軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長い旅(10)(サーシャ視点)

カメパンは、可愛くおいしくできあがった。

お嬢様達に試食して頂くほどは数ができなかったので、できた分は僕達で食べ、新たに酵母作りを始めた。

酵母作りは今の季節の気温なら五日くらい日数がかかる。その間は、僕達は他のお菓子を作って過ごした。

カメパンを初めて作った翌々日は、レベッカ様の勧めで外出をした。王都の西岸の大通りで『五日市』と呼ばれる大規模市が開かれていて、珍しい物がいろいろと売りに出ているので、何でも好きな物を買って来たら良いと言ってくださったのだ。

ミリヤムはいろいろな酵母を作りたいと珍しいドライフルーツを、僕はシナモンやナツメグなどのスパイス、それにチーズを買った。

それと僕達は古着を買った。僕達家族は私物をほとんど持っていなかったし、ミリヤムは都会的でおしゃれな服が欲しかったようだ。

昼食はミリヤムの希望でパン屋を三件ハシゴした。ミリヤムが何の酵母を使っているのか質問したら、どこのパン屋さんも気さくに教えてくれた。

一軒目はドライフルーツ、二件目は穀物酒の酒粕だった。なるほど。だからレベッカお嬢様は『パンはお酒から作る』と思っていたのかもしれない。そして三件目はヨーグルトだった。牛乳を発酵させた物なのだそうだ。

様々な酵母がある事にミリヤムは驚いていた。僕も驚いた。

街歩きにはエーレンフロイト家の騎士が四人もついて来てくれた。道案内の為かな?と思ったが護衛の為だった。

つい最近王都で、家族で旅行に来ていた少女が男達に乱暴目的で拐かされる、という恐ろしい事件があったそうだ。なので、レベッカ様が心配して気を遣ってくださったらしい。見知らぬ街はやはり恐ろしいものだなと改めて思った。

なのでレベッカ様に

「レキアとルキア、学校に行ってみる気はない?」

と聞かれた時、僕はあまり気が進まなかった。

「私の乳兄弟のマリウスやヘンリクの乳兄弟のディーターも毎日午前中通っているの。場所は、王城特区の特区門を出てすぐの場所だよ。」

王都の学校に無償で通えるのは、王都の市民権を持つ子供だけだ。だが、貴族家に使える使用人の子供の中には王都の市民権を持っていない子供もいる。それで、エーレンフロイト家とシュテルンベルク家が共同で子供達の為の私立学校を作って、自分達の屋敷で働く子供を通わせているそうだ。

だが、娘達は全く乗り気ではなかった。

レキアは

「私はお父さんの弟子になって、お菓子作りの料理人になるから勉強は別にいいです。」

と言った。

だが、レベッカ様は

「料理人こそ、勉強が大事だよ。」

とおっしゃった。

「『ヨーゼフのお友達が九人遊びに来る事になったので、ヨーゼフがプリンを作ってくれと言いました。一つの卵で二人分のプリンが作れます。砂糖は卵の重さの二分の一、牛乳は卵の二倍必要です。さあ、レキアは市場に何を何グラム買いに行けば良いでしょう?』わかる?」

えーー!ちょっと待って。僕もわからない‼︎

人間の数は十人だ。十人分のプリンを作るのに必要な卵は五個だから・・・。

「レベッカ様。卵の重さが何グラムかわからないと、他の材料の重さを計算できませんよ。」

とミリヤムが言った。

「バレたか。」

と言ってレベッカ様はえへっと笑った。

「この問題は問題として成り立たない、という事が勉強しないとまずわからないでしょ。ところで卵って一個だいたい何グラムなのかな?」

「だいたい65グラムから75グラムです。」

と僕は答えた。

「卵が一個70グラムだったとして、牛乳が700グラム、砂糖が175グラムいりますね。」

とミリヤムが答えを言った。

「でも、私は『もしも、失敗したら!』って考えちゃうから、材料多めに買っとかないと不安です!」

「カラメルソースも作らないといけないから砂糖はもう少し多めにいるなあ。」

と僕は言った。

「砂糖って、そんなにいるの?高いんでしょう?」

ルキアが違う事に驚いていた。

「とまあ、お菓子作りには国語の読解力と計算力がいるんだよ。でも、まあ強制するつもりはないから。頭の隅にでも入れておいて。」

とレベッカ様は言った。

レベッカ様はとても賢いお嬢様だ。女の子であっても教育は大事。という考えなのだろう。でも、レキアはまだ親の側を離れる事が不安なのだと思う。そして、親である僕も娘達を側から離したくなかった。

侯爵邸の方々は、良い人達ばっかりだ。だけど僕はまだヒンガリーラント人を、いや人間を信じ切る事ができなかった。

五日が経過し、クランベリー酵母ができあがった。ぷくぷくと大量の泡がたち瓶の蓋を開けるととても良い香りがした。

僕達はそれでカメパンをまた作った。ミリヤムがパンと中身、僕が甲羅のクッキーだ。

今回は侯爵夫人やヨーゼフ様にも食べて頂いた。侯爵夫人もヨーゼフ様もレベッカ様も大喜びだった。

「これは、チャリティー販売会で売るのに理想の菓子だわ!」

と侯爵夫人は嬉しそうに言った。

「ところでミリヤムに話があるの。ちょっと、ソファーに座ってもらえるかしら?」

と侯爵夫人が言われた。

「えっ⁉︎」

と言ってミリヤムが緊張の表情を見せる。側で僕も緊張をした。

「ここに来て、一週間になるわよね。ここでの生活には慣れたかしら。」

「は、はい。皆さん、すごく良くしてくれま・・いえ、してくださいますから。」

「そう。私もレベッカもミリヤムにずっとここにいてもらいたいと思っているのよ。」

「・・・はい。」

「でも、あなたがどうしても王都の空気に馴染めなくて、故郷に帰りたいと言ったら一ヶ月であなたを帰す。その一ヶ月の間にシュークリームのレシピを教えるし、作り方のコツとかもみんな王都の料理人に教える。って。そういう約束をあなたのお父様としたの。

それで、どうかしら?ミリヤムは帰りたい?それとも残ってくれる?帰りたいなら、サーシャやセナにシュークリームを作るコツを徹底的に残りの三週間で教えてあげて欲しいの。」

「お父さんがそんな事を・・・。」

そうだったのか。と僕は思った。

ミリヤムのお父さんの立場に立ってみたら、確かに違う景色が見えて来た。

侯爵家からの呼び出しに逆らうなんて事平民には絶対にできない。

そして不仲な兄妹を残して自分が王都に行くよりも、娘を行かせた方が娘の為になる。だけど娘が王都でやって行けるか親としては不安で心配だ。だから娘が帰りたいと言ったら、帰してやってくれ。と頼んだ。貴族に対して平民がそう頼むのは、ものすごく勇気がいった事だろう。だけど娘の為に父親は勇気を振り絞ったのだ。

ミリヤムは自分が邪魔者だから追い出されたわけではない。と気づいたようだ。目が感動で潤んでいる。ミリヤムはまだ親が恋しい年齢だろう。だがミリヤムはきっぱりと言った。

「私は王都に残ります。ここにいさせてください。私、王都に来ていっぱいいっぱい知らなかった事を知りました。毎日がとても新鮮でとても勉強になるんです。そして、もっと勉強がしたいんです。だから、ここにいたいです!」

「そう。嬉しいわ。」

と侯爵夫人はおっしゃった。

幸せそうな顔でカメパンを食べていたレベッカ様がおっしゃった。

「このカメパン。明後日300個作る事できるかな?」