作品タイトル不明
14歳の秋
私、レベッカ・フォン・エーレンフロイトにとって、運命が変わる14歳の秋が来た。
現在いろいろあって二周目の人生を生きている私。いろいろ何があったのか、もう忘れたという方は『プロローグ』をぜひ読み返して頂きたい。
一周目の14歳の秋。私は天然痘を発症した。私が家族内の第一発症者になり、私が原因で屋敷内に天然痘が大流行。弟のヨーゼフや私の乳母のユーディット。乳兄弟のベティーナやマリウスが死亡した。これ以降我が家はドミノ倒しのように次々と不幸に見舞われたのである。
私は三年前から、この秋の為に様々な備えをしていた。だから、二周目は一周目とは違う事がいろいろある。一番の違いは、私もヨーゼフもユーディットも、すでに予防接種である『種痘』を接種済みだという事だ。
他にも、お母様が第三子を妊娠していたり、この時期領地にいたはずのお父様が王都にいて、13議会なるもののメンバーになったりといろんな変化があった。
未来を変えるべく努力をして来たのだから、変わった事は喜ばしいのだが、その為に未来が予測できなくなって来たのは悩ましい。嬉しいような不安なような。そんな気持ちである。
私は、自分の部屋の窓から三日前から降り続けている長雨を見ていた。
落花生も南海芋も、もう収穫の時を迎えているというのに、この雨のせいで収穫ができないでいる。日本のゲリラ豪雨と違って、しとしとしとしと降る雨だから、雨合羽さえあれば農作業はできるのだが、無いんだよね、こっちの世界には高性能な防水布が。
そして、21世紀の日本と違って医療レベルが低いから、風邪をひいたら命取りになるのだ。
一年前の今頃、雨が降る中『夾竹桃の木』を切って、切ったメンバーのほとんどが風邪をひくという事件があった。あれ以来雨の日にはできるだけ出歩かないようにしている。考えてみればあれから一年か。一年あっという間だったなあ。
アンニュイな気持ちになるのは、畑に行けないからだけじゃない。一周目のこの時期、雨が原因でどこかの領地で、大規模な土砂崩れがあったのだ。
そして、その領地を援助する為、ハーゼンクレファー公爵家でチャリティー音楽会が開かれた。
その音楽会でクラスターが発生し、私を含め何人もの人間が、天然痘を発症したのだ。
音楽会会場に天然痘ウイルスを持ち込んだのは、とある紳士が同伴させた高級娼婦だったと聞く。
当時の私はそれを素直に信じたが、中身年齢がとっくに40歳を過ぎた現在では、怪しいものだなと思ってしまう。
本当は身分のある貴族が持ち込んだのに、社会的立場の弱い人に濡れ衣を被せたという可能性もあるのだ。その娼婦のお姉さんは、天然痘で亡くなったと聞いている。ならば尚更、死人に口無しという奴だ。
そのお姉さんが所属していたお店は、怒った王都民によって焼き討ちにあったとも聞いている。ひどい話だ。なんとか、そんな悲劇が起こらないよう何かしてあげられる事はないだろうか?
ハーゼンクレファー邸でチャリティー音楽会なんか開かれなければ、クラスターは起きないはずだ。だけど、うちより格上の公爵家で催される催し物について、あーだこーだ言う権利は私には無い。それにだ。
私の記憶が間違っていなければ、チャリティー音楽会を開いたハーゼンクレファー公爵夫人は、シモネッタという名前の外国の王女様だった。
だけど、今現在のハーゼンクレファー公爵夫人は、我が国の国王陛下の妹姫のレティーツア様なのだ。
この記憶の齟齬は何なのだろう?
一周目の私も14歳の時点で王族教育を受けていた。その時王族の名前もちゃんと勉強したのだ。
国王陛下にはたくさんの兄弟がおられたが、今もご健在なのは、異母弟のアーレントミュラー公フェルディナンド様、同母妹のフリードリア様、異母妹のクラウディア様、ヴィクトリア様の四人だと教えられていた。レティーツア様なんて方はいなかったはずだ。
ちなみにクラウディア様は、アズールブラウラントの王弟殿下と結婚され、ヴィクトリア様は国内貴族のオーベルシュタット公爵と結婚されている。
一周目のハーゼンクレファー公爵夫人は外国人の王女様だった。だから、王族の方々も「伝染病が蔓延している時期に、音楽会など開くな!」と言い辛かったのだ。
名前もシモネッタだった。レティーツアなんて名前じゃなかった。
一周目の私は何とも思わない名前だったが、日本人である文子の感性では非常に破壊力を感じる名前だ。もしも私がある朝目が覚めて、読んでいた本のヒロインに憑依してしまったとして、そのヒロインの名前が『シモネッタ』だったら絶対、改名する。
それにしても、シモネッタ夫人はどこへ行ってしまったんだ。レティーツア王女は、どこから湧いてきたんだ。
レティーツア様が急死して、ハーゼンクレファー公爵がすぐに再婚するのだろうか?と思っていたが、思っているうちに秋が来てしまった。
となるとチャリティー音楽会は開かれるのだろうか?それとも開かれないだろうか?それも予測できない。
一周目と二周目で異なっている事は他にもいろいろある。芳花妃ステファニー様が今も生きていらっしゃる事や、アンゲラ王女殿下が生まれた事だ。それらの作用が少しずつ働いて、現実にズレが生じているのだろうか?亡くなられるはずだったレティーツア様が助かってしまったのだろうか?
土砂崩れが起こるかどうかが、チャリティー音楽会が開かれるかどうかの分岐点になると思う。なので私は、秋になって天気を注視してきた。そして今、長雨が三日続いている。
だけど雨を見ていると、焦燥感に駆られてくる。
土砂崩れは大変な悲劇だ。少なからず死人も出るだろう。私はそうなると知っていて、何もしてあげなかった。災害被災地の人々を見殺しにしてしまったのだ。そう思えてならなかった。
どこで土砂崩れが起こるかを、私が記憶していれば!と思うが、私は思い出す事ができなかった。
今はただ、どうか未来が変わっていて。土砂崩れなんか起きないで。と祈る事しかできない。
だが、祈りは天に届かなかった。