作品タイトル不明
ヘレーネの追想(7)(ヘレーネ視点)
そして時が経ち、裁判が終わりました。
オットー様は死刑は免れ、天涯の地に流刑になりました。そして私達家族は、オットー様について行くか、身分と財産を没収されたうえ国外に追放されるか選ぶ事ができます。
私に、オットー様について行くという選択肢はありません。どこの国へ行こうか私は悩みました。
目の前の机の上には、ベッキー様から届いた手紙が並んでいます。シュテファリーアラントのリーリエ様とヴァイスネーヴェルラントのクラリッサさんが私の後見人になってくださると言ってくれているそうです。
罪人の一族の後見人です。きっとベッキー様が必死になって頼んでくださったのでしょう。
どちらの国に行こうか?と私は、悩みました。
私のような若い女が、後見人無しで暮らす事は不可能です。保証人無しでは家を借りたり仕事を見つける事ができません。そもそもお金を国外に持ち出せないので宿に泊まる事すらできません。どうして良いのかわからず、道でぼーっとしていたら、人攫いに攫われて娼館にでも売られてしまうでしょう。
貴族であるリーリエ様の方が頼っても迷惑ではないかもしれませんが、リーリエ様は外交官の奥様です。いつかはヒンガリーラントに帰るお立場で、そうなったら置いていかれる事になります。
それにシュテファリーアラントは、国民総音楽好きの国民性と言われています。でも、私はピアノも歌唱もそう得意ではありません。
暮らしやすいか、仕事を見つけられるか?不安があります。
そう考えると、ヴァイスネーヴェルラントの方が暮らしやすいかもしれません。
ヴァイスネーヴェルラントは本の出版が主要産業です。
私は昔から字だけは綺麗、といろいろな人に褒められてきました。その特技を活かせばヴァイスネーヴェルラントでも仕事を見つけられるのではないでしょうか。
それでもヴァイスネーヴェルラントに行く事を悩むのは、ヴァイスネーヴェルラントの王様とアズールブラウラントの王太女様が伯父と姪の関係になるからです。アズールブラウラント人に対して罪を犯した罪人の一族が果たして受け入れてもらえるでしょうか?
考えていると、司法省の方に呼ばれました。
散歩の時間にはまだ早いけれど。と思いつつ部屋を出ると、一族の人達が勢揃いしている部屋に案内されました。
「護送の日取りが明日に決まった。よって今日中にどの国へ向かうか決定するように。」
と司法省員が言いました。
一緒に行くか否か、話し合え。という事のようです。
「私達はシュテファリーアラントに行きます。嫁いだ従姉妹がいますから。」
亡くなった奥様のお姉様が言われました。『私達』というのは、姉妹三人とオティーリア様のようです。この時点で、私の中でシュテファリーアラントに行くという選択肢は無くなりました。それなりに広い国かもしれませんが、顔を合わす確率は0ではないでしょう。同じ国に行ってお互いに不愉快な思いをする必要はありません。
「自分はシンフィレアに行く。」
とお父様が言われました。難民に寛容な事で知られる島国です。
「ヘレーネ、エミール。一緒に行くか?」
と聞かれましたが、私は首を横にふりました。
「私はヴァイスネーヴェルラントに行きます。」
「そうか。」
お父様は引きとめてはくれませんでした。
「エミールはどうする?」
とお父様がエミールに聞きました。四歳児に聞く事でしょうか?どうして、一緒に行こう。と言ってあげないのでしょう。
そもそも、お父様にまともな子育てができると思えません。最悪、オットー様の悲劇が繰り返されてしまうでしょう。
「エミール。私と一緒にヴァイスネーヴェルラントに行きましょう。」
と私はエミールの手をとって言いました。
エミールは
「・・・ママは?」
と聞いてきました。
答えてくれたのは司法省の人でした。
「エミール君の母上はエミール君に同行して国を出て行く事を希望しています。」
だったら、エミールと母親はお父様と一緒の方がいいかもしれません。もう奥様はいないのです。新天地で結婚して親子三人幸福に暮らす。そんな未来もあるのです。
と考えて。
ないわね。
と思いました。
この父が良い家庭人になるところが想像できません。女性好きな性格はきっと治らないでしょう。エミールの母親が父を愛しているのかどうかは知りませんが、愛しているなら結局奥様のように不幸になる未来しか見えません。
エミールの母親は大人ですからそうなったとしても自己責任ですが、エミールは違います。この子を守る義務が周囲の大人にはあるのです。
「エミールの事私大好きよ。エミールと一緒に生きて行きたいの。」
と私は言いました。
「僕もお姉様が好き。お姉様と一緒にいる。」
とエミールは言いました。案の定、父には懐いていなかったようです。
「それなら、そうしなさい。」
父は興味無さそうな声でそう言いました。
「移送は明日の午前10時だ。国外に持ち出せる物は、着用している服と靴以外では、指定の袋一つに入るだけの物だ。お金や貴重品は一切持ち出せない。」
と司法省の方に言われました。
皆様からもらった手紙と、ベッキー様がくださった物語が書かれた紙を持って行こうと思いました。それが何にも勝る私の宝物だからです。
部屋に戻り、手紙の整理をしていると驚くような人が訪ねて来られました。
エーレンフロイト侯爵様です。
「ヴァイスネーヴェルラントに行くのだそうだね。」
「はい。」
「・・・・ごめんね。」
と侯爵様は言われました。
「君をうちで引き取ると決めた時、家族として君を守っていくと心に誓ったんだ。でも、君を守ってあげられなかった。すまない。」
「いいえ、充分過ぎるほど守って頂きました。死刑も覚悟をしていたのです。国外追放で済んでほっとしています。侯爵様。この三年間本当にありがとうございました。ベッキー様にもそうお伝えください。」
「君の事は、バウアー君とアレクサンドラ様にくれぐれもよろしく頼むと伝えてある。レベッカから君に送った物語はもう君の物だから、君が出版料を受け取ってくれ、とレベッカが言っていた。それと君は我が家の図書館の古書の修繕や写本をしてくれていただろう。そのお礼の代金を、レーリヒ商会のヴァイスネーヴェルラント支店に送金しておく。ヴァイスネーヴェルラントの王都に着いたら受け取ってくれ。これからの生活の足しになるはずだ。」
「ありがとうございます。・・あの、私の事をアレクサンドラ様に頼んだって、アレクサンドラ様は私や私の家族を恨んでおられないのですか?」
「まさか。君の事は自分達家族同様、事件の被害者だと思っておられるよ。彼女はかつて貴族の身分を捨て故郷を捨てて、ヴァイスネーヴェルラントに向かった人だ。きっと、これからの君の生き方の指針になってくれる人だ。」
「はい。」
「ヴァイスネーヴェルラントは、ヒンガリーラントより寒い国だという話だ。体に気をつけるんだよ。」
「はい。」
何だか、侯爵様の方がお父様みたい。と思いました。
こんなに心配してもらえて私は何て幸福なのだろうと、涙がこぼれました。
自分の行く道はかつてアレクサンドラ様が通った道なのだと言われて、励みになりました。
私もヴァイスネーヴェルラントで、しっかりと立って生きていくのだ。そう心の中で決意を新たにしました。