作品タイトル不明
王都の攻防戦(8)(フランツ視点)
あっさりと言われたそのセリフは、巨大な落雷のような衝撃をその場にいる者達に与えた。
「な・・何を・。陛下!」
震える声で、伯爵が言った。
「其方自身もわかっているように、13議会の議会員である事の特権は莫大だ。それくらいの見返りがなければエーレンフロイト侯爵も納得はできまい。それとも伯爵。エーレンフロイト家への慰謝料として年に金貨一千枚。今後何十年も払い続ける事ができるか?」
「し・・しかし。そんな。」
やられた!
と思った。
実は今までにも13議会のメンバーにならないかと打診を受けた事がある。五年前の事だ。
その時も非公式のお茶会で打診を受け、私は断った。
権力の中枢に関わりたくなかったし、ディッセンドルフ派がハバをきかせている議会のメンバーになってもできる事があると思えなかったからだ。
結局、その時はディックハウト伯爵が新しいメンバーに選ばれた。犬ぞりを走らせ、グラハム博士を救出しに行った冒険者の弟だ。
だが今回は、打診も何も無く外堀を埋められた。
今
「やりたくないです。」
と言えば、ガルトゥーンダウムを歓喜させるだけだ。
おそらく、ディッセンドルフ侯爵とその仲間達の間では、空いた席に誰を座らせるか既に決めてあるのだろう。それを裏切って、私を選んだらガルトゥーンダウムはただでは済むまい。
「しかし、陛下!自分が賛成票を投じたところで大局に変化があるとは・・。」
「大アリだ。13議会の議会員は13人だ。アーベルマイヤーがいなくなって今は12人だ。推薦された者が新しいメンバーになるには、その12人の3分の2以上、つまり8人以上が賛成する必要がある。そしてハーゼンクレファー公爵とディックハウト伯爵は、今領地に戻っていて委任状を議長に預けている。ブルーダーシュタットで駆け回っているだろうシュテルンベルク伯爵も同様だ。提出された委任状分は、賛成票と反対票の多い方に取り込まれる。今、王都にいる13議会員は9人。5人が賛成すれば、委任状分の3人と足して8人になる。そして議長のファールバッハ伯爵、宰相のブランケンシュタイン公爵、近衞騎士団長のオーフェンヴェーク侯爵、そしてアーレントミュラー公爵の四人は、エーレンフロイト侯爵が新メンバーになる事に賛成している。だから其方が賛成してさえくれれば、エーレンフロイトが新メンバーになる事は決定する。」
ガルトゥーンダウム伯爵の顔色がますます蒼くなった。自分の一票で決定が決まるとなれば、同派閥の人間からの糾弾は免れられない。
「・・このような重大事を、ハーゼンクレファー公爵が不在の時に決めるのはいかがなものかと。」
伯爵が震えながら言う。
ハーゼンクレファー公爵の姉がディッセンドルフ公爵の奥方だ。夫婦仲が良いとは言えない夫婦なので、ディッセンドルフ家とハーゼンクレファー家が仲が良いというわけではないのだが、それでも何かの折には協力し合う関係だ。陛下は彼が王都にいない隙を狙って、新メンバーを決定する多数決を行おうとしているのだ。
「いない者は仕方がない。既にブルーダーシュタットの隣のローテンベルガー領、更にその隣のオーベルシュタット領に天然痘の発症者が出ている。そしてハーゼンクレファー領はオーベルシュタット領の隣だ。自らの領地を守る為領地に戻らざるを得なかったのだ。王都を離れている事に文句はつけられぬし、本人とて文句は言えぬはずだ。」
ガルトゥーンダウムは、急にものすごい汗をかき始めた。手が、アルコールが切れてしまったアルコール中毒患者のように震えている。
そんなガルトゥーンダウムに私は言ってやった。
「私は13議会など興味がない。別に賛成票など入れなくてもかまわないぞ。」
この発言には、陛下とルーイ殿下の方が動揺していた。ちょっとだけ胸がスカッとした。
「むしろ、入れないでくれた方が嬉しいくらいだ。君が陛下の提案を無視するなら、私は君への怒りを水に流す必要がないものなあ。ためらう事なく私とジークを陥れようとした罪で、君ら二人を処刑台に上らせる事が出来る。」
「私は関係が無い!」
「ふざけるな!おまえの指示で事務次官らは、たくさんの部下を率いて我が家に押しかけたのだろうが!奴らは私の妻を脅し子供の命を危険に晒した。妻は、司法大臣の指示かどうかをきちんと確認し、書面に残している!」
