作品タイトル不明
エーレンフロイト領の戦い(5)(フランツ視点)
その報告をして来たカイの、表情は沈痛だった。
「死んだのは、クレム商会所属の船員で、27歳の男性です。」
「・・27歳。」
亡くなった若者の若さを思うと苦しい気持ちになった。もちろん年寄りなら死んでも良いというわけではないが、夢や希望に溢れていたであろう若者の死には辛い気持ちになった。
「種痘は投与しなかったのか?初期なら軽症で済むのではなかったのか?熱が出て三日で死ぬなんて・・。」
「もともと重篤な持病を持っていた為、続く高熱に体力が持たなかったようです。」
「重篤な持病?何の病気だ?」
「梅毒です。」
「・・・え?」
「体中にバラ疹が出たり、いろいろ症状はあったようですが、周囲に梅毒じゃないか?と言われても、そんなわけない!と言い張って、でも検死したエデラー医師によると間違いなく梅毒だったそうです。」
「・・・。」
「商会主も検査と治療を勧めていたそうですが、本人が断固として拒んでいたそうで。そうなると、周囲もあまり口出しできませんからね。
あまり言うのもセクハラですから。」
確かに。
梅毒は性病だ。空気感染や飛沫感染をする事はない。そして、下半身の病気は、上半身の病気に比べて話題にしにくい。
だけど。
「今では治療薬があるとはいえ、二百年前には一国を滅ぼした事もあるという恐ろしい伝染病だ。どこで感染したのだ?まさか、領内に蔓延しているのか⁉︎」
エーレンフロイト領の領都にも花街はあるが、娼館を経営するには領主の許可がいる。そして、そういった認可娼館には、一年に一度の健康診断を義務づけている。そして、梅毒とか淋病などの性病が見つかった娼婦は、ひょうたん半島のエデラー医師の病院に強制入院となり治療をする。一年間に五人以上の性病感染者が見つかった娼館は、経営手法に問題ありとして経営権を取り上げる。なので娼館側も、明らかに胡散臭い客は出入りを禁止する。
そうやって、領内に性病が蔓延しないよう注意を払っていたのだ。それなのに、どこから感染したのだろうか?
「ブルーダーシュタットの花街からじゃないか、と同僚は言ってました。春から秋の間には、ブルーダーシュタットをはじめ他の街にも行きますし、自由時間は自由に過ごせるそうですから。」
「そうか・・・。」
性病に感染したのは不幸な事だが、治療を勧められてそれを拒んだ、というのなら自業自得という気もする。
むしろその若者が、エーレンフロイト領の女性達に性病を撒き散らしていなかったかの方が気になった。よその街に頻繁に行く職種の人間にも健康診断を義務化するべきなのかもしれない。
ふと、ある事が気になって私は質問してみた。
「梅毒に感染していたのは、その若者だけか?その商会内に他にはいなかったのか?」
「エデラー医師の診断によると、十人いたそうです。そのうち四人が天然痘を発症しました。」
「天然痘から回復した者も、発症しなかった者も、梅毒が完治するまでひょうたん半島から出すな!」
と私は叫んだ。
「閉鎖空間で、死の恐怖に直面していると性に奔放になる者もいるが、梅毒を他者に感染させた者は厳罰に処する、と通達しろ!」
濃厚接触者がぎゅうぎゅうになって暮らしている場所で、違う感染症が大流行したらしゃれにならなかった。
翌日更に一人死者が出た。
体重300キロ超の息子の世話をしていた母親だった。心臓に持病があったそうで体力が持たなかったらしい。
「自分が死んだら、誰があの子の面倒を見るの。死にたくない。死にたくない。と言いながら死んでいったそうです。」
報告するカイは、目をハンカチで押さえていた。
カイは母子家庭だった。母一人子一人だった。それだけに強く思うところがあるのだろう。私も、胸が詰まった。
「息子にも伝えたのか?」
「はい。」
「息子は何と?」
「あのクソババア勝手に死にやがって、これから誰が俺の世話をしてくれるんだ。と言ったそうです。」
「・・・。」
嫌な沈黙が流れた。
何というか。死んでしまった母親が本当に哀れだった。
「どういう事情かはよくわからないが、それだけ太ったというのは何か代謝異常とかの病気かもしれないし、入院しての治療とかが必要かもしれない。エデラーに相談してみよう。」
