作品タイトル不明
光輝会(3)(ルートヴィッヒ視点)
そして、お茶会当日である。
アイヒベッカー家の館も王城特区内にある。何度かお茶会に来た事はあるが、今までに通された事のない会場に通された。
広くて明るい部屋で、まずギョッとしたのは壁にたくさんの蝶の標本がかけてあった事だ。
こういう物は、好きな人にはたまらないのだろうけれど、嫌いな人には違う意味でたまらないものである。僕は別に虫嫌いではないけれど、これだけの数の死骸があると大量の磔死体を見ているような気持ちになる。
趣味が悪いと思うが、こういうのが好きな人は好きなので、将来財産の差し押さえをした時転売できるだろう。
部屋の中央には、大きなガラスケースがあってたくさんの熱帯魚が泳いでいた。こちらはちゃんと生きている。
エレナローゼ嬢の所に挨拶に行くと、今日もまた彼女は腕に体を寄せて来た。いつも思うが、距離感がおかしい女性である。そして、今日も新しいドレスを着ている。よくあれだけ借金をしているのに新しいドレスをツケで作ってくれる仕立て屋があるな。と感心してしまう。
季節は既に冬だというのに、ものすごく胸の開いた服だった。彼女は実に豊満な胸囲の持ち主なのだが、胸の上の谷間だけでなく、下の谷間まで見えるほど胸部分の布が少なかった。
他人だから、眼福だなとしか思わないが、自分の恋人や妹が着ていたら絶対に許せないようなドレスだ。僕は、今正にお仕事中という売春婦に会った事がないのだが、路上で客をひく売春婦だってもう少し布の多い服を着るだろう。
彼女の側にいるのは、いつもの面々だ。僕の従兄弟のフィリックス。伯爵の孫であるダーヴィッド。子爵令息であるシルヴィオ。伯爵令嬢のアデリナだ。普段ならあと、ハーゼンクレファー公爵家のエディアルドがいるのだが、今日は風邪をひいて欠席だという。
今日は、エレナローゼの妹のお披露目の会のはずだが、妹はどこにいるのだろうか?
疑問に思って口に出したら、渋々という感じで壁際にいた少女をエレナローゼは呼んだ。
マジかー。
と内心思った。
エレナローゼと姉妹とは思えないほど地味な娘だった。
まず着ているものがひどい。彼女にまるで似合っていない。肌色が悪く見える配色で、青白い肌がますます蒼く見えた。
裾に施された銀のバラの刺繍は20年くらい前に大流行したものだ。生地もどこか古くさい。これ、絶対20年前に作った物をリフォームしているだろう。アイヒベッカー家は貧乏なのだから仕方ないと言えば仕方ない。だけど、どうして姉妹でこんなにも差をつけるのか?
エレナローゼが、身体中にじゃらじゃらと宝石のアクセサリーをつけているのに比べて、妹の方はガラス製のペンダントとブローチしかつけていない。
髪形もエレナローゼが明らかに専門の髪結に髪を結わせているのに、妹はシンプルなリボンで髪を結んでいるだけだった。
妹に明らかに似合わない装いをさせて、自分の引き立て役にしようとしている魂胆が見え見えである。
こういうのには気分が悪くなる。
王宮でもよくあるのだ。王宮の侍女達が王妃に豪華で美しい装いをさせ、側妃である母上には地味で母上に似合わない流行遅れのドレスを用意する。それならまだマシなくらいで、ひどい時は大きな染みのある服や、裾のほつれた服を用意してくるのだ。
こんな真似して自分をよく見せようとして楽しいのかよ!と思う。まあ、楽しいからやっているのだろうけれど。
「エレナの妹。似てないね。随分と地味だなあ。」
とダーヴィッドが言う。
「化粧してないの?こういう場所に出る時は口紅くらいひくもんだぜ。」
貴様の価値観を押し付けるな!14歳ならまだ化粧は必要ないだろう。それに、化粧していないのが、この子の意思かどうかはわからないではないか?
妹のカーテローゼ嬢は、赤くなって俯いてしまった。
「カーテローゼ嬢は趣味は何ですか?」
僕はできる限り優しい声調で質問した。
「妹は、花を育てるのが趣味なの。そんな使用人がするような事やめなさいと、いつも言っているのだけど。爪も汚れるでしょう。」
「僕も花は大好きだよ。カーテローゼ嬢は何の花が一番好き?」
「ムスカリが好きなのですって。あの小さくて暗い花。私は何と言っても薔薇よ。特に赤い薔薇が好きなの。朝露に濡れた時間が一番香りが強くなると言うけれど、私は夕暮れの薔薇の方が好きだわ。」
おまえには聞いていない!
