作品タイトル不明
芳花宮のお茶会のその後(1)(ルートヴィッヒ視点)
一週間後。僕は両親に頼み込みエーレンフロイト邸に行かせてもらった。訪問の理由は 件(くだん) のゴタゴタのせいで借りっぱなしになっていた絵本を返す為だ。事件の話が出て来る事も予想されるからだろう。レベッカ姫に同席したりお茶を淹れたりしてくれるのは、あの日芳花宮に居たメンバーばかりだ。
結論から言って。
一週間前の事件は『箝口令』がひかれた。完全に秘密にされ無かった事にされたのだ。
王子であるレオンハルトが『虐待』を受けていた。などという事はあってはならない事だったからだ。
国王である父上は、児童虐待の問題を重要な問題として取り組んで来られた。子供を虐待し、人身売買をしていた孤児院の関係者を粛清し、ハイドフェルト令嬢を虐待していたハイドフェルト家の大人達を厳罰に処した。
その父上の子供が虐待を受けていたなど、バレたら大問題だ。『知らなかった』で済む問題ではない。国王も罰を受けるべきではないか⁉︎という声が必ずあがるだろう。責任問題に必ず発展するはずだ。
それだけに父上の怒りは凄まじかった。ナディヤ妃に対しては勿論だが、雪白宮の侍女達や護衛騎士、定期的に検診をしていたはずの侍医団に、その怒りは向かった。
王子が、常習的な虐待を受けていたというのだから、関わっていた者は極刑になるのが当然だ。
だが、上記の理由により重い罰を関係者に下すわけにはいかなかった。
ナディヤ妃は、クレマチスの塔に収監されたが、その理由も僕に暴力を振るったからというものになった。
ナディヤ妃が祖国から連れて来た侍女達もクレマチスの塔に入れられた。ヒンガリーラント人の侍女達は虐待には気がつかなかった、と言い張ったが、ナディヤ妃が祖国から連れて来た侍女達は、虐待の事実を知っている事を認めた。彼女達もまたナディヤ妃の虐待の被害者だったのだ。些細な失敗や、ナディヤ妃の不機嫌を理由に彼女達も常習的に暴力を受けていた。ナディヤ妃が、レオンハルトに暴力を振るうのを止めようとしたら自分が暴力を振るわれる。だから見て見ぬふりをしていた。
侍女達は被害者だ。だが、君主制の国家において家臣は時に主君の為に死ぬ事すら仕事の内に入る。それなのに我が身可愛さにレオンハルトへの虐待を無視し、ナディヤ妃に命令されたら、ナディヤ妃が暴力を振るう間泣いて怯えるレオンハルトを押さえつけていた。というのは到底許される話ではなかった。
ナディヤ妃も侍女達も父上が生きている限りクレマチスの塔から出る事はできないだろう。
護衛騎士達は虐待に、全く気がついていなかったらしい。それで、護衛が務まるのか!と言いたくなるが、護衛騎士達は皆男だ。よってナディヤ妃のプライベートスペースに入る事はできない。なので、宮殿の奥のプライベートスペースで起こる事に気づけなかったようだ。護衛騎士の仕事は、外部の人間が内部の人間に害を為さないようにする事なので、内部でのトラブルは隠されたら気がつけなかったようだ。
だからといって許されるわけでもなく、彼らは減給、降格のうえ遠い土地の離宮の警備に左遷される事になった。
ヒンガリーラント人の侍女達も「気がつかなかった」と言っているらしいが、それは嘘ではないかと僕も父上も疑っている。だが、彼女達が知っていたという証拠がなかった。雪白宮はナディヤ妃がすぐに「侍女を変えろ!」と言っていたせいで、侍女の入れ替わりが激しかったらしい。現在の侍女達も雪白宮で働き出して、まだ一ヶ月経っていなかったそうだ。重要な仕事や、入浴や着替えの手伝いなどは、ナディヤ妃の祖国の侍女達がして、自分達は関わらせてもらえない。なので、内情についてよくわからなかった。と言われたらそれまでだ。その侍女達は、王妃派の貴族の娘達で、女官長が後ろについている。なので厳しい罰を与えるわけにもいかず、数週間の停職と減給にとどまった。
雪白宮の専任侍医も知らなかった、と言い張った。脈をとったり、喉が腫れてないかを確認する事はあっても、服を脱がせて診察する事などはなかったのだそうだ。
