軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト領の戦い(28)(フランツ視点)

「レベッカが⁉︎何が、どうおかしいんだ?」

「あー・・いや・その。聞かない方がいいですよ。」

「気になるだろうが!教えてくれ!」

「あー、困ったな。なんか、テンションがおかしいらしくて。あれは多分、侯爵夫人が懐妊されたのか、さもなきゃヤバい薬をやっているかのどちらかだろうって。」

コウシャクフジンガカイニン・・・。

「えーっ!」

「アルベルティーナ様がですか⁉︎それはおめでとうございます!」

とカイが言う。

「良かったじゃないか、フランツ。おめでとう!」

とリヒトも言う。

「え・・いや、その、ありがとう。うん。ありがとう。・・でも、確かにそうなのかはわからないし。」

「そうですね。ヤバい薬やってるだけって可能性もありますしね。」

「んなわけあるかーっ?」

私はジークレヒトを怒鳴りつけた。

でも、子供。もしかして、子供・・。

私はぐるん!とデリクの方を振り返った。しかし

「自分は何も知りません!」

と質問する前にデリクは答えた。

「侯爵夫人には、全くお会いする機会がありませんし。ただ一つ妙だな、と思っている事はあります。シュテルンベルク家のリーリエ様もマルガレーテ様も、レベッカ様もヨーゼフ様も種痘を受けられたのに、侯爵夫人は未接種なのです。」

それは確かに妙だ。だが、エーレンフロイト領でも領都民のほとんどが種痘を受けているが、妊婦と乳幼児は受けていない人が多い。濃厚接触者になってひょうたん半島に連れて行かれても「お腹の子供に何かあったらと思うと怖くて受けられない。」と言って種痘を拒んだ妊婦もいる。

という事はやはり。

「レベッカお嬢様は、いつも幸福そうだなー、とか頭の中お花畑なのかなー、と思う事もありますが、普段のお嬢様をよく知らないので僕にはよくわかりません。」

とハルがけっこうひどい事を言う。

私は王都に今すぐ帰りたくなった。馬をかっ飛ばして家族の元に帰りたい。

でも駄目だ!

まだ天然痘の終息宣言は出せていない。もしも私が原因菌を持ち帰ってしまったら、種痘未接種のアルベルが危ない。

ああ、でもこんな時に側にいてあげる事もできないなんて!

アルベルは、レベッカを妊娠した時もヨーゼフを妊娠した時も悪阻がひどかった。側で見ているのが辛かったくらいだ。だからきっと今回も体調が悪いだろう。そんな時に側にいてあげられないなんて。

レベッカとヨーゼフが側にいるから安心。とはちょっと思えない。

二人共決して悪い子ではないのだが、わりと、特にレベッカの方が親の神経を逆撫でするような言動と挙動が多い。

アルベルを怒らせたり、心配させたりするような事をしていないといいのだけど。

レベッカは、以前も私が一人だけで領地に戻った時に、家出をしてアルベルを心配させていた。また何か変な事をしていないといいが・・。

と思うともう、居ても立っても居られない!

私は落ち着かない気持ちになって、屋上に上った。何か海の方に向かって叫び声をあげたい気分だった。

しかし屋上には先客がいた。

ノア・コール医師が海を見ながらさめざめと泣いていた。目に押し当てているハンカチは、テレージア殿が刺繍したのだろうか。ビビットな模様が刺繍されている。

一瞬、見なかった事にしてUターンしようかと思ったが、コール医師と目が合ってしまった。

「どうしたんだい?コール君。」

やむなく、私は声をかけた。

「いえ、何でもないのです。ただ、娘からの手紙を見るだけで胸が熱くなって・・。別に何も特別な事は書いてないのですが、娘も背が伸びたのかなぁ、とか考えると、それだけで・・・。」

