軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森の影(7)(ルートヴィッヒ視点)

「伯爵令嬢がお可哀想。怒った平民が、伯爵令嬢につかみかかろうとしてそれは怖い思いをされたという話よ。」

「物を恵んでもらう立場で、なんて厚かましいのかしら。そんな平民共には厳しい罰を与えるべきよ。」

「エーレンフロイト令嬢が、平民をつけ上がらせたからいけないのよ!だから、平民共は物をもらえる事が当たり前と思い込んでいるのだわ。」

と、アーベルマイヤー派閥の人間はコンスタンツェを皆擁護している。だが、批判の声はその10倍だった。

夜九時、グラウハーゼがやって来たので僕は報告を聞いた。まずは昨日までの六日間の報告だ。

フィルの母親は、レベッカ姫と一緒に野菜の無料配布をしたという新聞記事を見て

「良い事をしたわね。」

と執事に言ったらしい。父親は褒めもしなかったが外出を怒りもしなかったそうだ。

三日後、コンスタンツェから手紙が来た。パンと肉の無料配布のお誘いの手紙だ。ぜひ行くべきです。と執事と乳母に勧められ、フィルは参加を決めた。

でっ。

今日が来たわけだが、会場となった中央広場は配布開始予定時間である午後二時の三時間前から人で溢れていたという。集まったその数、数千人。下手をしたら一万人くらい集まっていたのかもしれないらしい。

あまりの人の集まり様に、騎士団が配布時間を前倒しするように要請したくらいだ。

「大変な人数が集まったのだな。」

「それは、まあ、パンと肉なら誰だって欲しいですからね。自分だって欲しかったです。ですが、アーベルマイヤー令嬢が用意していたパンは百個ほど、肉は鶏肉と豚肉と魚20キロほど、スープは大鍋一つ分でした。」

「それじゃ全然足りないじゃないか!」

「はい。しかも、スープとおたまは用意していたのですが、スープを入れるスープ皿とスプーンを持って来ていなかったのです。」

「どうやって、それでスープを食うんだよ。」

「アーベルマイヤー令嬢は『どうして持って来なかったのか!』と侍女を叱りつけましたが、侍女は『アーベルマイヤー家の食器を貧民などに使わせるわけにはまいりません』と答えました。それで、参加している令嬢方に『食器を持ってきて欲しい』と言われましたが、どの家でも食器は貴重な財産です。壊されたり盗まれたら困るので無理、と皆言われました。」

「それはそうだな。」

「それでアーレントミュラー公子が、近くの食堂で借りたらどうだろう。と提案されました。貴族が『貸せ』と圧力をかけるのですから、食堂も貸してはくれたのですが、皿とスプーンのセット一つにつき、貸賃銅貨10枚、保証金として銀貨1枚を請求されました。仕方がないので言い値でアーレントミュラー公子がお金を出されました。それでも借りる事ができたのはわずか15セットです。」

15人にスープを配って、食べ終わったら皿とスプーンを回収して綺麗に洗って、次の人に配る。の繰り返しって、どれだけ時間がかかるか想像もできない!

「保証金って何だ?」

「壊されたり盗まれたりせずに、ちゃんと食器が戻って来たら返すお金です。食器が盗まれたら返さないという約束になっていました。そしてスープを配り始めて10分で、食器は全部盗まれました。」

「・・・。」

それはスープをもらった人が悪い。立派な窃盗罪だ。だが、そうなる可能性が高い事がわかっていたから貴族の令嬢達は食器の提出を拒んだのだし、食堂の店主は保証金をとったのだ。それを想像もせず、スープを配ろうとしたコンスタンツェがあまりにも愚かだ。

「結局スープは三分の一も配れないまま鍋に残りました。目の前においしそうな匂いをさせたスープがあるのに食べられない民衆は怒りました。そのうえ今日は日差しが強く気温が高かったので、スープ問題でもたもたしている間に肉と魚が腐りました。」

「・・え⁉︎」

「その腐った肉を、布や油紙に包んだりもせず、手渡しでアーベルマイヤー令嬢は配ろうとしました。」

「ええ!生肉を手渡し⁉︎」

「令嬢曰く、肉を包む物は貰う側が用意するのが当然との事です。」

「いや、そんな事を言ったって・・というか、肉、腐ってんだろ!」

「はい。腐った肉など配ったらいけない、と公子は言われたのですが、アーベルマイヤー令嬢は『平民は、腐った物も食べ慣れているものなのでしょう。平気ではないの?』とおっしゃいました。」

「平気なわけあるかー!肉や魚で起こる食中毒は、野菜で起こる食中毒よりひどいんだぞ!死人が出たらどうするんだ⁉︎」

「公子も全く同じ事をおっしゃいました。そして、もしこの肉を配るなら自分は今から司法省へ行って『毒を配っている人間がいる』と訴えて、役人を連れて来ると言われました。するとアーベルマイヤー令嬢は『毒だなんてひどい!』と言って泣き出されました。」

・・カオスだ。ひどい状況過ぎる。「毒だなんてひどい」って、おまえが一番ひどいんじゃないか。

「結局、肉を配るのは取りやめパンだけ配ったのですが、何千人もいるのにパンは百個ほどです。あっという間に無くなり、もらえなかった人達が『俺達にもパンをよこせ』と大騒ぎを始めました。やがて広間は乱闘状態になり、群衆雪崩も起きて大量の怪我人が出て、やむなく騎士団が出動し、群衆を強制解散。怒った一部の群衆は騎士団に襲いかかり百人以上の逮捕者が出ました。怪我人は国立医大の救急センターに運び込まれましたが、こちらの数も百人以上です。」

なんてこった!

