作品タイトル不明
エーレンフロイト領の戦い(26)(フランツ視点)
「あー、疲れた。」
と言って、私はため息をついた。ゲルハルトをいびってみても現実は変わらない。私は、王都からの命令書に視線を移した。
ゲルハルトみたいな奴には、今まで何十人も会って来た。ああいう奴が、限りなく私の目の前には現れるのだ。
自分を賢いと勘違いして、周りの『愚民』を言葉でたぶらかし、洗脳して操ろうとする奴。
そう。アウグスト・エーレンフロイトを信奉する『アウグスティアン』と呼ばれる連中だ。
そいつらにとって、アウグストの兄ベネディクトの孫である私に嫌がらせをするのは、一種の通過儀礼であるようだ。それらの人々の中でも特にゲルハルトはレベルが低かった。
国王陛下がハインリヒに同情している、なんて嘘、信じると思ったのだろうか?国王陛下は、全ての人から公平に話を聞かれる方だ。一方の話だけを聞いて何かを断じたりは決してなさらない。もしも陛下がそういう方だったら、私はとっくに家族を連れてどっか外国に亡命している。
アレクサンドラ女男爵が一番利を得た、というのも大嘘だ。彼女は種痘から得られる利益を全て国に寄付したのだ。そして現在、ヴァイスネーヴェルラントにいるグラハム博士の生活と研究を金銭面で支えている。その身内であるジークレヒトは、寝る間も惜しんで天然痘に苦しむ患者達を看護しているのだ。それなのに、王都での権力争いに興じているだけの連中に中傷されるいわれはない。
「閣下。ため息ばっかりついていると、ますます老けますよ。」
「やかましい。」
軽口を叩くジークレヒトを私は睨みつけた。
「さってと、ひょうたん半島に戻るか。まだチェリーパイ残っているかなあ?」
「また作って差し入れるから待ってろ。」
「そういえば、よくパイを焼くバターや卵がありましたね。どこで手に入れられたのですか?」
「濃厚接触者に牛と山羊とニワトリを大量に飼っていた人がいただろう。その人が安く譲ってくれたんだ。」
待機期間が過ぎて、ひょうたん半島を出て行く時も騎士達に家畜の移送を手伝わせたのだが、文字通り踏んだり蹴ったりな目に遭い騎士達は嘆いていた。
申し訳なかったと言って飼い主が、卵とバターをたくさん融通してくれたのである。
「じゃあ、楽しみに待ってまーす。」
と言ってジークレヒトが出て行った。廊下からコンラートと話をしている声がする。ひょうたん半島に戻ると言っていたコンラートは、ジークレヒトを廊下で待っていたらしい。何か、ギルベルト・イステルが帰って以来、コンラートがジークレヒトに優しくなったような気がする。
二人の気配が消えた後。
「なあ、フランツ。」
と、まるで歯の激痛に耐えるかのような表情でリヒトが言った。
「先刻のミヒャエラ令嬢の話、どう思う?」
「ひどい毒母があったものだな。でも祖母君はまともな方だったみたいで良かったな。」
「違う!ジークレヒトの事だ。」
「・・・正直に言っても良いか?」
「言ってくれ、頼む!」
「我が家には何の関係も無いから、どうでもいい。」
「薄情者ーっ!レベッカやヨーゼフは奴の友達じゃないか⁉︎」
とリヒトは叫んだ。
「別に、性別で友人を選んでいるわけじゃないと思う。」
「私は、もうそれが気になって、気になって、気になってゲロハルトの言っている事が何にも頭に入って来なかった。」
王都からの使者相手にそれはダメだろう。どうりで静かだと思ったよ。ついでに言うと使者の名前が間違っている。ゲルハルトだから。
「ジークレヒトは子供の頃は間違いなく男だったんだ。」
とリヒトが言う。
「今も、子供だろ。」
「二歳くらいの頃の話だ!夏の暑い日に、たらいに水をはってコンラートとジークレヒトに水遊びをさせたんだ。おむつを外して、裸で水の中に座らせて、じょうろで水をかけてやって。その時には間違いなく男だったんだよ!」
「じゃあ、今も男なんだろう。」
「ミヒャエラ君が勘違いしていたと言うのか?」
「そんなに気になるなら、ジークレヒト本人に聞けよ。」
「『自分は男です』と言われたら、確認しようがないじゃないか⁉︎服をひん剥くわけにはいかないのだから。」
「それはまあそうだな。」