リヒト並みに子煩悩な父親らしい。

私は以前レベッカから聞いた話を思い出した。コール医師の娘リーゼレータ嬢がアカデミーに入学した時「どんな子なんだい?」とレベッカに聞いたのだ。

「普通。」

とレベッカは答えた。

「あんまりアカデミーにはいないタイプ。」

「どういう事?」

「何というか、優しい両親に浴びるくらい愛情を注がれてのびのびと若葉のように育ってきたんだろうなあ。っていう子。」

「へえ。」

「・・こんな話聞きたくないかもだけど。」

「え?何でだい?」

「恋愛小説によると、別れた彼女が幸せに暮らしていると聞くと、自分が不幸なような気がして嫌な気分になるものじゃないの?」

「別に、そんな事ないけど。」

「おまえは、どういう恋愛小説を読んでいるのっ!」

とアルベルが怒った。

「そういう子って、アカデミーでは珍しいのかい?」

「厄介払いされてここへ来たんだろうなあっ、て子が圧倒的に多いね。」

その話を聞いて、テレージア殿は幸せな結婚をしたのだな。良かった。と思ったものだ。ちなみに、リーゼレータ嬢には弟二人に妹二人、四人の弟妹がいるそうである。

「わかる。わかるよ。」

と私はもらい泣きしそうになった。

「コール君には申し訳ないと思っているんだ。本当ならとっくに故郷へ帰っているはずなのに、我が領で天然痘が発生したばっかりに引き止めてしまって。」

「いえ、良いのです。こうなった事もまた運命です。病人を見捨てられないと、自分で決断した事ですから。」

「優しいのだな、コール君は。だからシンフィレアにもボランティアへ行ったのかい?」

「違います。ボランティアに行ったのは私が弱かったからです。」

「え?」

意味がわからず私は首を傾げた。

「私が強い人間で、私の故郷が強い領地だったら、誰の助けも借りずに生きていけます。でも、弱いから助け合わないとならないのです。

シンフィレアに行ったのは恩を売る為です。私達が困った時に助けてもらえるように。」

「・・・。」

「ここで奮闘しているのも恩を売る為です。だから、私達が困った時はどうか助けてください。」

「勿論だ!必ず助けるよ。きっと助ける。」

「・・閣下も、優しい御方ですね。」

とコール医師は言った。

「領民や家臣の方々も優しいです。テレーゼも、閣下と結婚していたら穏やかに幸せに暮らしていけたのでしょうね。」

「そんな事ないさ。領民だって、食べ物の事でトゥアキスラントの人を差別した、とか聞いているし。ローテンベルガー家の領民や家臣は優しくないのかい?」

半分冗談で聞いたのだが、コール医師は

「冷たいですよ。いや、逆に熱すぎるのかな。いつも派閥ごとに分かれて揉めてます。仲が悪くて、仲の悪い相手には平気でどんな残酷な事でもできるんです。」

うんざり、という口調で言った。

「特に大きな派閥が二つありましてね。テレーゼが平民の私と結婚したのもローデリヒ様が外国の貴族と結婚したのも、どちらかの派閥から結婚相手を選ぶわけにはいかなかったからです。ローデリヒ様は苦労をしておいでですよ。ローデリヒ様は幼くして当主になったので、家臣達は自分達が大きくしてやったのだ、という意識が強いんです。アーデルハイド公爵夫人は、どちらの派閥からも嫌がらせを受けていて同情します。リーゼレータをアカデミーにやったのは、これ以上大人達の醜い争いを見せたくなかったからです。ローテンベルガー領だけが『世界』ではない。世界はもっと広く、小さな世界で争い合う事は愚かな事だと分かって欲しかったのです。」

レベッカよ。リーゼレータ嬢は、そこまで平和な世界でのびのび育った人ではないっぽいぞ。と私は思った。

まあ、人間には合う合わないがあるし、家臣同士いがみ合うって事はあるだろう。

そういう悩みは確かに、私には無いかもしれない。と思った。なぜなら、我が領は三十年前にドン底まで揉めたから。

歴史ある家臣団もいなくなり、親戚もいなくなり、逃げる場所がある者は逃げ出して。残った者は助け合わなくては生き延びられなかった。先刻コール医師が言った通りだ。強かったら誰の助けも借りずに生きていける。裏切る事、その結果恨まれる事に怯える事はない。

でも、弱い者は助け合わなくては生きていけない。

「ローデリヒ様の助けになって頂きたいのです。」

とコール医師は言った。

「ああ、きっと助けるよ。」

と私は言った。二十年前。私は幼く祖父は病が重く、嵐に巻き込まれたローテンベルガー家の助けになれなかった。今度こそは助けになりたい。とそう願っている。それだけの恩をかつて受け、今コール医師からも受けたのだから。