作品タイトル不明
不帰川(11)(カレナ視点)
私の元婚約者、リオバルト・ヘルムスです。
最初、彼だとわかりませんでした。
私が彼と最後に会った時、彼は10代後半の少年の面影が残る細マッチョな若者でした。けれど、おっさんになっている!!!
髪型も、奥様の趣味なのでしょうか?役者がするようなデカダンな雰囲気になっていて清潔感がないし、お肌は荒れてるし、ほうれい線が深くなっているし、というかこの人10キロは痩せたわね。
そもそも、こんな所にいると思いもしない相手です。
よく、ユリアーナ様は気がついたなあと感心しました。
彼は私を『迎えに来た』と言いました。という事は、私をブルーダーシュタットへ連れ帰るつもりなのでしょうか?
絶対、お断りです!
生まれた街とはいえ、良い思い出などまるでありません。最後には『海賊の一味』と呼ばれ、石もて追われた場所です。あの街に帰るという選択肢は私の中にはありません。
そのうえ、私との再婚を希望している彼は、別にまだ前の妻と離婚しているわけではないようです。その状況でどうしてついて行けるでしょう!
私はユリアーナ様の友人のリーシア様の継母であるベロニカという女性を心の底から軽蔑しています。彼女は愛人がまだ離婚していないのに愛人宅に移り住み、妻をいびり抜いて追い出したのです。
私は絶対、そんな女になりたくありません。
そして一番許せないのは!
彼は、自分の子供を捨てたのです。
私は王都の孤児院の子供らと仲良くしています。その中には親に捨てられたという子供もいます。
友人のラヴェンデルの夫も、妻と子供を捨てて愛人の所へ行きました。
ラヴェンデルの子供の、兄のディーの方は何かを漠然と察しているようですが、妹のメリアは何も知らず時々無邪気な顔で
「ねえ、メリアのおとー様は?」
と母親や、叔母であるヤスミーンに聞いてきます。その度にラヴェンデルもヤスミーンも言葉に詰まっていました。
最近になって、その夫が天涯の流刑地に左遷され
「お父様はね、悪い人の命令を聞いて悪い事をしたから、流刑地に送られたの。」
と言えるようになったからホント、ホッとしたわー。とヤスミーンが言っていました。
そんな友人達の苦労と悲しみを知りながら、どうしてこんな男の胸に飛び込んで行けるでしょう!
最初は私も冷静に話し合おうとしました。
しかし、まるで話が通じないさまに段々とイライラして来た所に抱きついてこられ、私はついに蹴りを喰らわしてしまいました。
普段から女性騎士の皆さんに護身術を習っているのですが、人間は腕より足の方が筋肉がついているので、いざという時には拳よりも蹴りの方が良いと言われていたのです。だけど、人生初の蹴りを入れる相手が、犯罪者でも変質者でもなく元カレになるとは・・・。
最終的には支店長とイザーク・バウアー氏が取り押さえてくれたのですが、本当に不快でしかない経験でした。
そのうえ、レベッカお嬢様の予定を変えさせてしまう羽目になったのです。後から、もう二、三回蹴るか踏むかしておけば良かったと思ったものです。
私達は、その後すぐ寄宿舎に戻りました。
そして夕食の時間になりました。
ユリアーナ様と玄関の側を通った時、一緒にいたレベッカ様やエリザベート様が門の外で大きな声がすると言い出されました。正直、リオバルトが押しかけて来たのでは⁉︎とぎょっととしたものです。
でも違いました。
運河で溺れていた少女を助けたという通行人の女性が助けを求めに来られたのです。
私などは呆然としてしまって、どうすれば良いのかさっぱりわかりませんでしたが、さすが宰相家のエリザベート様は違いました。すぐさま、テキパキと指示を出して、女性達を助けたのです。
私にはできるだけたくさんのタオルを持って来る事、溺れていた少女の家族に連絡を入れる事を指示されました。
少女はどうやら、フェルゼ河西岸の商業区に店を構える老舗ノルド商会の関係者のようです。
ただ、私はノルド商会に行った事がありませんし正確な場所を知りません。
それに見知らぬ女である私がいきなり訪問しても、「まず訪問予約を入れてください」と言われるのがオチでしょう。
レーリヒ商会の支店長に、ノルド商会の正確な場所を聞いて、ついでに一筆紹介状でも書いてもらった方が良いと思われます。
正直、リオバルトがまだ支店の周囲をうろうろしていたらどうしよう。と不安な気持ちになりましたが、女子寄宿舎の女帝たるエリザベート様の命令を無視する事はできません。
私は辻馬車に乗って、まずフェルゼ河東岸第二地区にあるレーリヒ支店に向かいました。
私の顔を見るなり支店長は
「ヘルムスに会いに来たのかい?彼なら、商会の人間達が引きずって連れて帰ったよ。」
と言いました。
あり得ません!
むしろいなくて心の底からほっとしました。
リオバルトは既に、ヘルムス商会の荷物と一緒に貨物船に積まれてブルーダーシュタットへ送り返されたようです。
これでもう顔も見る事はないでしょう。そう思って本当にほっとしました。
私が訪ねて来た事情を話すと
「ブランケンシュタイン様に頼まれて、会ってもらえなかったなんて許されない。私も一緒にノルド商会に行こう。」
と支店長は言ってくださいました。
私は辻馬車から、レーリヒ商会の馬車に乗り換え、支店長と一緒にノルド商会に向かいました。
「まだ肌寒いこの季節に運河に落ちるとか、ぞっとするなあ。」
支店長が自分の腕をさすりながらそう言いました。
「本当に。」
と私は答えました。
馬車はやがてフェルゼ河の側に着きました。ここから西岸地区へは橋を渡って行きます。
馬車の中にいても聞こえて来る、河の轟々とした音は野の獣の唸り声のようです。
「これが 不帰川(かえらずのかわ) 。」
呟く私の声も大きな水音にかき消されて行きました。