軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヘレーネの追想(6)(ヘレーネ視点)

今までにベッキー様が送って来てくださった物語は『ウサギとカメ』『ネズミの恩返し』という話です。

トロいものでもコツコツ頑張れば勝利する事ができる。非力なものでも強いものが窮地に陥った時助けになる事ができる。という話でした。トロいもの、非力なもの、ってまるで私の事みたい。と思い慰められました。

昨日送って来られた『猫の舞踏会』は今までの作品とは全く異なる異色の話でした。なんとなんと恋物語だったのです。

「昔々、もしかしたら未来。ある街におじいさんとおばあさんが経営しているパン屋さんがありました。おじいさんとおばあさんは一匹のネコを飼っていました。そのネコはおじいさんとおばあさんを手伝って毎日パンを焼いたりかまどの掃除をしていました。一生懸命働く働き者のそのネコは、いつもかまどの灰が毛についていて『灰かぶりネコ』縮めて『灰ネコ』と皆に呼ばれていました。」

私はそっと自分の灰色の髪を触りました。

「まるでおばあさんみたいで気持ち悪い。」

とオティーリア様やオットー様に言われ続けてきた髪色です。

「灰ネコは毎晩夜になるとどこかへ出かけていました。おじいさんとおばあさんは、灰ネコがどこに行っているのだろうと思ってこっそり後をついて行きました。そしたらなんと!街の外れの野原でネコ達が舞踏会を開いていたのです。ネコ達は皆美しいスカーフを首に巻いて踊っています。でも灰ネコはスカーフを持っていません。なので、物陰からじっと羨ましそうにネコ達が踊るのを見ていました。それを知ったおじいさんは、布地屋さんに灰ネコの瞳の色と同じ青灰色のスカーフを買いに行きました。おばあさんはそのスカーフに灰ネコが好きなコスモスの花の刺繍をしました。そして、かまどの側にそっと置いておきました。」

「灰ネコとお姉様は目の色が同じだね。」

とエミールが言いました。確かに私の目の色は青灰色です。そして、寄宿舎の私の部屋は『コスモスの間』という名前でした。

「灰ネコはスカーフを見て、喜んで出かけて行きました。スカーフを巻いた灰ネコが舞踏会場に行くとたくさんのネコ達が声をかけてくれます。そして音楽が始まるとネコの王子様が『美しい方。私と踊ってくださいませんか?』と言ってくれました。灰ネコは王子様と手を繋いで踊り夢のような時間を過ごしました。王子様が灰ネコに聞きました。『美しい方。名前を教えて頂けませんか?』灰ネコは自分の名前は灰ネコです。というのを恥ずかしく感じました。そして、いつも灰だらけになって働いている自分なんかは王子様に相応しくないと思いました。灰ネコは何も言えずに走り去りました。王子様が『待ってください』と言ってスカーフをつかむと、するりとスカーフが落ちて王子様の手の中に残りました。翌日。灰ネコがいつものようにパンを焼く手伝いをしていると、豪華なモルモット車がパン屋さんの前に止まり中からネコの王子様が現れました。『このスカーフから焼きたてのパンの香りがしたので、街中のパン屋さんを一軒一軒回ったのです』と王子様が言いました。『どうしても、あなたに会いたくて』と言って王子様はスカーフを差し出しました。『結婚するなら、あなたのように働き者の手をした優しい娘さんが良いと思っていました。どうか僕と結婚してくれませんか?』そして灰ネコは、おじいさんやおばあさんや、他のみんなからも祝福されて王子様と結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。』

「わー、良かったね。」

とエミールは言いました。

「でも、いくら何でも出会ってから結婚までが早すぎない?」

と四歳児は堅実な事を言います。

「人間ではありませんからね。ネコってそういうものなのですよ。」

と私達の後方を歩いていた司法省の方が言いました。確かにネコは人とは違います。刹那を生きる生き物なのです。 私的(わたしてき) には、ネコが馬車じゃなくてモルモット車に乗っている方がびっくりです。

私達は中庭の林檎の木の下に立ちました。白い花びらがはらはらと落ちて来ます。

「この花の数だけ実がなるの?」

とエミールが聞いてきます。

「ええ、そうよ。」

「すごいねー。楽しみだね。僕リンゴ好きだよ。ママがね。ウサギさんの形に切ってくれるの。」

とエミールが言いました。

「ええ、楽しみね。」

と私は言いました。

風にのって、罪人に厳罰を求める人達のシュプレヒコールが聞こえてきます。リンゴの実が実る季節まで私達が生きているかはわからないのだと。エミールに言う事はできませんでした。

エミールの母親は、『歓びの館』で働いていた女性だそうです。

父は彼女の客の一人でした。

エミールの母親は商家の娘で、実家がたくさんの借金を背負って倒産したのでその借金を返す為『歓びの館』で働き始めました。そして、借金を完済して歓びの館を辞めた後、調香師として自分の店を開業しました。商業区で店を構えるには、保証人がいります。その保証人に父がなったそうです。そして数年後エミールが生まれました。

