作品タイトル不明
王都の攻防戦(9)(フランツ視点)
「紅茶が冷めたな。入れ直させよう。」
と陛下が言った。私は、冷めた紅茶の入ったティーカップを手に取った。
「けっこうです。暑いので冷めたくらいでちょうど良いです。」
「暑いのか?興奮し過ぎだ。侯爵。」
「夏だからです。」
と私は答えた。
「ガルトゥーンダウムが帰ったというのに、機嫌が悪いようだな。」
「・・・。」
「13議会の件、先に言っておかなかった事を怒っているのか?」
「怒ってはおりません。」
「へそを曲げているだけか。」
陛下がそう言って苦笑する。
「誰もが欲する地位だぞ。ディッセンドルフとその仲間の元には、その地位を欲しがる者達が列を作って賄賂を届けに行っているそうだ。」
「それらの者達の妬みと憎しみの炎で、火ダルマになりそうですね。」
「これ以上、ディッセンドルフ派を増やすわけにはいかないのだ。ディッセンドルフ派ではない貴族で、伯爵以上の爵位を持つ者はそう多くない。」
「オーベルシュタット公爵とか、いるじゃないですか?」
「『哲学公爵』か?彼は、政治に興味がないだろう。本と哲学だけを愛する変わり者だからな。」
「私も興味ありませんよ。」
「本当か?この数ヶ月いろいろあったし、気持ちに変化が生じたのではないか?」
図星だったので、私は嫌な気持ちになった。
今までの私は、社交界とも政界とも関わる事なく生きてきた。関わらずとも生きていけた。蜂蜜とレモンと塩をブルーダーシュタットの商人に売り、珪砂をシンフィレア国に売る。必要な物はブルーダーシュタットの商人からか、トゥアキスラントの商人から買う。残虐だった先祖のせいで、観光客も普通の客も領地には来ない。
他領の貴族からは無視されていた領地だ。そして、他領の貴族と関わらなくてもエーレンフロイト領はやっていける豊かな領地だったのだ。
だが、伝染病が流行り、『種痘』を始めとする支援を王都から受けた。そうなると見返りを要求される。困窮している他領からは食い潰してやろうと牙を剥かれた。その連中は『知力』でも『軍事力』でもなく、『政治的権力』で圧力をかけてくる。対抗するのに必要なのは優秀な頭脳でも、腕っぷしでもなく『政治的権力』だ。ディッセンドルフ派に苦しめられている間、権力が欲しいと思った。
だが、それを国王陛下に見透かされていたのは、恥ずかしいし口惜しい。というか、私に権力が欲しいと思わせる為ディッセンドルフ派に好き放題させていたのでは?とさえ思ってしまう。
アーベルマイヤーが辞任したのだって、絶対陛下の策略だろう。
陛下は、優しさと厳しさを両立出来る方だ。甘いけれど辛い、ハニーマスタードソースのような御方なのだ。
「まだ私が13議会に入れるかは確実ではありません。ですから、まだそうなった時の事は考えていません。ガルトゥーンダウムがディッセンドルフ公爵を裏切るかどうかは、まだわからないのです。奴は公爵の義弟です。命を犠牲にして忠誠を貫くかもしれません。」
「そういう男だと本気で思っているのか?」
「この国難の時に、司法大臣である自分に陛下が処刑命令を出すわけがない。と楽観視するくらいは脳がすかすかなのでは?とは思っています。」
「なるほど。」
「実際のところ、陛下はどう思っていらっしゃるのですか?陛下は『私は其方をまだ失いたくはない』と奴に言われました。『まだ』という言葉が『天然痘が蔓延している間は』という意味であるのだとしたら、奴が陛下の意思に逆らったとしても、陛下は結局奴の罪を免ずるおつもりなのではないですか?」
「私がそんな甘い人間だと思うか?」
「陛下は、信念を持ち、それをどれほどの逆境や迫害があっても放棄しない人間を好まれる方です。ガルトゥーンダウムの忠誠の相手が自分ではなく、たとえ他の人間であったとしても、その忠誠を命をかけて貫くなら陛下は奴をお許しになるのではと思っています。」