命を危険に晒されたのは、アルベルのお腹の中にいる子供だ。もしも押しかけて来たやからが、アルベルに乱暴な事をしたら流産していたかもしれない。それを今はまだ言うつもりは無いが、こいつらを死刑台に上げられるなら裁判ではその情報を公開するつもりだ。
「そ・それは!此奴が勝手にした事だ!」
と言って伯爵はハインリヒを指さした。自分が生き残る為にハインリヒを見捨てる事にしたらしい。
「閣下、そんな!」
とハインリヒが血の気を失った顔で叫ぶ。
「此奴が、侯爵に殺されかけた、と言った。自分も騙されたのだ。医学生に偽証させようとしたのも此奴だ。自分は何も知らなかった!」
「だから?」
と私は尋ねた。
「そもそもこいつが我が領に来たのは、おまえ達が『トゥアキスラント人に種痘を接種させるな』と決定したからだろう。そんな事を決めたら、苦境に立たされていたトゥアキスラント人達が何人も死ぬとわかっていて、そんな惨い決定を下したのだろう。私を反逆罪に問う為だけに!」
「トゥアキスラント人共が死んだら何だと言うんだ⁉︎奴らは敵国民だ。今まで何度も戦争をして、殺し合いをしてきたではないか?侯爵の先祖とて、何人ものトゥアキスラント人を殺したはずだ。」
「それが、法を司る大臣の言うセリフか!人の命を何だと思っている⁉︎恥を知れ!」
「あの決定を下したのは私だけじゃない!」
「いい加減にしろ、其方ら!廊下を行く者らが皆見ているぞ!」
国王陛下に怒鳴られた。
確かに。少し離れた廊下に人垣が出来ていた。
さすがに興奮し過ぎた。二人まとめて王族に対する不敬罪で『鮮血の塔』に放り込まれかねない見苦しさだった。
「ガルトゥーンダウム伯爵。其方は司法大臣だ。伝染病で国が混乱している時に、王国の司法大臣が一族の者と共に処刑されるなどという事があったら、人心が混乱する。だから、エーレンフロイト侯爵に耐え難きを耐えるよう私自ら説得をした。それを無視するというなら、それなりの覚悟をしろ。エーレンフロイト侯爵が正しく、其方らはそれだけの罪を犯したのだ。」
ガルトゥーンダウムは真っ青な顔色のまま言葉を失った。
陛下の提案を無視すれば処刑され、従えばディッセンドルフ公爵に粛正される。彼は完全に詰んだのだ。
「ゆ・・許してくれ。エーレンフロイト侯爵!」
突然、ガルトゥーンダウムはプライドをかなぐり捨て、私に頭を下げた。
私より十歳以上年上の、大臣という重要な職責に就いている者の卑屈な笑みに虫唾が走った。
「許すわけがないだろう!貴様は、私と私の家族に陰謀を働かせただけではない。重篤な病に苦しみ、助けを求めて亡命して来た外国人達を殺そうとした。更に、それらの人々を救う為に力を尽くした善良な若者達の家族を害すると脅迫して、悪の道に引きずり込もうとした。どうして許す事が出来るというのか!」
「トゥアキスラント人達に種痘を渡させるな。という決定は、私も指示をされての事だったんだ。」
「だから、どうした?おまえだって、嫌がるローマイアーに告発を無理じいし、医学生達を金と脅しで操ろうとしたではないか?
私が憎く、エーレンフロイト領を奪いたいというなら正面から手袋を投げつければ良かったのだ。立場の弱い者を利用しようとするその卑劣さを許す事はできない!貴様のような奴を野放しにしておくと、善良で優しいが弱い者が安心してこの国で生きていく事が出来ない。それらの人々の為に死ね!」
「どちらが『司法大臣』なのかわからないな。」
と言って、ルーイ王子が冷笑した。国王陛下も冷たい瞳でガルトゥーンダウムに言った。
「会議まで、まだ十日ある。どうするかゆっくり考えろ、伯爵。もう下がって良いぞ。」
「かしこまりました。」
と私は言った。
「エーレンフロイト侯爵は残れ。」
と陛下に言われる。一瞬、舌打ちしたくなった。
ショックの余り、ガルトゥーンダウムは立ち上がれないようだった。陛下は手を上げて近衞騎士達を呼んだ。
「司法大臣は帰るそうだ。下僕共々連れて行ってやれ。」
「はっ!」
と言って、近衞騎士達はガルトゥーンダウムの腕をつかんだ。そしてそのまま引きずって行った。
「陛下!どうか話を聞いてください!」
同じく引きずられて行くハインリヒが叫ぶ。しかし、国王陛下もルーイ王子も彼らを一瞥する事なく、ティーカップを口元に運んでいた。