュレット付き…?」

ウ○シュレット?

いやいや、これはシ○ワートイレと呼ばれている。

ウ○シュレットってなんだ?

そこまで考えた時、俺は思い出した。

どちらも違う…一般名称は温水洗浄便座だ!!

きっかけがトイレというのが微妙だが、設置されていた温水洗浄便座をきっかけに、俺は前世が日本人だったことを思い出した。

それだけなら「ヒャッハー、知識無双でチートだぜ!」と言って、周りから見れば痛い奴になっていたかもしれない。そうならなかったのは、この世界に前世を思い出させるものが多すぎたからだ。

そもそも、温水洗浄便座を使うためには電力が必要だろ?

何で普通に電気が使えてるんだよ!?

何で馬車に暖房設備が付いてるんだよ!?

何で掃除機や洗濯機が貴族の家では当たり前のように使われてるんだよ!?

食べ物に関してもそうだ。

この国での主食は小麦だ。しかし、王都では米や蕎麦が高価だが、普通に流通している。納豆が売られているのを見た時は、流石に目を疑った。

絶対、日本人の転生者いただろ…。

調べてみた結果、電気は二百二十年前、温水洗浄便座は百十年前から使われているらしい。

納豆に至っては、百八十年前だと。

そのくせ電話はなく、他国とのやりとりは使者が手紙を運んで来るという…何とも偏った世界だった。

とりあえず、自分が特別な人間ではないと自覚した俺は、本来の俺の役割を全うすることにした。

つまりは家業を継ぎ、しっかりと繁盛させることだ。

俺が生まれた伯爵家は、製紙業を主な収入源にしている。王宮で使われる高級紙から、庶民が使う安価な紙まで、幅広く紙を製造している。

紙が一枚売れれば、フィールズ伯爵家が儲かる。もう一枚売れれば、フィールズ伯爵領が儲かる。

どちらかと言えば、貴族としてというより、商売人としての考え方を叩き込まれたと思う。

さて、ここで両親について話そう。

うちの親父は技術者気質の人嫌いだ。しかし、商売に関しては才能があった。

今からおよそ三十年前。現国王の同級生だった親父は、一体どんな手を使ったのか、国王から「紙はフィールズ伯爵家で製造したものを使う」という約束を取り付けた。

一枚あたりの単価は安くとも、一日何百枚と使われれば採算は十分取れる。電気設備もあるから、一部機械化もできている。

王家という強大なパイプを手に入れた親父は、人付き合いを最低限まで絞り込み、それ以外の時間を技術研究に打ち込んだ。

親父の研究と繰り返される改良によって、フィールズ伯爵領で作られている紙は、国内で品質と使用感、ともに最良だという評価を得ている。

しかし親父は正直、“父親”としては役に立たない。

俺の母親は人格がやばい。

いや、悪い人間ではない。

ただ、自分以外の人間を全て家来だと思っているだけだ。しかも、無意識に。

伯爵家嫡男の親父と、侯爵家の末娘の母は、よくある貴族間の政略結婚だった。

しかし、結婚してすぐ親父は、自分の妻が周囲の人間を家来のように扱う気質だと気づいた。

このままでは、フィールズ伯爵家の商売に差し支える。そう判断した親父は、王都でトラブルを引き起こす前に、母を片田舎のフィールズ伯爵領へ押し込めた。

その結果、母を女王とした小さな王国が出来上がった。

そのことで一番割りを食ったのは、妹のリリーディアだろう。

俺は前世の記憶も相まって「うちの母親、やばいんじゃないか?」という認識を持ったが、リディはそうじゃない。

生まれたばかりの真っ白な妹は、母が与えるものを素直に受け入れた。つまりは母からの支配も、リディの心を踏み躙り、傷つけるような言動も。

「リディの鼻は、私と違ってペチャンコね」

五歳になったリディの顔を見て、笑っていた母を今でも覚えている。幼いリディは、母の前で少し泣きそうな、困った顔をして立ち尽くしていた。

「母上、リディにそんなことを言うのはやめてください」

「どうして? 本当のことじゃない」

わざとであれば、対処もできただろう。しかし、母にとっては紛れもない「事実」を言っているだけなのだ。「リディの鼻は、私の鼻より低い」という事実。そこに、悪意なんて一つもない。