国王陛下は答えなかった。それが答えであろう。
「まあ、万に一つ、億に一つくらいはそういう事になるかもしれない。という可能性は考えている。しかし、そうなったとしても其方が13議会のメンバーになれるよう手は打ってある。会議が十日後なのはその為だ。心積りはしておいてくれ。」
と陛下は言った。
13議会のメンバーになれるかどうかはどうでもいい。重要なのは、ガルトゥーンダウムが国王陛下に目をかけられたままの状態で生き延びるか否かだ。
私は事実上、奴の顔に見えない手袋を投げつけた。「死ね」とはっきり言い切ってやったのだ。私が決して奴を許さないように、奴も私を許すまい。私達はどちらかが滅門するまで争う事になるだろう。奴が今の権力を維持したまま生き延びるかどうかはエーレンフロイト家にとって大問題となる。
私達の間にしばしの沈黙が流れた。
「帰って良い。」
との、お言葉を頂けない限り帰れないので、早く言ってくれないかな。と思う。
そしたら、ルーイ殿下に
「レベッカ姫は最近どのように過ごしておられるのだろうか?」
と質問された。そういえば、それを聞きたいと言われていたのだった。
どのようにも何も、毎日同じルーティーンで過ごしている。
朝起きたら、アヒルとウズラに餌をやりに行き、朝食を食べたら午前中はお勉強。昼食を食べたら畑に出かけて行き、帰って風呂に入って夕食。それから寝るまでの時間は友人達とカードゲームをしたり本を読んでいる。毎日その繰り返しだ。
最近あった、ちょっと変わった事といえば、ダンスの練習をしていてうっかり手が滑り、相手を務めてくれていたエリアス君の顔にエルボーをキメてしまって昏倒させてしまった事くらいだろうか?しかし、こんな話ルーイ殿下には言いづらいし、ルーイ殿下だってレベッカが自分以外の男と手を繋いでダンスの練習をしているなんて話は聞きたくないだろう。何を話したもんかな。
だいたい、先刻の話の流れで呑気に聞くことかね。たとえ今日まで幸福に暮らしていても、ガルトゥーンダウムに攻撃を受けたら、そしてそれに負けたらどうなるのかもわからない身の上だ。
「どうしているのか?」
ではなく
「どんな事があっても自分が守るから。」
と言って欲しいもんだ。
ジークなら言ってくれるだろうし、コンラートなら言わずとも行動してくれるだろう。
結局
「普通に過ごしていますよ。」
としか答えられなかった。
多分、ルーイ王子は不満だろうが、私も今自分と家族達を守る事で頭がいっぱいなのだ。
ガルトゥーンダウムと戦い、そしてその後、背後にいる者達とも戦わなくてはならないのだから。そしてその戦いに、この目の前の親子は全然別な理由でまるで頼りにならないのだから。
一時間後。
ようやく、家に帰って来られた。
時刻は午後の三時過ぎだ。
「おや?」と思ったのは、レベッカが畑に行くのに使う馬車が家にあった事だ。良い天気なのに、もう戻って来ているのだろうか?
屋敷の中に入ると、エントランスでレベッカの護衛騎士のアーベラと侍女長のゾフィーが立ち話をしていた。
「まあ、怖いわね。」
とゾフィーが言っている。私はギクっとした。まさか、ガルトゥーンダウムが何かを既にして来たというのだろうか?
「お帰りなさいませ。旦那様。」
と私に気づいた二人が頭を下げた。二人の表情にはそれほどは、緊迫感は無い。だが私は焦る気持ちでアーベラに聞いた。
「レベッカはもう戻って来ているのか?何かあったのか⁉︎」
「はい。お戻りになっています。何か?と言われましても、別にそうたいした事ではないのですが・・。ただお嬢様は怖かったみたいでして。」
「何があったのだ⁉︎」
あの海賊をも恐れぬレベッカが怖がるなど、ただ事ではない。
「畑の側に、シカが出たのです。」