作品タイトル不明
王都の攻防戦(5)(フランツ視点)
王室からの呼び出しがある前に、司法省からの訴えに関して出来る事はしておいた。
と言っても、ハインリヒと私の間でするべき事は何もない。出来る事をしたのは、レベッカの『ザリガニ事件』の方だ。
ザリガニ事件の被害者、ペーター・フォン・ローマイアーに、治療費と慰謝料を払うと連絡したのである。
金額は、金貨150枚。普通の労働者の15年分の年収である。
しかし、届けに行くのは侯爵夫人アルベルティーナの師である、オルヒデーエ・フォン・イェーリスと、その娘ラヴェンデル・フォン・ローマイアーで、必ずペーター・フォン・ローマイアー本人が受け取り、書類に受け取りのサインをする事。
というふうに条件を付けたら返事が来なかった。
つくづく、しょうもない男だ。
ローマイアーの様子がどんなだったのか知りたくて、バイルシュミット家のトルデリーゼ嬢を呼び出し家に来てもらった。
トルデリーゼ嬢には、バイルシュミット領の援助をしている事をとてもとても感謝された。
「私は、エーレンフロイト家の味方ですし、司法省の人間も八割はそうなんです。ハインリヒに同調している奴はほとんどいないんですから!」
と力強く言ってくれた。
「ローマイアーは怯えています。本当は、レベッカ様の事を訴えたくなんてなかったんです。だって、そうでしょう。熱湯を浴びせられたとか、頭を押さえつけられてザリガニをくっつけられた、とかならともかく、過失でザリガニをかけられただけなんてたいした罪になるわけないじゃないですか?この程度で、人が監獄行きになるものなら、監獄は人で溢れてぎゅうぎゅうになってますよ。それなのに訴えたところで、エーレンフロイト家や第二王子殿下の恨みを買うだけですからね。だから、訴えたくなかったのに、ハインリヒが無理矢理脅して訴えさせたんです。訴えて以来、ローマイアーはガタガタと怯えていますよ。お金も恐ろしくて、とてもじゃないけど受け取れない。って言ってたそうです。」
困った上司を持つと大変だな。と、ほんの少しだけローマイアーに同情した。
そして、王都に戻って一週間。
ついに王宮から連絡が来た。
国王陛下のプライベートなお茶会に招待されたのである。他の招待者は、ルートヴィッヒ王子殿下。それとガルトゥーンダウム伯爵だ。
公式の場ではなく、まずは非公式な場で話し合えという事だろう。望むところだ!
アルベルもレベッカもとても心配していたが、いきなり逮捕されるという可能性は無いと思う。
なぜなら、殺人未遂罪で訴えられたのは、私とジークの二人で、ジークは今王都にいないからだ。
ジークが戻って来ない限り裁判はできない。裁判がすぐにできないなら拘留する意味が無い。私に逃亡や亡命の可能性があるわけでもないのに、すぐさま逮捕という事にはならないはずだ。
というより、もし逮捕されるなら、まず逮捕されてそれから国王陛下と面会するという流れになるだろう。
ただ、何がどう転ぶかはわからない。ガルトゥーンダウムは何かの裏工作や捏造をしているだろうが、どういう捏造をしているかわからなければ論破しようがない。
明日会えば、どういう捏造をしているかその一端がわかるだろう。
わからないうちから、過度に心配してうだうだ悩んでいても何にもならないので、私は王宮を訪問するまでの時間を普通に過ごした。
そして指定された日。私はまとめた書類を持って王宮へと向かった。
お茶会の会場になったのは、中庭のガゼボだ。周囲はバラ園になっていてその向こうに普通に廊下とかあったりするので、国王陛下とお茶を飲んでいるのが、王宮中の人間に丸わかりな場所だ。私としては、事と次第によってはガルトゥーンダウムとつかみ合いの喧嘩も辞さない覚悟なので、もう少し人目の無い閉鎖空間でお茶を飲みたかった。
だいたい季節はもう夏だ。ガゼボは屋根があるとはいえ、横から陽射しが差し込むので暑い。
何で普段の謁見室でなくて、こういう場所に呼び出されたのか?
