軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グラハム博士の現実

確かに君が言っていたように、グラハム博士は女王の後援を受けて研究を進めていた。そして、たくさんの病気の治療薬や予防薬を作り出していた。天然痘を予防できるという種痘もその一つだ。グラハム博士が、今この世界で最高の知性を持つ科学者の一人であった事は間違いない。

だが、北大陸の国々はヒンガリーラントよりはるかに迷信深い国々だ。そもそも、医学を教える学舎という物はなく、医師が弟子をとったり自分の子供に知識を伝えたりして医学の知識を伝えていく。その為、派閥ごとに正反対の知識を継承していたりする。その知識も300年前からまるで変わらないものもあるほどだ。だが、師が絶対的な権威を持つ医学の世界で弟子がそれに逆らう事は許されない。その為、医学者は、自分が伝えられた知識に病的に固執している。

そんな中で、正確な科学の力を武器に医学界を切り拓いて行ったグラハム博士は、北大陸の医師達にとって偏見の的であり憎悪の対象だった。自分達が伝えられた知識と違う事を言い、自分達に治せない病気の患者を治すグラハム博士は彼らにとって脅威であり、到底存在を許せない存在だった。しかし、最高権力者である女王が、グラハム博士を認め援助をしていた為、医師達はグラハム博士に手を出せなかった。

だが、半年前女王が脳出血で突然死をした。今まで女王に冷遇されていた宮廷医師達は、グラハム博士を葬り去ろうとした。非人道的な人体実験を繰り返していたと告発したのだ。本当は死刑にしたかったようだが、民衆はグラハム博士を英雄だと思っている。新国王は、民衆の反感を恐れた。更に先程も書いたように、北大陸は迷信深い土地柄だ。今尚、呪いが科学よりも上の存在として君臨している。亡くなった女王は「グラハム博士を殺した者は呪い殺す。」と死ぬ前に言っていたらしい。新国王は呪いを恐れ、グラハム博士を死刑にする事を許さなかった。

その為、グラハム博士は極北の地に流刑となった。博士の研究成果の全てが、罪人の研究という事で破棄された。研究資料も研究物も全てが研究所と共に燃やされた。最側近の弟子は共に流刑になり、その他の弟子や協力者達は弾圧を恐れて、姿をくらました。行方も生死さえもわからない。

ヒンガリーラントの医師や化学者の中には、博士と連絡をとりあっていたという人もいたが、得た情報は破傷風や炭疽病、ジフテリアなど、西大陸にも存在する病についてばかりで、天然痘や流行性耳下腺炎など、西大陸で長く流行する事のなかった疫病についての情報が無い。

博士の研究はすでに、はしかやポリオなど細菌や原虫よりも更に小さな原因菌によって起こる病についても進んでいたらしい。博士の研究が順調に進んでいれば、数え切れない程の人間の命を救うものになったと私は思う。そんな天才の研究と才能が、ごく一部の偏狭な権力者の盲信や嫉妬の為に失われてしまった事が、医学に関わる者として心臓が捻じ切れそうなほど悔しい。

今、医療省では、出来得る限り博士の研究の成果についての情報を集めているが状況は芳しくない。

西大陸は、地理の特性上東大陸と北大陸の中継地点になる。茶や砂糖などの輸入品を東大陸から北大陸へと運ぶ事で我が国が得ている利益は計り知れない。北大陸の国々がその中継地を、ヒンガリーラントから別の国に乗り換えたら、国益を激しく損なう事になる。故に、海に面した北大陸の国々の機嫌を損ねる事が出来ないのだ。そして、グラハム博士に関係した事は、今一番北大陸で触れてはならない話題なのである。

残念ながら、それがグラハム博士と種痘に対する現実だ。

醜い話を聞かせてしまってすまない。君のような若い子が博士に憧れる気持ちはよく分かるだけに、私もこんな事を伝えるのが辛い。このような無体な事が、いつの日か北大陸から無くなる事を私も心から願っている。』

何てこった!!!

私は『種痘』の存在を知って以来、その存在にものすごく期待をかけていた。

『種痘』さえあれば、私も家族も天然痘にかかる事はない。大切な人達を亡くす事もない。領地が困窮する事もない。お金があれば婚約だって破棄できる!

と信じていたのに!

その王様や宮廷医師達はわかっているのだろうか。自分達のくだらないプライドや嫉妬のせいで、何十万、何百万もの人達が死ぬ事になるのかもしれないという事を。

私は怒りと絶望の余り、机に突っ伏してしまった。その為、副校長や副校長室について来てくれたユーディットに

「大丈夫ですか⁉︎」

と心配された。

そして、もちろん大丈夫ではない。

私は声をあげておんおんと泣きたかった。

こんな事になるのだったら、種痘の事なんか知らなければ良かったと思った。期待を持ってしまったゆえに、尚のこと辛かった。

もちろん、さっむい場所に流刑にされた博士は私の何百倍も辛いだろう。私に北大陸の医者共を呪う力があったら本気で呪ってやりたかった。たくさんの人達を救う為に研究を行っていた人がそのせいで不幸になり、悪人が罰も受けずに幸せなままでいるなんて、そんな世の中おかしいと思う!

私はよろよろとよろけながら三階へ戻った。

「どうしたのですか⁉︎」

と、コルネとドロテーアにめちゃくちゃ心配された。

だけどもう、愛想笑いさえ私はできなかった。