だが、侍女や同僚の侍医の証言で、その侍医がナディヤ妃と深い仲になっていた事がわかった。侍医にしてみたら、ちょっとした気の迷いで犯した過ちだったのだろうが、露見すれば身の破滅となる。彼はナディヤ妃に脅され言いなりになっていたらしい。更に女官長にもバレて脅され雪白宮の情報の横流しをさせられていたようだ。
僕や父上が、女官長の手下だった侍女達が本当は知っていたのでは?と思っているのは、この事実があるからだ。だが、詳しい調査が始まる前に侍医は自殺した。なので、この件についてはこれ以上わからず事実は闇の中となった。
そして、調査が進むにつれ、僕は更にぞっとする事実を知った。
その事実を教えてくれたのは『森影』のグラウハーゼだ。僕は彼に徹底的な調査を命じたのだ。
それは『騎士団長が、意外なほど早く芳花宮にやって来た』理由である。
騎士団長の元に
「レオンハルト殿下が、芳花宮でルートヴィッヒ殿下やレベッカ姫君から暴行を受けている。」
という密告があったらしい。
それで、騎士団長は芳花宮へ向かっている途中だったのだ。
もしもだ。レベッカ姫が虐待に気がつかず、あるいは見て見ぬふりをしようとしていたとする。
そしたら、僕らは普通にお茶を飲んでいて、そこに騎士団長がやって来てレオンハルトの身体をあらためたはずだ。結果、大量の傷が見つかる。そしたら、僕やレオンハルトを抱き上げたレベッカ姫が罪をなすりつけられたのだ。
ナディヤ妃は「自分はやっていない!」と言い張るだろうし、レオンハルトは「お母様じゃない」と嘘をつくだろう。そうなれば罪人として捕縛されるのは僕とレベッカ姫だったのである。
「そうなれば殿下とエーレンフロイト姫君を排除できます。エーレンフロイト姫君は『子供達の守護者』として高名な方ですから、疑いを持たれるだけでも大スキャンダルです。彼女の名声は地に落ちるでしょう。彼女がクレマチスの塔に送り込まれるような事になったら、父親であるエーレンフロイト侯爵は13議会を辞任せざるをえなくなります。」
「でも、古傷も山ほどあったんだぞ!それなのに、僕やレベッカ姫が全部やったというのは無理があるだろう!」
「失敗したらしたで良いのです。」
とグラウハーゼは言った。
「そうなれば、ナディヤ妃が逮捕されるだけです。密告者にとっては痛くも痒くもありません。」
僕は、はらわたが煮えくり返りそうだった。『密告者』は虐待の事実を知っていた。そして、いつの日にか自分の政敵を陥れる為に、いつ来るかもわからぬその日の為に、虐待を見て見ぬフリをしていたのだ。そいつにとって、五歳児の苦しみの涙はどうでも良い事だった。自分自身の権力を守る事だけが大事だった。
「『密告者』って、誰だよ?」
「現在調査中です。密告は手紙という形で届いたのです。ただ、どういう勢力か?というのは何となく予測はつきますが。」
「そうだな。」
僕の脳裏に何人かの人間の顔が浮かんでいた。それと同時に思う事があった。
この事件は三年前の『あの事件』に似ている。
母上が、王宮図書館の隠し部屋に閉じ込められた事件だ。
成功すれば結果は大きい。しかし、失敗しても大した問題ではない。言い逃れが簡単に出来る。というところが同じなのだ。
あの時も結局、箝口令がしかれ、関係者は大した罪には問われなかった。
王室にとって知られれば不利なスキャンダルになるというのが理由だった。そして、罪をなすりつけられそうになったのは、あの時もレベッカ姫だった。
アウグスティアン。
その単語が頭に浮かんだ。三年前の事件も今回の事件も糸を引いているのは同じ奴なのではないだろうか?
「何としてでも、密告者を見つけ出してくれ!」
「密告者を罪に問えるかどうかはわかりませんよ。」
「それでもだ!」
密告者は許せない。だが、後宮自体も許せなかった。後宮は魔窟だ。レオンハルトを不幸にし、レベッカ姫を破滅させる為に誰かが作り出した箱庭なのだ。
それを叩き壊さない限りレオンハルトも僕もレベッカ姫も幸福にはなれない。安心して暮らす事さえできない。
後宮をぶち壊す。それは、幾人もの国王が目指しては失敗して来た目標だ。しかし、必ず僕はそれを実行してみせる。その為にも僕は必ず王にならなくてはならない。
僕は心の中で決意を新たにした。