作品タイトル不明
長い旅(11)(サーシャ視点)
「300個ですか・・・。」
とミリヤムがつぶやいた。
僕も驚いた。二日後に侯爵邸でパーティーでも開かれるのだろうか?
「二日後といえば・・そうか、第二天星日ね。」
と侯爵夫人が言われた。
「お姉様は第二天星日と第四天星日に、ブラウンツヴァイクラントの難民施設に差し入れをしているんだ。」
とヨーゼフ様が僕達に説明をしてくれた。
「急に言っても酵母がないか。幾つならできる?」
とレベッカ様が聞かれる。
僕とミリヤムは顔を見合わせた。酵母はあるのだ。ミリヤムが五日市で買ったいろんなドライフルーツで作った酵母がちょうど二日後くらいに完成する。パン300個分くらいは十分ある。
問題は作る手間と時間だ。だが、300個なら朝早く起きて発酵を始めればできるだろう。
僕はやりたかった。持って行く先がブラウンツヴァイクラントの難民施設だからだ。王都の難民収容施設についた時、温かい言葉をかけられパンを渡された。あの時の嬉しさとパンのおいしさは忘れられなかった。
だけど、酵母はミリヤムの物だ。それを僕が勝手に使うわけにはいかない。
ミリヤムは
「できます!早起きして、サーシャさんとナキアさんが手伝ってくれれば・・・。」
と言った。
「持って行くのは午後からだから。それに私も手伝うよ。」
とレベッカ様が言われる。
300匹のカメかあ。きっとなかなか壮観な光景になるだろう。
当日の光景は違う意味で壮観だった。
難民施設に持って行く荷物の量が半端ないのだ。米や大麦、乾燥野菜、干し肉、燻製肉を積んだ馬車だけで三台。別な馬車には布地、糸、ブランケットなどが山のように積まれている。他にも石鹸や薬、保湿クリーム、油などがどんどん積み込まれて行く。正直300匹のカメ達の存在はかすんでいた。
「お嬢様。紙とインクはどの馬車に積みましょう?」
「裁縫用の針とハサミはブランケットと一緒の馬車でいいですか?」
「 機(はた) 織り機を積む場所がありませんよ。」
「お嬢様、こっちの木箱は・・・。」
男性使用人と、レーリヒ商会の従業員達が、荷物を持ってあっちこっち動き回っていた。
「すごい量だね。」
とルキアが言った。
「エーレンフロイト家ってお金持ちなんだね。」
「違いますよ。」
と腕まくりをして木箱を運んでいた執事さんが言った。
「全部、レベッカお嬢様の個人資産です。絵本作りで稼いだお金とデイムとして支給されているお金を注ぎ込んでいるんです。」
「えー!」
と思わず声が出てしまった。
ヨーゼフ様のお話では、差し入れは月に二回行なっているとの事だった。
「すごいですね。」
と言ったら
「別にすごくないよ。」
とレベッカお嬢様はさらっとした口調で言われた。
「これだけ贈っても、三日分にもならないよ。」
それは難民の数が増え続けているからだ。仕事を求める人、他の領地で見捨てられた人々が王都にどんどんと流入してきている。
「そんな事ないです。すごいです。どうしてお嬢様はブラウンツヴァイクラント人の為にここまでしてくださるんですか?」
と僕は聞いた。
難民が哀れだから。
高貴な者の務めだから。
そんな言葉を予想していた。
だけどレベッカ様の答えは全然違うものだった。
「親切は回るからだよ。」
「・・・。」
「私にはブラウンツヴァイクラントに嫁いだ伯母様がいる。ブラウンツヴァイクラント人の従姉妹達がいる。だけど、革命が起きて行方不明になってしまって、今どこでどうなっているのかわからない。でも、もしも私がブラウンツヴァイクラント人に親切にしたらその親切が回りに回って、今どこかで辛い思いをしている伯母様達に誰かが親切にしてくれるかもしれない。その祈りを込めてやっている。」
胸が熱くなった。
憐れみでも偽善でもない。これは真摯な祈りなのだ。
でも、その行動で救われる人が確実にいる。
この屋敷に来る前、僕はここが地獄の門でも構わないと思っていた。
だけど、この屋敷に来られて良かった。レベッカお嬢様に会えて良かった。この屋敷の人達に会えて良かった。僕は幸運だった。そしてとても幸福だった。
「伯母様という方はどちらにお住まいだったのですか?」
「夏の王都。」
この屋敷に来てすぐの時「夏の王都にいた事はあるか?」と聞かれた。それでだったのか。と腑に落ちた。
「伯母様は何というお名前なのですか?」
「名字はエーデルフェルト。名前はノエライティーナ。未亡人で、子供は三人。長男のライルさん。長女のエマさん。末っ子のリナさん。エマさんとリナさんは結婚しているから名字が違うはずだけど。えーと、何て名字だったかな?」
「・・・私、その人達知ってるかもしれません。」
突然ミリヤムが言い出した。