一年後、私が死にかけてエーレンフロイト家に逃げ込むという事件がありました。

お父様は私の腕の骨を折ったオットー様を廃嫡しようとしました。しかし、奥様の親族に必死に説得されて廃嫡する事を辞め、その代わりに条件を出しました。

エミールを、アードラー家の正式な養子とし、オットー様と競わせ優秀な方を後継者にすると決めたのです。

その時養子にさせられていなければ、エミールが今ここにいる必要はなかったでしょう。庶子のままであったなら連座の対象にはならなかったはずだからです。

貴族である私達は本来は『クレマチスの塔』に入れられたはずです。しかし、捕えられた人達があまりに多くクレマチスの塔に収監しきれなかったので、私達一族は司法省内に留め置かれました。

最初に一族の人達がここに集められた時、セレウキア奥様はお父様に対して怯えていました。

「あの子の事は私が見守ります。あなたは口を出さないで!」

と常日頃から言っていてこういう結果になったからです。奥様の姉妹達も三年前、お父様がオットー様を廃嫡しようとした時猛反対をしました。それだけに、とてつもなく気まずそうな顔をしていました。

しかし、お父様は怒ってはいませんでした。

「私が悪かったのだ。」

とお父様は言われました。

「三年前、廃嫡して修道院に入れるか、平民に養子に出すべきだった。その決断ができなかった私が悪いのだ。私が甘かった。すまない、エミール、ヘレーネ。」

お父様は奥様の事を存在しないように無視していました。

それが言葉で責められるより奥様には苦しかったのでしょう。奥様はその日の夜、あてがわれた部屋で首を吊って自死なさいました。

オティーリア様は

「お父様のせいだ!」

と泣き叫んでお父様を責めました。

「お父様なんかと結婚したばっかりにお母様は不幸になった。お父様と結婚しなければお母様がこんな死に方をする事はなかった!」

と言いました。

それは違う。

と私は思いました。

悪いのは全てオットー様です。そしてオットー様の性格や気質を形作ったのは、父親でも母親でもなく友人です。選んではいけない人達を友人とした事が諸悪の根源なのです。

『朱に交われば赤くなる』という諺があります。人は絶対に友人から影響を受けるのです。

オットー様は、良くない友人を選んで良くない道に進み、私はエリーゼ様やレベッカ様と一緒にいる事によってデイムの地位を賜りました。

オティーリア様はそこに好きに当たり散らせる人がいるから八つ当たりをしているのだと思いました。

そんなオティーリア様を卑怯だと思いました。

ここにいる者同士がお互いを責め合っても何にもならない。私達は皆同じ皿の上にいて、その皿は遠くない未来に叩き割られる運命にあるのです。

「そろそろお時間です。」

と言われて、私とエミールは建物の中に戻りました。そしたら部屋に入る寸前。ちょうどこれから散歩をする為、部屋から出て来たオティーリア様と顔を合わせてしまいました。

オティーリア様は目をつり上げて私達をにらみました。

「売春婦の子が、私に近寄らないで!汚らわしい。」

エミールの母親は元売春婦です。私のお母様は違いますが、昔からオティーリア様は私の事を『売女の子』と呼んでいました。

エミールが怯えて震えながら私にしがみつきます。

私は冷めた気持ちでオティーリア様を見つめました。

「違いますよ。オティーリア様。」

「本当の事じゃない!売春婦の・・・。」

「汚らわしいのは、私でもエミールでもお父様でもオティーリア様でもありません。オットー様です。だから彼も、私達も罰を受けるのです。」

「オットーは売春婦に騙されて・・・!」

「シュリーマン嬢は売春婦などではないし、オットー様は騙されてもいません。私はシュリーマン嬢に直接会いました。だから知っています。そしてオットー様はヒルデブラント様を殺すのに協力したのです。自分の家族を殺されたヒルデブラント家の人々は、加害者の家族を許さないでしょう。だから私達はここにいるのです。それが事実です。」

生まれて初めてオティーリア様に逆らいました。

オティーリア様の顔が怒りで真っ赤になりました。

「黙れ!ヘレーネの分際で。」

と言ってオティーリア様が私を殴ろうとします。その途端司法省の人が私達の間に割って入り、オティーリア様に平手打ちをくらわせました。

「デイムに対する無礼、許されると思っているのか!身の程をわきまえよ。罪人が!」

オティーリア様は呆然とした顔で頬を手で押さえていました。その後火がついたように泣き始めました。

オティーリア様もオットー様と同じなのです。狭い世界で、ただ甘やかされて、自分の世界以外に本当の世界がある事を知らずにいつの間にか罪人になってしまった、無知な人。父は子育てを放棄し母親はただ甘やかして、まともな知識を教えず経験も積めず、何もわからないから反省もせず罰を受けるのです。

知識や経験って、何て大切な事なのでしょう。

それを私に与えてくださった、エリーゼ様とベッキー様に私は心の中で感謝の言葉を述べました。