作品タイトル不明
チャリティー販売会(2)(ゾフィー視点)
販売会が始まる前から、この寒さの中外で待っておられたお客様もいて、サロンの中は人でいっぱいになりました。
そしてありがたい事に、エーレンフロイト家のブースには人だかりができています。エーレンフロイト家は『お菓子が美味しい』家と社交界では有名な家なのです。この度はどんな新作のお菓子を出してくるのかと、たくさんの方々が関心を寄せてくださっていたようです。
販売はベティーナ達に任せて、アルベル様と私はひたすら買いに来てくださったお知り合いの方への挨拶と説明です。
その為私達はブースから離れられません。ローテンベルガー家のお菓子が売り切れないと良いけれど。とちょっと心配です。
「ゾフィー姉様。」
と声がしました。私の母と弟のルーカスが立っていました。
「ありがとう。来てくれたのね。」
「もちろんだよ。珍しい甘い物が買えるチャンスだもの。今年一年頑張った自分へのご褒美にいっぱい買うんだ。」
と言ってルーカスは笑いました。
ルーカスと母に会うのは、別に久しぶりではありません。実は二日前にも会っています。
レベッカお嬢様とユリアさんとコルネさんを、アカデミーの寄宿舎へ私が迎えに行ったのですが、帰りの馬車で
「家に帰る前に、ルカの店に寄って。」
とお嬢様が御者に言ったのです。
ルーカスは仕立て屋の店主をしています。
「ルカに御用ですか?」
と私がお嬢様に聞くとお嬢様は
「ルカの店にある木綿の布地を全部買い取って、シンフィレアに寄付する。」
と言われました。
「大人は1ヶ月くらい風呂に入れなくても服を洗濯できなくても我慢できるけど、赤ちゃんはそうはいかないよ。オムツはこまめに変えてあげないといけないし、冬だから洗濯してもすぐ乾かないと思う。だからオムツ用の布をまとめ買いして寄付する。」
・・大人でも、1ヶ月風呂無し、洗濯無しの生活は厳しいですよ。と内心思いましたが、病気にかかりやすい新生児の衛生環境を整えてあげるのは確かに大切な事です。
良い事をしようとしておられるのですし、お嬢様が私や奥様には存在を秘密にしているつもりらしい黒豚のぬいぐるみが、順調に肥え太っていっているのもちゃんと知っています。絹ならばともかく、木綿を買い占めるくらいで、あの黒豚のぬいぐるみに体重の変化は起こらないでしょう。
というより、ずっと見て見ぬふりをしてきましたが、これ以上豚のぬいぐるみが太ったり頭数が増えたりしたらさすがに没収も考えなくてはなりません。
それにしても、相変わらず子供ファーストなお考えに、とても微笑ましい気持ちになりました。
ルーカスは今、目の前のバウムクーヘンをキラキラした目で見つめています。
「とても美味しそう。でも、まずは取引先相手とか店の女の子用に一番人気のアレを買わなくちゃ。後からまた来るね。もしも売り切れそうになったら取り置きしといてね!」
と言ってルーカスは、走り出してしまいました。
「いつまで経っても、子供みたいね。」
と言って母が笑います。
本当ね。と言って私も笑いましたが、子供の頃お菓子どころか白パンもろくに買えなかった私達家族が、こんなにも豊かな生活をおくれている事に、胸が熱くもなりました。
「それにしても、一番人気はやっぱりあそこなのね。」
一番人気なのはツァーベル子爵家のブースです。
ツァーベル子爵の奥様のアウレリア様と、妹のセレスティーナ様がお客様にご挨拶をしています。妊娠しておられるというセレスティーナ様はだいぶお腹が大きくなっておられました。
ツァーベル子爵家は製紙業で有名な家門です。ですので、ツァーベル家のお菓子は『紙袋』に入っているのです。
その紙袋は清潔感があってオシャレで、絵の得意なセレスティーナ様が絵をつけておられるのでとても綺麗です。紙袋の中身はもそもそとした、平凡なクッキーですが、綺麗な見た目のうえ他の人にプレゼントしやすいという理由で、常に販売会での一番人気なのです。
どんなに美味しいお菓子を作っても、いつも負けてしまうのが正直言ってちょっと悔しいです。
それにしても、義理の姉妹同士、いつも仲が良さそうね。いい事だわ、と思います。
こちらのご家門は、まるでオペラの題材になりそうな結婚騒動があったのです。
ツァーベル子爵であるベルトルト様のお父様がまだ子爵家の当主だった頃、ベルトルト様は西大陸の真ん中辺りにある小さな国に住んでいる友人をお訪ねになりました。そしてそこで、下級貴族のご令嬢と恋に落ちました。