妹と喋らせろよ!
と言ってやりたいが我慢した。ここでエレナローゼのご機嫌を損ねると、ひどい目に遭うのはこの妹だからだ。
守ってあげられるわけではないのなら、口を出すべきではない。
「薔薇といえば、その刺繍の銀の薔薇がとても素敵だね。君の銀色の瞳に似合っている。」
そうカーテローゼに言うと、エレナローゼは妹を睨みつけた。
僕は、エレナローゼのドレスもアクセサリーも一切褒めていない。なのに、妹のドレスを褒めたのが許せないのだろう。
「エールをとって来てちょうだい!私と、ルーイ様の分も。」
エレナローゼが、妹に命令した。
今日のお茶会は立食形式だ。椅子に座らず、皆が思い思いの飲み物を手に取って歓談する。
着席方式だと、わざとレベッカ姫の席を用意しない、とかいう嫌がらせを平然としそうな奴なので良かったとは思う。
ただ、未成年の子供もたくさんいるのに、会場にはガラスのコップに入れられたエールやワインがたくさんあった。
というか、僕「酒が飲みたい」とか一言も言ってないからな。
むしろ、レベッカ姫に「昼間から酒を飲んでいる」と思われたくないから、絶対飲まないぞ。
なんでこの女
「何をお飲みになられますか?」
とも聞かずに、酒を押し付けてこようとするんだよ。
カーテローゼ嬢が、エールの入ったグラスを二つ持って来た。
「遅いわよ!」
「ごめんなさい、お姉様。」
「ごめんなさいね。ルーイ様。気の利かない妹で。」
別に侯爵令嬢に使用人のような働きは期待してねえよ。僕は一応受け取ったが口をつけずにテーブルの上に置いた。
「ルーイ様にお菓子も持って来なさい。」
「は、はい。あの。」
「さっさとして。」
そう言ってエレナローゼは妹を睨みつける。お菓子の種類はいろいろあるので、何を持って来たら良いのかわからなくてカーテローゼ嬢は困っているのだろう。そして、その明らかに困っている様子をニヤニヤ笑いながら、ダーヴィッド達は見ている。
「その場に応じたきちんとした対応ができるようにならなくちゃ。エレナローゼ様が恥をかいてしまうじゃないの。」
とアデリナが言った。別にかまわないだろう。姉に恥をかかせない為に妹は生きているわけじゃないのだ。
それにしても、困ったな。と僕は思った。ここの家の菓子はどれもマズいのだ。というか、どれもこれも甘すぎるのだ。
正直言って、全く口に合わない。いつもろくに食べていないのだから、甘すぎる菓子が苦手なのだな、と察してくれれば良いものを、いつも同じ菓子を出してくる。
こういう、思いやりの足りない態度がいろいろ多くて積もり積もってストレスになるんだ。
エーレンフロイト家なら、初めてお茶を出してもらった時(『エーレンフロイト邸にて、1』の話です。)エリーゼに僕の好みを確認したようで、塩味のクラッカーとかスモークしたナッツとかも出してくれたのにな。
もしもカーテローゼ嬢が持って来た菓子を僕が食べなければ、カーテローゼ嬢が怒られるだろう。そう思うと困ってしまう。
僕は会場を見回した。
光輝会の会員と、そうでない者の人数は半々といったところだろうか。
珍しくファールバッハ家のエリアスとアグネス、それに製紙業で有名なツァーベル家のユスティーナ嬢の姿も見えた。
エレナローゼはお茶会の主人なのに、他の客に挨拶に行く事もなく、僕の腕にしなだれかかっている。
僕に対しては笑顔を向けてくるけど、さっき妹を鬼の形相で睨んでいたのを僕が気づいていないと思っているのだろうか?この女の中の僕はそんなにも察しの悪い男なのか?
こんな、ベタベタと触られている光景をレベッカ姫に見られるのは嫌なので、僕は体を引いてフィリックスの方へ寄った。
その時、視線の先のアグネスやユスティーナ嬢の顔が輝くのが見えた。レベッカ姫がついにやって来たのだ。