作品タイトル不明
不帰川(2)
「すぐ行くわ。」
と言った後、私はジークに言った。
「ちょっと行って来る。コンラート兄様の事も何かわかるかも。」
「ああ、副校長達には、僕は通りがかりの通行人で、運河に浮かんでいた女の子を助けた。と説明してくれ。」
「ああ、うん。わかった。」
私は浴室の外に出た。ユーディットが蒼ざめた顔で立っていた。
「お嬢様、あの方はいったい・・・?」
「え・・と。道を歩いていて、運河で溺れていた子を助けたんだって。」
私はジークに言われた通りに言った。言ってもらえて良かったと思う。自分では、ろくな言い訳を思いつけなかったから。
私は医務室に入った。
女の子は裸に毛布を巻きつけた姿でベッドに横になっていた。エリーゼが膝枕をしてあげている。カレナとクーニグンテがお湯に浸したタオルで女の子の足や髪を拭いてあげている。フィリックスからの手紙は副校長が手にしていた。
「フィルから手紙が来たの。使用人に『バレて君がクビになったら、アーレントミュラー家で雇ってやるからどうか届けてくれ』と言って届けさせたんですって。あなたも読んでくれる。」
とエリーゼが言った。私は副校長から手紙を受け取った。
手紙は急いで書かれたみたいで字が乱れていた。文体もひどいものだった。
『エリーゼ。寄宿舎内で大変な騒動が起こった。僕が見たままの状況を書く。
僕とクラウスが談話室でお茶を飲んでいると、殴り合いをしているような騒ぎが聞こえて来た。誰かがケンカをしているのだろうと最初は無視していた。しかし、尋常ではないほどの物音だったので、クラウスと見に行った。僕らが見たのは、気を失った少女を横抱きにしたジークレヒトと、ジークをかばい殴り合いをしているコンラートだった。コンラートがジークに「逃げろ!」と言ったが、階段の下りは人でふさがれていた。なので、ジークは階段を上に走った。そんなジークをイシドールが暖炉の火かき棒を持って追いかけて行った。他にも数人が追いかけて行き、僕とクラウスは一瞬呆然としてしまったが、急いで後を追った。
屋上に着くと、既にジークは屋上の端に追い詰められていた。イシドールが「死ね、ヒルデブラント!」と叫んで、火かき棒を振り下ろした。ジークは少女を抱いたまま、下の運河に飛び降りた。
僕とクラウスは慌てて運河を覗き込んだが、暗くて水面は全く見えなかった。僕達が階下へ駆け降りると、コンラートが倒れていて、十人ほどの人間が踏んだり蹴ったりの暴行を加えていた。それをやめさせようと怒鳴り合いをしていると、教師達が駆けつけて来た。
僕達は、ジークが屋上から飛び降りたので、運河を捜索してくれるよう教師達に頼んだ。
イシドール達は、ジークが女の子を寄宿舎内に連れ込み、それを糾弾すると自ら屋上から運河に飛び込んだのだ。と教師に言った。
しかし、ジークレヒトが女の子を連れ込んだわけがない。ジークレヒトは事件の少し前まで、クラウスやヨーゼフと一緒に図書館で、本の整理作業をずっとしていたからだ。それは、本を届けに来た出版社社員達も証言してくれるはずだ。
それに、ジークレヒトが飛び降りたのはイシドールに殺されそうになったからだ。
コンラートを殴っていた連中はコンラートが先に殴りかかって来た。と証言した。教師はそれを信じ、意識の無いコンラートを半地下の懲罰室に入れさせようとした。手当をしなくては死んでしまうとクラウスが猛抗議すると、クラウスまで一緒に懲罰室に閉じ込めてしまった。
正直、何がどうなっているのか、僕にもさっぱりわからない。
ただ、教師達はジークレヒトとコンラートが騒動を起こしたという事にして全責任を二人に押し付けようとしているようだ。その為にも二人にはこのまま死んでもらった方が良いと思っているに違いない。エリーゼ。外部から助けを呼んでくれ。このままではジークレヒトもコンラートも死んでしまう。もしかしたらクラウスも殺されてしまうかもしれない。事は一刻を争う。助けてくれ。 フィリックス』
ジークから聞いた話と、手紙の内容を比較したら時系列がよくわかった。
① ジークとヨーゼフ、クラウス王子は図書館で一緒に午後の間、作業をしていた。
② 三人のカスが女の子を暴行目的で寄宿舎に連れ込んだ。
③ その事実を使用人に教えられたジークが殴り込みをかけ少女を救出。
④ ジークを守ろうとしてコンラートが、カスの協力者十数人と殴り合いになり。
⑤ 階下に逃げられなかったジークは屋上に逃走。追手に殺されかけたので運河に飛び降り。
⑥ 運河を泳いで逃げ切り、女子寄宿舎に助けを求めに来た。
⑦ コンラートはボコボコにされ、フィリックス公子とクラウス王子は教師に助けを求めたが、教師達はコンラート達に責任を押し付ける為、コンラートとクラウス王子を懲罰室に監禁した。
なんてこった!!!!
あまりの事実に体が芯から震えて来た。
「ユーディット。すぐに司法大臣を連れて来てちょうだい。」
エリーゼがそう言った。
「クーニグンテは、国立医大の救急センターに行って医者を呼んで来て。何科でも良いから女医を。」
「承知致しました。」
「カレナ。この女の子は、ミュリエラ・シュリーマンという名前だそうよ。家はアズールブラウラントのヴァールブルクですって。昨日の新聞にノルド商会の跡取りが、アズールブラウラント人のエフィミア・シュリーマンと結婚式を挙げたとのっていたわ。花嫁の親族の可能性が高いから、ノルド商会に確認に行って。」
「わかりました!」
女の子は意識が朦朧としている感じなのに、よくそれだけ聞き出せたな。と感心した。さすがエリーゼ様だ。この頼りになる感。一生ついて行きます。と危うく口走りそうになった。
「ベッキー。」
「はいぃっ!」
「父親に秒で来るよう一筆書きなさい。それと母親も呼ぶのよ。相談したい事があるから。」
ジーク様を逃す算段だな。と、ぴーんと来た。
「すぐ書きます!」
と私は答えた。
三階の自室まで戻る時間も惜しかった。
ユリアの部屋に行って、便箋をたかろうと思い、医務室を出ようとしてコルネにぶつかりかけた。
「うわぁ!コルネ、どうしたの⁉︎」
「ベッキー様がいないから探しに来たんです。ユリア様もいないし、なんか悲鳴が聞こえてくるし・・あの子誰ですか?」
「説明はエリーゼ様に聞いて。今、忙しいの!」
「うわぁあん。どこ行くんですかー?」
そう言ってついて来ようとする。ユリアの部屋には今、ジークがいるので正直ついて来られたら超困る。
「コルネ!厨房に行って、料理酒にお湯と生姜とレモンと蜂蜜を入れた物を持って来なさい。この子の為に。」
とエリーゼが叫んだ。
「え?」
「命令を聞くのよ、コルネ。エリーゼ様、今殺気立ってるから。命が惜しかったら。」
私はコルネにそう言って、ユリアの部屋まで走った。エリーゼ様のおかげで助かった。
私はユリアの部屋に駆け込んだ。ユリアに筆記用具を貸してもらって便箋に文面を書き殴る。その便箋を持って医務室に急いで戻った。外套と辻馬車代を部屋に取りに行っていたユーディットもちょうど戻って来ていた。
「お願い、ユーディット。」
「かしこまりました。急いで行って参ります。」
ユーディットは、カレナやクーニグンテ達と一緒に雨の中外に飛び出して行った。