作品タイトル不明
濃厚接触者と隔離施設
案の定、天然痘の発症者が王都内に次々に現れた。
大規模集会が禁止されている中でも、仮面舞踏会に行くような人達である。
潜伏期間の半月の間に、クラブだカフェだ娼館だ、といろんな場所に出入りしていたのだ。
接客業をしている人達を中心に発症者が次々と現れ、更にその家族や知人にも感染し、発症者は三日で二百人を超えた。
個人情報保護法など無い世界である。
感染者の名前は、遠慮会釈なく新聞にのった。
その、新聞に名前ののった貴族のうちの誰かが王都の外から原因菌を持ち込み、王都にばら撒いたという事も記事に書かれた。一般平民達は激怒した。
おかしいなあ?と私は新聞を読みながら首をひねった。
確か一週目では、高級娼婦のお姉さんが病気を王都内に持ち込んだと噂され、そのお姉さんが働いているお店が焼き打ちされるという悲劇があったはずだ。
だが、仮面舞踏会に出席し、その後発症した一次感染者は皆貴族か貴族家の使用人だった。文化人はいたが、接客業従事者はいなかった。
接客業に従事していて、その後発症した人達は皆、二次感染者だった。
まあ、おかげで娼館の焼き打ちという悲劇が今のところ起こらずに済んでいるけれど。そもそも、一周目ではクラスターが起こったのは音楽会で仮面舞踏会ではなかった。そこからしてなぜか違うし。
発症者の名前の欄に知っている人の名前がのっていると胸が痛んだ。私の知人で仮面舞踏会に参加した人というのは、その全員がアカデミーの同級生や上級生だ。まだ社交界デビューをしていない私の『知り合い』というと、アカデミーの生徒と親戚と、司法省の取調官しかいないのである。そして親戚に仮面舞踏会参加者はいない。
アカデミーの生徒。といえば皆まだ子供だ。十代の子供達が恐ろしい伝染病にかかっていると思うと暗い気持ちになった。
だけど、私以上にズドーンと暗い気持ちになっている人がいる。リーシアだ。彼女の義妹は仮面舞踏会に出席して、そして天然痘を発症したのだ。
新聞にのっただけなら「誤報かも?」という可能性もあるが、残念ながら誤報ではなかった。医療省の人が、リーシアが濃厚接触者ではないか確認しに訪ねて来たのだ。リーシアに義妹と最後に会ったのはいつか?最後に里帰りしたのはいつか?質問して帰って行った。
リーシアと義妹は不仲だったらしいが、だからと言って「ざまあ」と思うような性格はリーシアはしていない。医療省の人の質問に答えるリーシアの顔色は悪かった。だが、それ以上に医療省の役人の顔色は悪かった。血の気のない顔で目の下のクマがひどく、明らかに疲れ果てている。今ここで倒れて過労死しそうなほどの姿にものすごく心配になった。
とにかく濃厚接触者が多くて、彼らを調査し隔離するのに医療省は苦労しているらしい。
リーシアの家族や、リーシアの家で働いていた使用人さん達だって皆濃厚接触者である。リーシアの家の隣に住んでいたオルヒデーエ夫人も引っ越していなかったら濃厚接触者になっていたかもしれない。
別邸で暮らし始めて三日目。私の親しくしている知人が濃厚接触者になったと聞いた。教えてくれたのは、本邸から別邸に来てくれた家庭教師のモニカ先生とアルテミーネ先生だ。同じく家庭教師のエルヴァイラ先生の家族が濃厚接触者になったらしい。
エルヴァイラ先生には七人の子供がいる。子供達は隣の家の子供達と仲が良いらしいが、隣の家の奥さんは産後の肥立が悪くてほぼ寝たきりの状態らしい。なので、エルヴァイラ先生の娘の中でも年上の子供達は、隣の家の小さな子供達の面倒を見てあげているらしい。
その家のお父さんは教育省で働いているらしいが、教育省員の中に仮面舞踏会に参加した人がいて教育省にクラスターが出たそうだ。そして、そのお父さんと三歳になる子供が発症した。エルヴァイラ先生の家族は、母親がゆっくり休めるようその三歳の子供をエルヴァイラ先生の家で面倒を見ていた。その為家族全員が濃厚接触者になった。
エルヴァイラ先生と家族は濃厚接触者の隔離施設に連れて行かれた。
「隔離施設って、どこにあるんですか?」
と私はモニカ先生に聞いた。
「複数あって、選べるらしいのでフェーベ街に行かれました。まだら羊亭というホテルが隔離施設になっているそうです。」
「なんで、フェーベ街に隔離施設があるんですか?」
「フェーベ街の某ホテルのスタッフが発症したのです。下町はご近所付き合いが濃密なので、周辺の住人が皆濃厚接触者になりました。なので、地域全体を医療省が封鎖したのです。そういう地域が王都中に複数あるようです。」
「確かに新聞には、花街とかでクラスターが出たって書いてあったけれど、なんでフェーベ街で。フェーベ街はバリバリの下町で、貴族がうろうろする場所じゃないと思うのですけど。」
モニカ先生とアルテ先生がビミョーな顔をして、顔を見合わせる。
結局、答えを教えてくれたのはドロテーアだった。
「フェーベ街は、ホテルが多い地域です。そして、ホテルにはいろいろ種類があって、旅人や遍歴商人が宿泊する為に使うホテルもありますし、男性と女性が『ご休憩』の為に使うホテルもあるのです。」
それはつまり、いわゆるラブホって奴ですか?
「恋人同士で休憩する事もありますが、フリーランスの方や派遣型のお店で働く女性が紳士とお休みになられるケースもあるので・・。」
なるほど。よくわかった。だけど表情を見るに友人達の中でわかっているのは、コルネだけのようだ。他の子達は、きょとん。という顔をしている。そもそも、フェーベ街がどこにあるのか知らない子もいるだろう。
「エルヴァイラは、エーレンフロイト家の皆様に病気をうつしていたらどうしよう、と怯えていました。」
モニカ先生が強引に話題を変えた。
エルヴァイラ先生は『種痘』を受けていたはずだ。だけど、ペストを運ぶモモンガのように、天然痘を運んでしまったら?というのが不安なのだろう。そもそも『種痘』にどれだけ効果があるのか、王都の人達にはわからない。わかるだけのエビデンスがまだ存在しないからだ。
『フェーベ街』と一口に言っても広い。ハーラルトは毎日新聞を届けに来てくれているので、マルテの下宿屋の周辺は封鎖されていないのだろう。だけど、患者がこのまま増え続けたらどうなってしまうか。
落ち込んでいる場合じゃない。と思うけれどやっぱり気持ちが沈んでいく。
そんなある日。王城から呼び出しの書状が来た。