作品タイトル不明
森の影(10)(ルートヴィッヒ視点)
アーベルマイヤー夫妻は、よろけるように帰って行った。
ようやく僕は、喉に水分を通過させる事ができた。紅茶を喉に流し込みながら僕は、今起きた事を頭の中で反すうしていた。大きな権力を持ち権勢を誇っていた家門が一瞬で凋落した。アーベルマイヤー家に罰が下る事を望んでいたが、本当に下るとむしろ恐怖心が湧き上がってきた。
「父上は一年前、何も言われなかったので、こんな厳しい罰をアーベルマイヤー家に下すとは思っていませんでした。」
「一年前に伯爵に13議会を辞めさせても、ディッセンドルフ派の議員が増えるだけだったからな。」
僕は首を傾げた。
「13議会は13人の貴族で成り立っている。1人辞めたら残りは12人だ。新しいメンバーは国王が推薦し、他のメンバーの3分の2以上が賛成したら決定になる。つまり8人以上だ。反対する人間が5人以上いたら、その人間は13議会の一員にはなれない。そして、ディッセンドルフ派のメンバーは5人だ。だからディッセンドルフ派が反対する人間は絶対に13議会には入れないのだ。だが、今は状況が変わった。今なら、ガルトゥーンダウム伯爵をディッセンドルフ公爵から引き剥がし、私の思い通りに動かせる。」
「どうしてですか?」
「ハインリヒ・フォン・ガルトゥーンダウムが、偽りの罪状でエーレンフロイト侯爵とヒルデブラント小侯爵を訴えたからだ。自分よりも格上の貴族を冤罪で訴えるのは重罪だ。その罪を無かった事にしてやるから、私が指名する人間に賛成するよう伯爵に言う。その為にハインリヒには、訴えを書式にまとめろと伝えたのだ。」
「ディッセンドルフ家を裏切るような事に伯爵が従うでしょうか?それくらいなら、ハインリヒを切り捨てるのでは?」
「切り捨てたところで伯爵は連座を免れられない。ハインリヒはガルトゥーンダウムの姓を名乗る親戚で司法省での直属の部下だ。他の省ならまだしも、司法を司る司法大臣が身内を罪に問われて大臣職に居続ける事はできない。だから、伯爵は従うさ。伯爵には大臣を辞める事も13議会を辞める事もできないからな。13議会の議会員の年収は金貨一千枚だ。今の伯爵にそれを失う事はできない。」
「そんなにガルトゥーンダウム家は困窮しているのですか?」
「ガルトゥーンダウム家は、副業でたくさんのカフェを経営していた。そしてそのカフェで流れる情報を集めていた。だが、借金をして事業の手を広げた途端、伝染病が流行りカフェには人が来なくなった。東大陸が西大陸との交易を止めたので砂糖や紅茶も手に入らなくなった。紅茶は南東諸島からも手に入れられるが、状況を知った南東諸島は紅茶の値段を釣り上げている。だからと言ってカフェで出す飲み物の値段を上げたら客はますます来なくなる。砂糖の輸入で手に入れられる利益も失い、ガルトゥーンダウム家は既に破産寸前だ。だが、金が無くても借金を踏み倒す事はできない。金を借りた相手が平民の商人ではなく、ディッセンドルフが経営する銀行だからだ。だから、ガルトゥーンダウム伯爵は絶対に大臣と13議会の議員を辞める事はできない。」
「・・そうなんですか。」
ようするに。
一年前、コンスタンツェの窃盗でアーベルマイヤー家を罪に問わなかったのは、アーベルマイヤー夫妻の忠誠心ゆえでも、レベッカ姫が罪に問わなくても良いと言ったからでもなく、ディッセンドルフ派の人間が13議会の一員になるより、アーベルマイヤー伯爵が一員であってくれる方が父上にとって都合が良かったからか。一年前は、エーレンフロイト侯爵も今ほどの名声を築いていなかった。アーベルマイヤー伯爵を辞めさせても、エーレンフロイト侯爵が新たに13議会のメンバーになる事はできなかった。
ガルトゥーンダウム伯爵が自分に逆らって、自分が望まない人間が13議会の新メンバーに選ばれたらディッセンドルフ公爵は怒るだろう。
両者の間には埋められない溝が出来るはずだ。ガルトゥーンダウム伯爵はディッセンドルフ公爵の片腕だった。公爵はその片腕を失う事になる。
それは、僕にとっては好都合な話だ。ただ・・・。
「その為にはハインリヒを許さなくてはならない、というのが悔しいです。あいつは、何の非もないエーレンフロイト侯爵を陥れようとしたのに。勿論、あいつは、ガルトゥーンダウム伯爵の怒りを買って、これからは日陰の身になるだろうけれど。でもそのせいで、ますますエーレンフロイト家を逆恨みするようになったら・・・。」
「ルートヴィッヒ。一度だけなら許してやれ。おまえの目にはおっさんに見えるだろうが、ハインリヒは世間的にはまだまだ若造なのだ。もしも奴が改心せず、エーレンフロイト家を逆恨みして陥れるような真似をしたら、その時はトゥアキスラントに奴を裁かせる。ハインリヒは、トゥアキスラントの貴族令嬢ミヒャエラ姫君に無礼を働いた。詐病でホテルの部屋に呼び出し全裸で迎え入れたのだから、奴は立派な性犯罪者だ。その上、虫刺されの薬を要求し、所持していないと言われたら逆上して恫喝した。想像してみろルートヴィッヒ。もし、レベッカ姫君やエリーゼが外国にボランティアに行き同じ目に遭ったらおまえは許せるか?私は許せないね。犯人の身柄を要求し極刑にする。」
勿論、僕だって許せない!!!
想像しただけで、脳内の血管が全部ブチ切れそうだ。
「でも、トゥアキスラントがミヒャエラ姫君の為に動くでしょうか?彼女は国策に逆らって亡命してきた人ですし、侯爵家の一員とはいえ直系ではなく、しかも庶出子ですから。」
「ヒンガリーラント王室が頼めば動いてくれるさ。トゥアキスラントは喉から手が出るほど種痘を欲しがっているのだから。」
・・・。
黒いな、父上!
誰に対しても一度は許す。というスタンスだが、罪を絶対に忘れない。そして必要と有れば即座に断罪できるよう準備をしっかりと整えている。
だが、王というものはそういうものでなくてはならないのだろう。
国王は正義の味方じゃない。大衆小説に出てくる正義の味方なら絶対に悪を許さないし、鉄拳制裁は秒で行う。
だが国王は清濁合わせ呑める存在でなくてはならないのだ。なぜなら国王は国家の味方であり、その国家で生きる国民の味方でなくてはならないから。国民を守る為ならば、時に冷酷に時に理不尽にならなくてはならない時もある。
そんなのは嫌だ!と綺麗事を言う者に王を目指す資格は無い。
「言っておくが、ルートヴィッヒ。私はまだアーベルマイヤーの後任をエーレンフロイト侯爵にするとは決めていないぞ。」