若くハンサムなベルトルト様が、ヒンガリーラントの子爵家の後継者と知って相手の女性は有頂天になりました。
お二人は婚約し、その国の宰相様が婚約の証人となられました。
しかし、その後。お相手の女性であるアポロニア嬢は、ツァーベル家が借金まみれの家門だという事を知ります。借金まみれなのは、当主である父親がギャンブル中毒だからです。しかも、この父親はアルコール中毒でもあり家族に暴力を振るうような男です。
それを知ったアポロニア嬢は、婚約を破棄したいと両親に泣き付きました。母親も可愛い一人娘をそんな家には嫁がせられない!と怒りました。
しかし、口約束とはいえ宰相が証人となっているのです。
それで、アポロニア嬢の両親は、アポロニア嬢の姉のアウレリア嬢を代わりに嫁がせる事にしました。
アウレリア嬢の母親はアウレリア嬢が幼い時に亡くなり、アポロニア嬢の母親はすぐにやって来た後妻です。
先妻の子供であるアウレリア嬢に継母は辛く当たり、父親は家庭内がゴタゴタするのが嫌でその状態を放置していました。あまり裕福ではない家門であった為、妹のアポロニア嬢だけが教育を与えられ贅沢をさせられ、アウレリア嬢の方はメイドの様な生活をしていたそうです。社交界デビューもしておらず、その国の貴族達はアポロニア嬢に姉がいる事も知らなかったそうです。
しかし、戸籍の上では間違いなくアポロニア嬢の姉妹です
両親はアポロニア嬢が急に病気になったので、姉の方を花嫁として送る。と言って、花嫁持参金も持たせずにアウレリア嬢を送りつけたのです。
アウレリア嬢は、身代わりの花嫁として自分が来てしまった事を土下座して詫びました。そして
「実家には、絶対に戻って来るな。と言われたのでもう戻る事はできません。結婚なんて望んではいません。ただ、できる事ならこの家に下働きとして置いてください。」
と言われたそうです。
ベルトルト卿は、失望し当然怒りもしたようですが、セレスティーナ様とユスティーナ様はアウレリア嬢に深く同情されました。
その頃、セレスティーナ様はすでに結婚され、借金は全てセレスティーナ様の夫の家族が肩代わりしていました。
ユスティーナ様もアカデミーに通っておられ、父親である子爵様は療養所に入り家督はベルトルト様が継いでおられました。
セレスティーナ様は、自分の使っていた部屋を使うようアウレリア嬢に勧められました。
そして、自分が世話をしていた菜園を自分の代わりに世話して欲しいと頼まれました。アウレリア嬢は、毎日泥まみれになって畑の世話をしました。領地で行われている紙作りの仕事にも積極的に参加されました。
紙作りは、大変な仕事です。
三又の木の枝を切って集め、手間をかけて繊維をとり、重たい道具と冷たい水を使って紙をすきます。
大変な肉体労働ですし、冷たい水で手も荒れます。
それでも、一言も文句を言わずにアウレリア嬢は働き続けました。
その姿にベルトルト卿の心もだんだんと動かされました。
もともとアポロニア嬢の性格などよく知らず、顔が好みだっただけなのです。姉妹ですからアウレリア嬢の顔はアポロニア嬢と似ています。
そして、アウレリア嬢とアポロニア嬢の事を調べてみて、アポロニア嬢が贅沢好きのわがまま令嬢で、母親と一緒になってアウレリア嬢をひどく虐げていた事を知って、アウレリア嬢の方へと心が傾いていかれました。
そして1年後、ベルトルト卿はアウレリア嬢にプロポーズをし、二人は結婚する事になりました。
その頃、アポロニア嬢も新しい恋を満喫していました。ベルトルト卿と急に破談になり、周囲にいろいろと噂されるのが嫌で、アズールブラウラントの観光地でバカンスを楽しんでいました。その観光地に、今話題のシンフィレアの王族がやって来て近衞騎士達が同行していたのです。その騎士の一人と恋に落ちたのでした。
その騎士、ライナー卿は近衞騎士団の団長でした。長身で精悍な顔立ちの美貌の騎士で伯爵家の当主でもありました。シンフィレア有数の裕福な家門で、かつて王太子を大鹿から救出した功績で、コランダムの鉱山を国から下賜されていました。ライナー卿は、アポロニア嬢に次から次へと高価な贈り物を贈って来ました。アプリコットほどの大きさがあるルビーのネックレスや何十着ものドレスを贈られ、アポロニア嬢もアポロニア嬢の母親もすっかり彼に魅了されていました。