侍女に案内され中庭に着くと、既に陛下とルーイ王子が待っていた。ガルトゥーンダウムはいない。奴め、逃げたのではあるまいな⁉︎と思ったのが、顔に出たのだろうか。
「ガルトゥーンダウムには、一時間遅い時間を伝えてある。其方からまず領地の報告を受けたかったのだ。」
と陛下に言われた。そういえば、今日の本題はそれだったのだ。
私は、書類を見せながら第一発症者が発見されてから、隔離と治療をどのように行ったかを順を追って説明した。
日付ごとに、発症者、死亡者、回復した者の数もまとめてある。
順調に数が減っていた病人は、トゥアキスラントからの亡命者が来た途端、爆上がりした。
ニワトリ150羽の移動が大変だったとかの話は省いたが、治療に当たってくれたボランティア達の名前は全員フルネームで記録に残した。
出来る事なら王室からも褒美とかをあげて欲しいと思う。
そうして、私は終息宣言を出すまでの経緯を話し終わった。
我ながら、順を追って簡潔に、要点をわかりやすく話せたと思う。なぜ話せたのか?それは、ボランティアの家族に手紙を届けに行った時、同じ話を延々としたからだ。
おかげで、話があっち行ったりこっち行ったり、前後が逆になったりと迷走する事もなく話す事が出来た。
「よくわかった。」
と陛下は言われた。
「本当によくわかった。君は一流の講演者だな。一度聞くだけで、目の前で見ているように理解出来た。資料もわかりやすくまとめてある。私に報告をあげてくる奴の中には、何語を話しているのだ?と言いたくなる奴もいるからな。」
陛下は苦笑いをされながらそう言った。
「だから君との会話は楽しいのだ。ただ、一つ難を言うのなら、もう少し上等な紙に報告を書いて欲しかったな。これは公式の資料になるのだ。これから何百年後かにまた天然痘が流行った時に、参考文献となる貴重な情報だ。そこだけが残念だぞ。」
「金が無いんです。」
と私は言った。
「財政が苦しいんです。」
「そうか。なぜかは聞くまい。」
聞いてください!と内心で思う。30分くらい、熱く語れるのに!
「侯爵。言いたい事を顔に出すな。君には悪い事をしたと思っている。伝染病が流行っている中、援助物資を供出させられたのは腹立たしい事だったろう。だが私としては、国内から餓死者を出すわけにはいかなかったのだ。そして、供出を命令するに当たっては基準が必要だ。税金の支払い高が高い順、というのは、一番わかりやすい基準だったんだ。」
「・・・・。」
「今は大変な国難の時だ。だから、皆が手を取り合わねばならぬ。だが、伝染病が収まった後まで、手を繋いでおけと強要するつもりはない。領民を守りきれなかった領主には責任を取らせるし、援助の手を差し伸べてくれた者にはそれに見合った報いを与える。必ずそうすると約束する。だから今は耐えてくれ。」
「・・かしこまりました。」
「ありがとう。侯爵。」
「でも、一つだけ不満を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「言うが良い。ここは非公式の場だ。」
「理不尽な命令であっても、私達領主は従わなければなりません。だからこそ、その命令を報告にくる奴には『食』と『住』を持参させてください。医療省の人間達は、一人用のテントと、一ヶ月分の保存食を持って来ていたのですよ。結局は彼らは領館の離れに泊まりましたし、私が用意した慎ましい料理を食べていましたけれど、でも一応エーレンフロイト領に迷惑をかけない用意をしてから駆けつけて来てくれたのです。なのに、どこかの誰かはそんな用意を全くせずに押しかけて来て、こちらが用意した物に不満ばっかり言っていたのです。陛下がおっしゃったように、我が領は大変な国難の状況下だったのです。それなのに、保養地の一流ホテルに求めるような要求ばかりされて心の底から迷惑でした。」
「そうか。いろいろと目に浮かぶな。」
「我が領はそれでもギリギリ食料や住居を提供できましたが、小さな領地で同じ態度を取られたら、領主は詰むでしょう。挙句、逆恨みされて告訴されたのではたまったものではありません。」
「歯に衣を着せろ、侯爵」
「ここは、非公式の場だと言ってくださったので正直に申し上げました。勿論、必要とあらば公式の場でも言わせて頂きます。私は嘘が苦手な人間ですし、腹芸も出来ませんので。」
「知ってる。」
と陛下は言った。
「君が九歳の時、私がシンフィレアの大使に『会うのは三年ぶりだが変わっていないな』と言ったら、君が間髪入れずに『どこがですか?10キロは太ってますよ』と言ったのが忘れられん。」
お茶を飲んでいたルーイ王子がむせた。
「その話を言われるのは三百回目くらいなのですけれど。」
「だから忘れられんのだ。忘れて欲しいと言うのなら、この話が吹っ飛ぶくらいの事件を起こしてくれ。」
「私に死刑台に上れとおっしゃておられるのですか?」
「馬鹿な事を。私は本気で君を妹の婿にしたかったのだ。しかし君は『国外追放された方がまし』と、言ったよなあ。」
この話を言われるのは四百回目くらいだったので、返事はしなかった。
「一時間経ってしまったな。そろそろガルトゥーンダウムが来る頃だ。」
「父上!」
と、ルーイ王子が父親に向かって叫んだ。その後、ゴホゴホと少しむせた。
「レベッカ姫の最近の様子について、侯爵にお聞きしたいと言ったら、伝染病の報告をまずしてもらうから終わるまで待て。とおっしゃったのに!」
「というわけだ、侯爵。腹が立つ事があったとしても途中で帰らないでくれ。後からルーイと話をしてやってくれ。」
私の用件はもう終わったから、既に帰りたい気分なのだけど・・。
私は冷めてしまった紅茶をグビっと飲んだ。
「ガルトゥーンダウム伯爵がお越しになられました。」
と、王宮侍女が報告に来たのはその時だった。