それにしても、いろんな領民がいるのだなあ。とこの数日で何度も思った。領主なのに、私はそれを全然知らなかった。
だけど、結局その息子の事をエデラーには相談しなかった。その息子も天然痘を発症し、死亡したのだ。まだ30代だが、肝臓とか腎臓とかいろいろ悪くなっていたりひどい褥瘡が出来ていたりで、体力が持たなかったらしい。
「火葬するのが大変でした。」
と、騎士達から報告が上がって来た。
ひょうたん半島の病院は、伝染病が流行った時の隔離病棟なので火葬場が半島内にある。
「脂肪が多かったので、ボイラーが壊れるんじゃないかというくらいよく燃えました。」
あんまり聞きたくない報告だった。
気持ちが沈む報告ばかりが入って来るので、私は気分転換をする為に外に出た。護衛騎士達は、私に引きこもっていて欲しいようだったが、ずっと執務室に引きこもっていると頭がどうかなりそうだった。
濃厚接触者の中から次々と発症者が出て、もう発症者は十人を超えている。全員がまだ生死の境を彷徨っている。誰が、最初の感染症なのか?どこから領都内に入り込んだのか?がまだわからない。最初の方に発症した人達からまだ、詳しく話を聞ける状況ではないからだ。
私が庭を歩いていると、少し離れた所に数人の子供達が集まって立っていた。領主の館の離れで暮らしている孤児達のようだ。ちらちらと、こちらの様子を見ている。カイが声をかけると
「カイ様ー。」
と言って、子供達が駆け寄って来た。カイにとても懐いているらしい。
この子達もきっと不安で胸が潰れる思いをしているのだろうな。と思って子供達を眺めていて、ギョッ!とした。
子供達の一人が生肉の塊を持っていたのだ。
「カイ様。箱罠にウサギがかかったんです。」
「そうか、良かったね。今夜はごちそうだね。」
「それで、みんなで相談したんですけど、このウサギ肉お医者様達にあげたいな、と思って。皆さん、よその街から来て重い病気の患者さんを見てくれているのでしょう。よその街の人達は、お魚は食べないって前に学校の先生が言ってました。だから、お魚料理が出たらすごく困ると思うんです。僕達はお魚やハマグリを食べるの全然平気だから、だからこのウサギはお医者様達に食べて欲しいんです。そう思って、血抜きして皮も剥いでおきました。どうか、ひょうたん半島に届けてください。」
子供達はキラキラした目でそう言った。誰の目にも迷いがない。皆、心からこのお肉をプレゼントしたいと思っているのだ。
孤児院の子供らにひもじい思いは決してさせてはいないが、それでも子供らにとって肉は特別なごちそうのはずだ。ウサギはハマグリほど簡単にとれる物ではない。それでも、子供達は喜んで肉をプレゼントする、と言っている。他者を思いやれる優しさに胸が熱くなった。
私は絶対に、この子達を、そしてこの子達を取り巻く人々の事を守らなくてはならない!
「ありがとう。このお肉はひょうたん半島に届けるよ。きっとお医者さん達は大喜びするはずだ。」
と私は言った。子供達は皆嬉しそうな顔をしたが、慎み深く
「僕達、こんな事しかできませんから。」
と言った。
「あの、私達他にできる事何かないですか?」
と一番年上っぽい女の子が聞いてきた。
「そうだなあ。そうだ。森に行ってたくさん薪を拾って来てくれないかい?伝染病に感染した人が着ていたお洋服やシーツは燃やさないといけないんだ。だから、たくさん薪がいるんだよ。」
あと、火葬するのにもね。と思ったが、それは思っただけで口には出さなかった。
「わかりました!いっぱい拾って来ます。」
と少女は言った。
「僕も、僕も。」
と小さい子供達も言う。
「ありがとう、頼んだよ。」
「はい!」
子供達は元気に駆け出して行った。
「伝染病が収まったら、騎士団の皆と狩りをして、あの子達に鹿肉やイノシシ肉をお腹いっぱい食べさせてあげたいな。」
そう言うと、背後に控えていたウルリヒが「はい!」と言った。ウルリヒは泣いていた。
翌日待ち焦がれていた連絡が入った。
「ブルーダーシュタットから医療大臣が、到着されました。」
リヒトが種痘を持って駆けつけて来てくれたのだ。