そして、ライナー卿はアポロニア嬢にプロポーズをしました。遠い異国に住む者同士なので面倒な手続きが困難だと言い、婚約式や結婚式は後から盛大にする事にして、まずは書類を作成しよう。と言いました。ライナー卿の部下の騎士が二人証人となって、二人は結婚証明証と契約書にサインしました。契約書には、もしも離婚を申し立てる時には申し立てた側が莫大な慰謝料を払う事が明記されていました。
アポロニア嬢は、意気揚々とシンフィレアへやって来ました。
しかし、そこで信じられない事実を知ります。確かに近衞騎士団団長のライナー卿という人は実在します。
しかし、アポロニア嬢が恋に落ちた男とは全くの別人だったのです。
ライナー卿は40代半ばの、頭髪の寂しい中年男で、かつて大鹿に襲われた時に前歯を4本失っていた、お世辞にも美男とはいえない人でした。
財産家であり伯爵家の当主である事は確かでしたが、一度結婚しており亡くなった前妻との間に7人の子供がいたのです。
本物のライナー卿は、偶然見かけたアポロニア嬢に一目惚れしましたが、自分のような年寄りでは相手にしてもらえないと思い、顔の良い自分の部下を身代わりにしたのだそうです。顔の良い部下と結婚の証人になった部下達は上司の命令に逆らえなかったのだそうです。
その顔の良い部下は平民でしかも既婚でした。
ショックを受けたアポロニア嬢でしたが、7人の子供達もショックだったらしく
「この淫売女!」
「お父様をよくも誑かしたてくれたわね。」
「おまえなんかに銅貨1枚たりとも財産は渡さないからな!」
と口汚く罵りました。アポロニア嬢の実家では、後妻の権力が強く前妻の子供が虐げられていたわけですが、こちらの家では前妻の子供達がたくましく、使用人も皆前妻の子供達の味方でした。
子供達は「うっかりしてたー」と言ってアポロニア嬢の持って来たドレスをわざと燃やし、二階から雑巾を絞ったバケツの水をかけ、浴室でシャワーを浴びていた時浴室にヘビを放り込みました。
当然アポロニア嬢はブチ切れてしまい、アズールブラウラントにいた頃『幸せに暮らしているらしい』と噂に聞いていたアウレリア嬢の所へ押しかけました。
そして、ベルトルト卿に「病気だったけれど完治した」「私が療養している間に、姉が勝手に行動してベルトルト様を騙した!」と泣きながら訴えました。そして
「私を愛していると言ってくれましたよね!」
と言ってアウレリア嬢を追い出そうとしました。
ベルトルト卿は
「僕が今愛しているのはアウレリアだ!」
と言いましたが
「私達の婚約は宰相閣下が証人なんですよ!」
と言い張りました。
その時、たまたまユスティーナ様が領地の館に帰っていました。そして、突然の騒ぎに仰天し、王都にいるセレスティーナ様にすぐ連絡しました。なので、セレスティーナ様と夫のケヴィン卿がすぐに駆けつけて来ました。
王都ではすでに、アポロニア嬢の悲劇が新聞にのって広く知られていました。『外国人との結婚は詐欺に気をつけましょう』という見出しの記事だったそうです。
「もう結婚しているのだから、義兄上とは結婚できないだろう。そもそも、君が同じ事を義兄上にしたから、そういう仕打ちをしても問題無い女と思われたんじゃないのか?」
とケヴィン卿は言い、セレスティーナ様は
「何の期待もせずに結婚した方が、意外と後の生活が楽しいものですよ。」
と言われたそうです。
怒り狂ったアポロニア嬢はツァーベル邸の一室に閉じこもりましたが、父親と夫と夫の部下達が迎えに来ました。父親は
「離婚の慰謝料が払えないから、堪えてくれ。」
と言い、結局夫と夫の部下達にアポロニア嬢は引きずられて連れて行かれました。その半月後、ベルトルト卿とアウレリア様は結婚式を挙げました。勿論、アウレリア様の家族は一人も招待しなかったそうです。
その後、アポロニア嬢がどんな風に暮らしておられるのか、さっぱり噂にも聞きません。セレスティーナ様はアルベル様ととても仲良くしているお方ですが、今回の大火でご無事だったのですか?とは、とても私には聞けないです。
「いっぱい買えたよ。」
と嬉しそうに言いながら、ルーカスが戻って来ました。手に持っている籠の中に、20個以上の紙袋が入っています。
他にも、アップルパイやカトルカールがたくさん入っています。
「ずいぶんたくさん買ったのね。」
「今年一年頑張ったんだもの。自分へのご褒美だよ。これを食べて、また来年も頑張るんだ。」
そう言ってルーカスは笑いました。
「そうね。来年もいい年になると良いわね。」
「うん。そうだね。」
そう言って私達家族は、笑い合いました。