僕は頭が痛くなった。

コンスタンツェの行動は善意からだったのかもしれないが、あまりにも無知で無能だった。

そして世の中にはこんなことわざがある。

『勤勉な馬鹿ほど迷惑なものはない』

何もしないでいてくれる方が百倍ありがたいのである。

「失敗の一番の原因は何になるのだろうなあ?」

「失敗は常に偶然です。成功は常に必然ですが。」

「どういう意味だ?」

「エーレンフロイト令嬢が『成功』したのは、入念に準備をしたからです。何よりもまず彼女は、経験者から情報を入手しました。救貧院や孤児院の院長達、人権派弁護士のデイム・クリューガーからです。デイム・クリューガーは城壁外でパンの無料配布を行なっておられますが、成功しておられます。重要なのは、広く宣伝しすぎない事、押し寄せる予想人数より少し多めの量の物を用意する事、腐りにくく汚染されにくい物を配る事、食器や袋など余分な付属物が不要な物を配る事、そして数秒で渡せて列を渋滞させない物を配る事です。実はエーレンフロイト令嬢は、野菜と一緒に『おにぎり』という物を配る予定だったそうです。しかし、経験者から話を聞き腐りやすい物は良くないと思い直し、日持ちのする『せんべい』に配り物を変えたのです。そして何より大切な事、それは『人気の無い物を配る』事です。

人気の高い物を配れば、人が殺到します。貧民以外の富裕層でももらいに来るでしょう。しかし、人気の無い物を配れば、人はあまり寄って来ません。寄って来るのは本当に困っている人、本当にどうしようもなく飢えている人だけです。正直、一人暮らしの自分がニンジンとネギを渡されてどうしようかと悩みました。トマトやキュウリでしたら塩を振って丸かじりもできますが、ニンジンとネギは丸かじりするのはためらう野菜です。ニンジンは飼っているウサギにやりましたが、ネギは行きつけの食堂の店主に渡しました。」

「ウサギ飼ってるんだ。食用か?」

「ピョンちゃんは食う為に飼っているのではありません。」

仮面をつけていても不機嫌な表情になっている事がわかる声だった。

「当日は誰が何を担当するかを綿密に決め、皆がエーレンフロイト令嬢の指示通りに動きました。騒ぎが起こらぬようエーレンフロイト騎士団を配置し、割り込みなどのトラブルに対処されました。それだけでなく、もしもの時には力を貸して欲しいと、王都の騎士団にも依頼し巡回してもらっていました。きちんと枠組みを決めていたからこそ余裕があって、エーレンフロイト姫君は突発的な事が起こっても、例えばアーレントミュラー公子が急に現れても物事に柔軟に対処できたのです。裁判になるほど揉めた上位貴族が、急に目の前に現れたら普通の貴族の令嬢ならパニックを起こし騒ぎ立てたはずです。そこで公子が冷静さを失えば、騎士達を巻き込んで現場は大変な騒ぎになったでしょう。しかし、その大変な状況にもエーレンフロイト令嬢は問題なく対処されました。トラブルが起こるたびに冷静さを失い、金切り声をあげていたアーベルマイヤー令嬢とは、人としての格が違います。そもそもエーレンフロイト令嬢は『野菜を作ったら天気が良いからか思ったよりたくさんできちゃった。形は悪いけれど味はまあまあだよ。良かったら持って行って』というスタンスで配られました。『貧民に施してやる』と上から目線だったアーベルマイヤー嬢とは、心意気が違います。アーベルマイヤー嬢は自分が褒め称えられる為に行動をし、エーレンフロイト嬢は誰にも迷惑をかけてはならない事を大前提に行動されました。だからアーベルマイヤー嬢は失敗し、エーレンフロイト令嬢は失敗しなかったのです。アーベルマイヤー嬢の失敗は不幸な偶然の連続だったのだと思いますが、そもそも思いやりの心が全く無かった事が最大の問題であったと愚考します。」

自分もそう思う。コンスタンツェはろくな準備をせず、レベッカ姫は入念に計画をした。スープには皿がいるとか、ナマモノは夏には危険、というのは経験者に聞けばすぐに分かった事ではないか。フィルに協力を要請する前に、どうして経験者に知恵を借りなかったのか?

「巻き込まれたフィルもいい迷惑だよな。」

「巻き込まれたのは、押しつぶされて踏みつけられた王都民です。アーレントミュラー公子は当事者であり加害者です。」

「そうだな。フィルも責任を問われる事になるのだろうか?というか、アーベルマイヤー家はどう責任をとるつもりなんだろうな。怪我人まで出しておいて。」

「責任を回避する為に、暴動が起こったのはアーベルマイヤー令嬢が成功する事を妬んだエーレンフロイト令嬢が、人を雇って騒ぎを起こしたからだ。と吹聴して回っています。」

「何いっ!」

僕は絶叫した。