軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト領の戦い(4)(フランツ視点)

「どこで出たんだ?」

と私はカイに聞いた。

「アルタウス港の近くで屋台を出している、串焼き屋の店主とその子供です。」

「港の近くでか?」

アルタウス港は、領都内にある三つの港の中で一番小さな港だ。

遠浅の海が広がるエーレンフロイト領は、海水浴や潮干狩りをするのは良いが、大きな港を作る事はできない。その為三つある港はどれも小さく、その中でもアルタウス港は最小の港だ。

利用するのは漁船ばかりで、商船や豪華客船が来る事はない。

つまり、領都内の人間しか基本利用しない港なのだ。

「出るとしたら、トゥアキスラントに一番近い場所にある城門の周辺だと思ったのだけどな。」

私は、領都に着いてすぐ、全領民に隣国トゥアキスラントで天然痘が出た事を発表した。発表すれば、領内は混乱するかもしれない。しかし、情報は共有した方が、もしも領内で病が発生した場合迅速に対処できると思ったからだ。

実際領民達は異変に気がついていた。

トゥアキスラントからの入国が禁止されていたし、収穫祭の時期はたくさんの遍歴商人や旅芸人がやって来るものなのに、それらが全くやって来なかったからだ。商人達の情報網は時に貴族よりも早い。商人達は、よその街へ行く事を皆一斉に避け始めたのである。

トゥアキスラントと戦争でも始まるのではないか?

という噂が領民の間では流れていて、伝染病だったという事にむしろ胸を撫で下ろした領民もいたという。

「天然痘で間違いないのか?」

「はい。貧しい家庭だったらしく、二日前に熱が出ても医者を呼ばず、家で我慢していたそうです。しかし、今日になって発疹が出たので医者を呼びました。それで医者が領館に報告に来て、エデラー医師は芋焼酎を飲んで眠り込んでいらしたので、ベンヤミン医師とコール医師が向かい確認されました。天然痘で間違いないそうです。」

「わかった。患者はひょうたん半島の病院に、患者の家族と最初に診察した医師をホテルに隔離するんだ。患者は何人家族だ?」

「母親と子供四人です。漁師だった父親は海の事故で死んだそうです。発症したのは母親と10歳の長男です。」

ヨーゼフと同じ年・・。と思うと胸が痛んだ。助かって欲しかった。

「母親は、港の側で肉や魚を串焼きにして売っていました。港周辺で働く人達はほとんど濃厚接触者です。その数は百人以上です。」

『種痘』の数は百個だ。全員に投与するには数が足りない。

「・・発症者が優先だ。あとは希望する中から若い順に。」

命の選択をしないといけない状況という事だ。

そしてその辛い役目は領主がするべきだ。他の人間に押し付けるわけにはいかない。

「濃厚接触者は全てホテルに移せ。それと、どこから病が侵入したかを調査するんだ。王都と、ブルーダーシュタットにも連絡しろ。」

領地で天然痘が発生したら、医療省に伝達するよう領主達は指示されている。無視したら厳罰であろう。

「ブルーダーシュタットにもですか?」

とカイが尋ねた。

「医療大臣のリヒトが今ブルーダーシュタットにいる。なんとか追加の種痘を手に入れたい。」

「承知しました。」

一礼してカイは出て行った。

濃厚接触者の移動は、順調には進まなかった。

突然家に押しかけられ、荷物をまとめてひょうたん半島に移動し16日過ごせ。と言われたら皆動揺するだろう。

誰にだって都合がある。

「大切な仕事があるとか、動物を飼っているから置いていけないとか、ベッドから身動きできない家族がいるとか言って、移動を拒否している人達がいます。」

疲れた顔をしてカイが報告に来た。

「大切な仕事って何の仕事なんだ?」

「ウエディングプランナーだそうです。婚約した後一回ケンカして別れて仲直りして、その後男に隠し子がいる事がバレて、また別れた後仲直りして、結婚式の前日に女性の元カレが病気で死にかけているとわかって女性が家出して、その後またよりを戻したカップルが明日結婚式を挙げるのだそうです。」