母はある意味、愛情深い人間だ。

自分が選んだものこそが、相手にとって一番良いことだと強く信じているふしがある。

だからこそ、タチが悪かった。

母からの悪気のない、聞くに耐えない言葉や支配は俺にも向けられた。だが、俺よりもリディに対して、より母は支配的だった。

このままでは可愛い妹の情緒によくない、何とかしなくてはと、俺が悩み出した頃、ひとつの転機が訪れた。

俺たち兄妹は父の知人だったローレンス伯爵家の兄弟と引き合わされたのだ。

元々の目的は、俺とローレンス家の兄、エドウィンを交流させようというものだった。

結果は、リディが兄のエドウィンと、俺はローレンス家の弟、クラウドと気が合った。

そのことを知ったお互いの親父たちは、リディとエドウィンの婚約を決めた。

リディはいつか、フィールズ伯爵領を出て嫁に行く。

だからこそ、領地で女王気取りの母と一緒にいるよりは、他者との関わり方を多く学んでほしい。

そう思っていた俺にとって、リディの婚約は妹を母から離すための一歩となった。

リディの婚約者となったエドウィンは、考えるよりも先に体が動く脳筋だった。その代わり、裏表のない性格で、不器用ながらリディを大切にしようとする姿勢が見えた。

何より、可愛い妹がエドウィンと一緒にいて、幸せそうに笑っている姿を見るのが嬉しかった。

仲が良かったリディとエドウィンの関係が変わり始めたのは、俺とエドウィンが王立学院の高等科に進んでからだった。

王立学院の中等科までは、全ての生徒が同じ校舎、同じ学生寮で過ごす。けれど、高等科に進むと学びたい専門分野によって校舎や学生寮が分かれる。例えるなら、理系と文系で分かれるようなものだ。

相変わらず脳筋で、王立騎士団への入団を目指すエドウィンは騎士科、俺は製紙業に使える知識を身につけるため、研究科に進んだ。

王立学院の高等科は特に敷地が広く、学科が違えば偶然会うこともない。そのため、違うことに興味を持っていた俺たちは、徐々に疎遠となっていった。

高等科に進んで少し経った頃、エドウィンが第二王子の学友になったと言う噂を聞いた。

研究科はどちらかといえば、オタク気質な奴が多い。興味があるものに全力で集中するため、人の噂話には疎いのだが、流石に王族の情報は回ってきた。

あの脳筋のエドウィンが…と思ったが、単純明快で真っ直ぐな奴だ。そういったところが第二王子にも気に入られたのだろうと、その時は気に留めていなかった。

少し様子がおかしいリディに気付いたのは、高等科二年生になる直前の春季休暇で、フィールズ伯爵領に戻った時だった。

「リディ、最近元気がないが、どうした? また母上に何か言われたのか?」

「え? ううん、そんなことないわ」

無理をしたように笑うリディへ、俺はさらに言葉を重ねた。

「何かあったんだろう。俺には話せないこと?」

しばらく黙っていたリディは、小さな声で言った。

「最近、エドウィンさまからの手紙が来ないの…」

「エドウィンから?」

今年十五歳を迎えるリディは、フィールズ伯爵領から馬車で通える距離にある女学院の中等科に通っていた。王立学院に通うエドウィンとは遠距離恋愛だ。

しかし、脳筋だが根が真面目なエドウィンは、まあまあな頻度でリディに手紙を送っていたし、長期休暇になるとリディに会いに来ていたはずだ。

「…第二王子のご学友に選ばれたっていう手紙が来てから、頂く手紙も少なくなってしまって…余り会いに来てくださらないの」

リディは、ダイヤル式の錠前が付いた小箱の中に入れていたエドウィンから送られた手紙の日付を見せてくれた。

この小箱は何年か前、俺がリディに贈ったものだ。

うちのヤバい母は、俺やリディ宛に届いた手紙を勝手に読んでいた。

ある時、それを目撃した俺は「何を勝手に読んでんだ」と母を問い詰めたが、母は「子供が何をしているかは、親として知っておかないとダメでしょう?」と、愛情と善意に溢れた一切の悪気がない顔でそう答えた。

俺の手紙は学校や男友達だからまだ良い。

でも、リディの手紙は婚約者からだぞ!!

俺は考えた結果、ダイヤル式の錠前をつけた小箱をリディに贈ることにした。鍵で解除する錠前だと、母が鍵を見つけて開けてしまう可能性がある。

リディは母が手紙を勝手に読んでいることを知らなかったから、俺がダイヤル式の錠前を作っていたのを新しい趣味だと思っていたらしい。

それでいい。

お前は何も知らなくて良い。

やっと満足する出来の錠前が完成し、リディに「無くしたくないものを入れるように」と伝えると、素直なリディはエドウィンからの手紙をそこに入れるようになった。

話が逸れたが、リディが見せてくれた、最後にエドウィンから送られてきた手紙の消印は、去年の十二月。今は三月だから、もう四か月、手紙が届いていないことになる。

「十二月中にはお返事を書いて送ったのだけど…」

ぎゅっとリディが自分の胸元で小さな手を握り締めた。

「ごめんな、リディ。気づいてやれなくて」

「いえ、お兄さまのせいでは……きっと、第二王子のご学友としてお忙しい日々を送られているのでしょうね」

そう言ってフィールズ伯爵家の娯楽室の窓から外を見つめるリディの横顔は不安げで寂しそうだった。

俺はリディに「エドウィンへ直接話を聞いてこようか?」と言ったが、リディは首を横に振った。

「お兄さまもお忙しいでしょう? 大丈夫よ、エドウィンさまも、きっとお忙しいのだわ」

「だが…」

「いいの、大丈夫よ」

大切そうにエドウィンからの手紙を見つめるリディに、俺は何も言えなかった。