軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Side:C 「画竜点睛を欠いた女」

「どういうことよ!?」

シンシア・バスター公爵令嬢は、父親に向かって叫んだ。

全て上手く行っていたはずだった。

第二王子から婚約破棄されるのは、想定内の一つだった。

それなのに。

どうして、最後の最後でこんなことに?

震える手で握りしめた扇がみしりと音を立てる。

第二王子に婚約破棄された卒業式から二日後。

バスター公爵家の屋敷で、お気に入りの菓子を用意させ、お気に入りのメイドたちと上機嫌でお茶をしていた時だった。

父であるバスター公爵から、執務室に来るようにと呼び出しが掛かったのだ。

目の前に座る父は、シンシアの剣幕を視線だけで一蹴した。

「何度も言わせるな。お前が思い人だと言うグローリア家の嫡男には、公にしていないが、すでに婚約者がいる」

「そんな……どこの令嬢よ!?」

「フィールズ伯爵家の娘だ」

フィールズ伯爵家!? 確か、紙の一大生産地の……。

シンシアが貴族名鑑のページを頭の中で捲っていると、バスター公爵は鋭い目つきで値踏みするように娘を見て言った。

「シンシア。何故、お前の思い人がグローリア家の嫡男だと早くに言わなかった? そうすれば、根回しもできただろうに」

「それは、私が第二王子の婚約者だったから……」

ふん、と鼻でバスター公爵は笑った。

「どうせ、お前のことだ。第二王子から婚約破棄を言い出さなかったら、そのまま婚姻するつもりだったのだろう」

「そんな、つもりじゃ……」

「そうすれば、公爵位だけでなく、第二王子妃としての地位も得ることができるからな。見栄えばかりを気にするお前らしい」

「……」

バスター公爵の嘲笑を含んだ言い方にシンシアは青ざめる。

こんな冷たい言い方をされるのは初めてだった。父はシンシアへ、いつも愛情を込めて接してくれていたはずなのに。

「本当にお前は詰めが甘い……いや、やはりお前は何も変わっていないのだな。だから、淑女ではなく、 淑(・) 女(・) に(・) 最(・) も(・) 近(・) い(・) 令嬢と言われてしまうのだ」

黙り込むシンシアを見つめながら、バスター公爵は呆れたように続けた。

「第二王子が平民の少女に入れ込んでいるのは、王宮でも知れ渡っていた。昨年の春頃には国王陛下もご存知だった。だが、婚約者のお前が何も言い出さないから、周囲としても様子を見るしかなかった。もっと早くにお前が『第二王子との婚約を解消したい』と、グローリア公爵家の長男を婿養子にしたいと言っていれば、王家に働きかけることもできただろう」

「じゃあ、今からでも王家からグローリア公爵家へ婚約を解消するように働きかけてもらえば……」

「お前がそれを言うのか? 王家の圧によって望んでいない婚約を結ばされたお前が、互いに望んで婚約した者を引き裂くのか」

シンシアはギリッと食いしばった歯の間から声を出す。

「……どうせ、何処にでもある政略でしょう?」

「今回の婚約はウィリアム・グローリア本人の強い希望によるものだそうだ。それを解消しろと言えば…今度はグローリア公爵家に尻を拭かせるのかと、王家だけでなく、バスター公爵家も一緒に槍玉に挙げられるだろう」

ウィリアム・グローリア。シンシアが七年前、一目ぼれした青年。ずっと 手(・) に(・) 入(・) れ(・) る(・) のを心待ちにしていたゲームのモブキャラ。

「フィールズ伯爵家に何かしようと考えているなら、止めておくことだぞ」

バスター公がシンシアの考えを見透かしたように言った。

「あの家は、表にこそ出て来ないが、王家が目を掛けている家の一つだ。それに、フィールズ伯爵家に何かすれば、出てくるのはグローリア公爵家だ。お前には、まだあの家と渡り合うことは出来んよ」

