作品タイトル不明
林檎の間(3)(ミュリエラ視点)
それからすぐ、大使館から弁護士さんが来られました。今までも大使館から人が訪ねてくる事はあったのですが、この弁護士さんは女性で、初めて会う方です。
お父様の件で来られたのですが、そもそも王太女様の御命令で私を守る為にアズールブラウラントから他の弁護士さん達と一緒に駆けつけてくださったのだそうです。そして、犯人をアズールブラウラントに連れて行くという使命も帯びておられました。
ただし、其方についてはほぼ不可能と感じておられるようでした。
「お嬢さんを拉致した犯人が、シュテルンベルク卿に瀕死の重傷を負わせ、ヒルデブラント卿を殺害したのですよね。」
「・・・・。」
「あ、すみません。一応生死はまだ不明でしたね。」
ヒルデブラント小侯爵は、ヒンガリーラントの先先代国王の曾孫に当たる方だそうです。そんなサラブレッドを殺害、もしくは殺害未遂した犯人を他国で裁かせるわけがありません。そして、殺人や殺人未遂は国際法上トップ5に入る重大犯罪ですので、引き渡しを拒否されてもしょうがないのだそうです。
と、なんだか明らかにほっとした表情で言っておられました。
「そもそも、犯人の引き渡しって、通常そんな簡単にしてもらえるものなのですか?」
とお兄様が聞きました。
弁護士さんは重々しい表情で言いました。
「王族が深海に落とした指輪を拾って来いと命令したら、深海何千メートルだろうと水圧がどれほどであろうとも、臣下は拾って来ないといけないのです!」
「・・・。」
それは絶っっ対に無理な事でも、命令ならば従わないといけないという意味なのでしょうか。
そんな無理な要求を私のせいでされていたなんて申し訳ないです。
「すみません・・私の為にそんな。」
と言ってしまいそうになりました。だけど私は口を引き結んで耐えました。
私は悪くない!
エリザベート様がそう言ってくださったんです。
だから私は私を責める人よりもエリザベート様の言葉を信じます。
私は謝らない。絶対卑屈にならない!上を向いて胸を張るんだ!
そう思い、弁護士さんを見つめました。
「私・・許せないんです!私にひどいことをして、ヒルデブラント様を殺そうとした人達が!」
「ええ、ええ、当然です!というか誰も許しませんよ。」
「どこの場所ででもいいです。あの人達を裁いてください。重い罰を与えてください。考え得る中で、最も重い罰を!」
「勿論、そのつもりです。私達は全力を尽くします。ミュリエラさん。その為にも、『全て』を。話してくれますか?今後の裁判に備える為に。」
弁護士さんは力強くそう言ってくださいました。
「裁判には・・娘も出廷しなくてはならないのでしょうか?」
お母様が不安そうな声で聞きました。
「出なくても済むよう、代理人である私共が全てを確認して知っておく必要があるのです。思い出して、言葉に出すのは辛い事だとは思いますが・・・。」
「大丈夫です。だ・だって私は恥ずかしい事は何も無いから。」
一瞬、言葉が詰まりました。
あの日の事は、お母様もエフィミア姉様もお医者様も聞いては来ませんでした。私も多くを語る事はありませんでした。それを克明に思い出しながら語るのには勇気がいりました。だけど、エリザベート様やレベッカ様の事を思い出し、彼女達のように勇気のある女性になりたいと思いました。
自分自身の為に。そして何よりヒルデブラント様の為に。
私はあの日の事を思い出せる限り、語りました。
全てを語り終わった後
「よくわかりました。あなたは勇敢な女の子だわ。一緒に戦っていきましょう。」
と私の手を握りしめて弁護士さんは言ってくださいました。
「ところで、私は大使館に戻るけれどあなたはどうしますか?大使館では、あなた達家族の部屋を用意しているわ。病院にいる方が安心というなら仕方ないけれど、あなたの父親が突然押しかけて来たように、不審者が押し入って来たらと心配なの。病院って基本誰でも入り込める場所でしょう。」
そう弁護士さんに言われて私は言葉に詰まりました。
確かに、私の体調はもう入院していなくてはならないほど悪くはないと思います。
ここにいたら迷惑かしら?と考えて、私はぶんぶんと頭を横に振りました。こういう後ろ向きな考えはしないとついさっき心に決めたのです。
どうしよう?と私が考えているとお兄様が
「大使館には父がいるんですよね!」
と憮然として言いました。
「ええ。でも、お父さんは軟禁状態ですし、近日中に本国に送還されますから。」
「だとしても、あいつと同じ空気を吸うのは嫌です。それに・・主治医の先生に言われました。心の傷は少し元気になった頃が一番怖いって。最初は何もする気力も無くて、そういう時は自死する気力も無いけれど、元気になると急に周囲が目を離した隙に自死しようとしたりするって。病院の方が人目も多いし、何かあってもすぐ相談にのってもらえるし、主治医の先生は裁判が終わるまでいてくれて良いって言ってくれてるから、病院の方が僕は安心です。妹の事だけじゃなくて、母の事も心配なんです。」
私は、はっ!としました。
その通りです。
自分の事だけでいっぱいいっぱいになっていたけれど、お母様だって傷ついているし苦しんでいるし、夜だってきっとあまり眠れていないんです。
私の力にはたくさんの人がなってくれているけれど、お母様の力になってくれるのはお医者様くらいでしょう。
確かに身の安全は大切な事です。きっと安全に関しては病院より大使館の方が上だと思います。でも、心の安寧については病院の方が遥かに上のはずです。
「私、ここに『林檎の間』にいます。」
私はそう言いました。