「結婚する二人に病気がうつったらどうする気だ!首に縄を付けてでも騎士団に連行させろ!で、動物を飼っていると言っている者は何を飼っているんだ?」

「牛20頭に山羊30頭、ニワトリを150羽だそうです。あと、牧羊犬が1匹に猫3匹だそうです。」

「・・それは、誰かに預けろとも言えないな。騎士団に言って、ひょうたん半島に運んでやれ。」

その数だと趣味で飼っているわけではなく、畜産農家なのだろう。非常時なのだから殺処分しろ、とはさすがに言えない。

「ベッドから動けない病人も騎士団に運ばせるんだ。何の病気なのだ?」

「体重が300キロ以上あって、自分自身の骨と筋肉では自重が支えられないそうです。母子家庭で、老いた母親では1センチたりとも動かせないそうで。」

「・・・。」

「閣下!」

と従僕の一人が執務室に飛び込んで来た。

「また新たな病人が出ました。クレム商会で働いている船員です。」

「串焼き屋の店主との接触はあるのか?」

「はい。商会があるのはディーステル港の側ですが、アルタウス港に荷物を運んだ際、くだんの串焼き屋に行っています。」

「その商会の者は、最近トゥアキスラントへ行ったのか?」

「いいえ。小さな商会ですので、冬の間は領外には一切出ていないそうです。」

「串焼き屋と船員、どっちが先に感染したのだろう?」

私はつぶやいた。感染源が不明な事が不気味だった。

『種痘を希望する者』を、当初騎士団で募集しても皆及び腰だったらしいが、いざ天然痘が発生すると希望者が殺到した。

騎士団員は、感染者や濃厚接触者とも濃厚に接する事になる。天然痘に対する恐怖が、種痘に対する恐怖を上回ったようだ。

騎士団員の中から20人を選んで種痘を受けさせ、その20人に患者や治療に当たる医者と接する最前線に立ってもらった。

そんな彼らと私が直接会うのは周囲に止められたので、間に2人ほど人を挟む事になった。まるで伝言ゲームだ。

しかし現実には、報告に来る彼らの声が2階の執務室の窓を開けておくと丸聞こえだったのだが。

「ヨアヒム。どうしたのだ、その顔のたくさんの傷は⁉︎」

と騎士団長の声がした。ヨアヒムは去年の夏、娘のレベッカが旅をするのに護衛に選んだ実力のある若者だ。

「ニワトリにやられましたぁ。あいつら強過ぎです。人間だったら剣で脅せば大人しくなるのに、全然おとなしくしないし、攻撃して来るのを正当防衛で斬り殺すわけにもいかないし。ううっ。」

「それはご苦労だったな。ところでイェルクはどうした?」

「あいつは猫に噛みつかれて、ベンヤミン医師のところに傷の縫合に行ってます。牧羊犬はおとなしかったのに、猫はめちゃくちゃ暴れたんです。」

「犬は人につくけど、猫は家につくからなあ。」

「畜産農家には、これ以上濃厚接触者になって欲しくないです。動物は話が通じないですから。」

「人間だって、通じない奴は通じないわよ!」

と怒気をはらんだ声がした。この声は女性騎士のティアナだ。

「牛が臭いのは我慢できるわよ。だって、牛なんだもの。でも、人間の男が臭いのは本当にもうっ!」

「あの、脂肪の塊は荷馬車に乗れたのか?」

と、ヨアヒムの声がする。

「荷馬車を引く馬も辛そうだったわよ。本当に重かったったら。」

「ティアナ達が運んだのか?男にさせたら良かったのに。」

と騎士団長が言った。

「男は触るな、って大騒ぎしやがったんです!説得する手間も惜しいし。そしたら図にのってわけわかんない無茶振りをしてくるし。もう、斬り殺してやりたくなりましたよ!脂肪が厚過ぎて一撃じゃ頸動脈に届かないかもだけどっ!」

騎士達の苦労が、風にのって伝わってくる。

海賊退治や狼狩りの経験はあっても、天然痘との戦いは初めてだ。騎士達にとっても未知の戦いは混乱と困難のるつぼなのであろう。伝染病対策マニュアル書には、150羽のニワトリをどうするか?とか、体重300キロ超の人間をどう扱うかという事は載っていない。

そんな混乱状態の中で、天然痘との戦いは始まった。

ありがたいのは、シンフィレアから戻って来たボランティア達が、治療や種痘の接種にあたってくれた事だ。彼らは皆、それぞれの故郷に戻る予定だったのに、突然の事態の中エーレンフロイト領に残って、助けの手を差し伸べてくれた。

そして、患者が出た二日後。初めての死者が出た。