「……そんなの、」

シンシアは叫んだ。

「そんなの絶対認めないわよ! ずっと……ずっとウィリアムを手に入れるために、あの第二王子とのことも我慢したって言うのに!!」

乙女ゲームに興味がなかったシンシアがゲームを始めたのは、パッケージに描かれていたレオナルドに一目ぼれしたからだった。

ヒロインより一歳年下のレオナルドは、少し幼い顔立ちの中に冷たさと可愛らしさを兼ね備えていた。

綺麗な顔から出る言葉は、最初は刺々しいものの、好感度を高めて選択肢を選ぶと、照れたような顔をしてこう言ってくれる。

『やっと全部が手に入った。僕の愛しの人』

ゲームの世界に転生したと気づいてから、ずっとずっとレオナルドに会いたかった。

だけど、やっと会えたレオナルドは、ゲームと違ってシンシアより三歳も年下で。これでは、ゲームの舞台となる王立学院高等科でレオナルドに会えない。

焦ったシンシアは思わず幼いレオナルドに強い口調で話しかけてしまった。

知らない年上の少女に話しかけられたのが怖かったのか、レオナルドは泣き出してしまい、そんなレオナルドを守るように前に出たのが、ゲームではレオナルドと爵位を争い、最後には追放されてしまう兄のウィリアムだった。

ゲームの中では険悪だったレオナルドとウィリアムだけど、この時期はまだ仲良しなのかしら? と思いつつ、その顔を見上げたシンシアは、一瞬でウィリアムを気に入った。

ゲームに登場する「レオナルド」から幼さと甘さを除いたような大人びた顔立ち。弟が泣いているからか、険しい表情をしているけれど、「レオナルド」によく似た綺麗な顔。

その時、思ったのだ。レオナルドはゲームの攻略対象。この先、現れるヒロインがレオナルドを選ぶことだってあるだろう。けれど、レオナルドの兄は?

ゲームではレオナルドが兄を追放して公爵家を継ぐのだもの。だったら、私が必要なくなった兄を貰っても良いじゃない?

ウィリアムと元婚約者である侯爵令嬢との婚約が破棄されたことも、シンシアを喜ばせた。

王立学院高等科に進んですぐ、シンシアは公爵家を継ぐための勉強と一緒に、第二王子妃としての教育を王宮で受けることになった。

王宮でレオナルドの兄が働いているのは知っていた。だから、このチャンスを逃すわけにはいかない。

すでに第二王子の婚約者だったから、目立つアプローチは出来なかった。それでも見かけたら必ず笑顔で挨拶をするようにしたり、さりげなくレオナルドの兄が通るであろう場所へ向かってみたりして、少しずつ交流を図っていた。

そして、婚約者の第二王子はゲームの筋書き通りに平民のヒロインに恋をした。

だからこそ、余計に。

シンシアは第二王子の恋に関わることなく、ゲームの終了を待った。第二王子やヒロインと関わるのを最低限にして、出来る限り自分を磨いた。

ゲームが終了したその後に、レオナルドの兄と婚約して、最高のエンディングを迎えるために。

それなのに、気付かないうちにポッと出の女に取られていたっていうの!?

「手に入れる、か…」

バスター公爵は震えている娘から視線を外すと、これ見よがしに大きくため息をついた。

「どちらにせよ、グローリア公爵家の息子を婚約者に据えることはできない。諦めることだな」

「でも……卒業式で……言っちゃったのに」

「だからお前は詰めが甘いのだ」

小さく首を振った後、立ち上がったバスター公爵は、家令を呼ぶためのベルを鳴らす。

静かに現れた家令が差し出す春物のコートを羽織ると、立ち尽くす娘を振り返らず言った。

「さて、結論だが…今回のことで、お前一人では公爵家を継ぐのが難しいということは分かった」

「お父さま!?」

「まったく…お前があの場で思い人がいると言わなければどうにかなったものを」

「待ってよ、お父さま!」

父親のコートに向かって、シンシアが伸ばした手は、そのまま空を掴む。

「シンシア。第二王子との婚約は、確かにバスター公爵家の意ではなかった。それを強いた形になってしまったのはすまないと思っている。次は王家に口出しはさせず、バスター公爵家として、婿を選ぼう。お前の不足を補ってくれる婿を」

「待っ……」

「安心しろ、お前が知っている男から選ぶことにする。思いを寄せていたと言える相手をな」

歩き出したバスター公爵の歩調に合わせ、執務室の扉が静かに閉められた。

シンシアの頭の中で想定していた未来がボロボロと崩れ去っていく。

「どうして……?」