「あの子が女の子だったら・・コンラートはアカデミーの寄宿舎で同室なんだぞ。変な事になってないだろうか?他所のお嬢さん相手に。いや、そもそもコンラートは、知っているのだろうか?どちらにしてもコンラートの結婚が遠のく。ああ、いったいどうすれば・・。あいつは、ジークレヒトだよな。間違いなくジークレヒトなんだよな!」
「ジークレヒト様には、エレオノーラ様の葬儀の時お会いしましたが・・・。」
とカイが言い出した。その頃、カイは王都に来ていたのだ。
「ジークレヒト様もジークルーネ様も天使のように愛らしいご兄妹でした。ただ、私の記憶が間違っていなければ、兄であるジークレヒト様には八重歯がありました。今は無いようですが。」
「じゃあ、やっぱりあのジークレヒトは別人なのか⁉︎」
とリヒトが叫んだ。
「・・まさか、まさかあいつ、妹のジークルーネの方って事ないよな?」
「・・・。」
「もし、あれがジークルーネだったら、本物のジークレヒトはどこにいるんだ?」
私は黙っていた。
心の中で、幼い頃のジークレヒトとジークルーネを思い出していた。
我が家には、アルベルティーナが大切にしているウサギのぬいぐるみがあった。ある日、遊びに来たジークレヒトにウサギのぬいぐるみを貸すと、ジークレヒトはコンラートとママゴトを始めた。
「さあ、ご飯ですよ。」
とジークレヒトの声が聞こえたので見に行くと、ジークレヒトはコンラートとウサギのぬいぐるみの前に木のお椀と木のスプーンを置いていた。お椀の中には花びらがいっぱい入っていた。
その数年後、アルベルティーナはジークルーネにウサギのぬいぐるみを貸した。ジークルーネはレベッカとママゴトを始めた。
「ご飯ですよー。」
とジークルーネの声が聞こえたので見に行くと、ジークルーネとレベッカの前に木のお椀とスプーンがあり二人の間には鍋があった。そしてウサギのぬいぐるみは鍋の中に入っていた。ウサギは食材だった。
血の繋がった兄妹で、顔はそっくりでも性格は随分と違うものだと思った。
兄は優しい子供だった。妹はシュールなリアリストだった。
そして、今ひょうたん半島にいる彼は優しいけれど、シュールなリアリストだ。
「リヒト、考えてみろ。」
と私は言った。
「『ジークルーネ嬢は平民の男と駆け落ちした』と噂が流れている。でも、それが嘘だったとしたら。それはつまり、そんな噂が流れた方がまだマシなくらいの何かがあったって事じゃないのか?」
「・・・。」
「相手はヒルデブラント家だ。藪をつつくとヘビが出るぞ。しかも出てくるのは、超特大アナコンダだ。丸呑みにされて骨も残らないぞ。」
「だって、何か最近コンラートがジークレヒトに優しいんだよ・・・。」
と言ってリヒトが頭を抱えた。
「もしジークレヒト様が女性だったら、お二人の仲を祝福してさしあげれよろしいのでは。」
とカイが言う。
「戸籍が男同士だったら、結婚できないじゃないか!それに、あの子は、ジークレヒトは生きているのか?・・何があったんだ?」
私は雨の中で剣を振っていたコンラートの姿を思い出していた。
コンラートは
「強くなりたい。」
と言った。
「魅力的になりたい。」
とか
「女の子にモテたい。」
とかではなくて「強くなりたい。」と。そうでなければ「後悔するから」と。「守る事ができなかった時に。」と。
彼は何を守れず、何を後悔したのだろう?
リヒトは、まだ頭を抱えて悶えている。
「供出する食料の件は大丈夫なのか?」
と聞くと
「そんな事、どうだっていい。コンラートの・・コンラートの一大事なんだ!ああ、どうすれば・・。」
と言って悶えている。
「親バカですねえ。」
とカイが私に小声で言ったので
「バカ親だろ。」
と返事をした。
「うちから出す食料だけど。ネバネバし過ぎて、粥を作るのに向かない餅米が大量に余っていただろう。あれを送ってやろう。乾物は干し魚を送ってやれ。小骨が多すぎて、地元民でも食べるのに難儀する奴。」
「コノシロとエソですね。承知致しました。」
カイが心得たように言ってくれる。
国税支払い額TOP 10の領地って、他にどこなのだろう。と私はつらつらと考えた。
翌日、最後の天然痘患者が回復した。と報告があった。これから16日。新たな患者が発生しなければ終息宣言を出す事が出来る。
戦いの終わりがようやく見えようとしていた。