軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神の箱庭

「その単語知ってたんだ。」

とジークは言った。

「それくらいは知っているよ。」

「ちなみに。アウグスティアンの定義ってどういうものだと思ってる?」

「我が家の事が大嫌いな快楽殺人者。」

「んー。」

ジークは小さくうなった。

「厳密に言うと、他人を思い通りに動かす事に快楽を感じる者。かな。その方法の一つが殺人ってわけだ。」

「そうなんだ。」

「中には、他人を幸福にする為に、他人を操るアウグスティアンもいる。」

「良いアウグスティアンと悪いアウグスティアンがいるって事?」

「他人を洗脳し、コントロールする事は悪だよ。他人を幸福にするのは、その人の為じゃない。自分が快感を得たいだけだ。他人に思い通りの物を与えたり奪ったりして、他人の感情を掌握してその成功体験を楽しみたいだけだ。そもそも、たとえ不幸な最期を迎えようとも人は自分の生き方を本来自分で決める権利がある。考えてみろ。『あなたの幸せの為なのよ』とか言って、自分の思い通りに子供の人生を決める親は、良い親か?確かに、親の言う事の方が正しく、その方が傷つかないですむのかもしれない。だけど親というものは、子供がつまずかないようにコントロールするのではなく、子供がつまずいた時助け起こしてやるべきものではないのか?」

「なるほど。よくわかった。」

「でも、確かにあの女はアウグスティアンだと思う。死に方がアウグストと全く同じだ。崇拝していたから模倣したのだろう。君を殺そうとした理由もそこにあると思う。」

「積極的に殺しに来るんじゃなくて、私が現れるのをじっと待ってたの?」

「焦らない。ガツガツしない。というのもアウグスティアンの特徴だ。感情を剥き出しにする事を恥だと思う傾向がある。」

「一緒に住んでた伯爵様やコンラートお兄様が殺されなくて良かった。」

「二人を殺す必然性を感じなかったのだろう。伯爵に対しては、妹の自殺ですでにイニシアチブを握っている。伯爵が死んで、コンラートが伯爵になった場合、今と同じような生活ができるかどうかわからない。コンラートを殺してしまうと、伯爵は新しい後継者を作る為再婚してしまう。再婚相手に選ばれるのは、自分のような中年女ではなくて、若い小娘だ。その再婚相手が、伯爵の愛人と噂されているアントニアをそのまま同居させるわけがない。だから、とりあえず生かしておいたんだ。だけど、いつか殺すつもりではいた。この本に書いてあったけれど、夾竹桃は生命力のかなり強い木だ。病気になって自然に立ち枯れる事は期待できない。あの木は、アントニアが館を追い出されても、たとえ死んでも、いつまでもそこにあっていつか必ずシュテルンベルクという家門を滅ぼしたはずだ。」

ぞくっとした。

信頼できない人間が、自由に庭を歩き回るって、すごく怖い事なのだ。我が家の庭は大丈夫だろうか?と少し不安になった。

「何で、そんな事をしたんだろう?」

「そういう人間もいる。としか言いようがないね。宿主を枯らして成長する毒キノコもある。世界とは、神が作り出した箱庭だ。そこでは毒花も咲くし毒キノコも生える。」

ため息をつきたくなった。そういう連中に私達家族が嫌われているのを、誇るべきなのか嘆くべきなのか・・・。

「庭師を取り逃がしたのが痛いよな。捕まえて拷問にかければ、どういう闇ルートで、輸入禁止草木を国内に持ち込んだのか解明できるはずだった。この国内に生えている夾竹桃が一本だけだと思えない。すでに、人知れず、家主にさえ知られずにどこかでひっそりと咲いているかもしれない。」

「庭師見つからないかな?」

「シュテルンベルク家で捜索はするだろうけれど、あまり大っぴらには探せないしな。日記が存在して、そこに何か書いてあれば良いのだけど。」

「そうだね。」

と私はつぶやいた。

あの毒花のような女が死んでも、亡くなった人達は帰ってこない。でも、伯爵とコンラートを助けられた事は良かった。そして、真実が解明されて、他にもこれから殺されようとしていた人達が救われたら良いな。と思った。

その後、当分の間新聞はアントニアに関する記事で賑わっていた。

アントニア自身は、平民の間ではほぼ無名の下級貴族だが、従兄弟であるシュテルンベルク伯爵は医療大臣で有名人だ。新聞は競うように様々な記事をのせた。

やはり日記が存在したらしく、シュテルンベルク家と司法省はその一部を公開した。

そしてエレオノーラ夫人と、アントニアの妹、それに母親と父親はやはり彼女に殺されていた。

エレオノーラ夫人の殺害方法の手口は、今回と全く同じだった。アントニアの妹や親の死を再調査しだして彼女の事を『邪魔』と思ったらしい。

妹の事は、アントニアは心から軽蔑していた。嘘をついてそれを誰にも信じさせる事の出来ない、誰の心も動かせない愚鈍な人間を、心の底から侮蔑していたのだ。そんな妹のせいでシュテルンベルク家からも社交界からも追い出されようとしていた事が我慢ならなかった。無益なだけでなく有害な人間を自分にとって有益な存在に変えてやる為殺したのだという。

アントニアは妹に自殺を仄めかす手紙を書かせ、自殺未遂をしたふりをするよう唆した。その際、毒を飲んで顔色が悪くなったように見えるよう、紫色の口紅を妹の上唇に塗ってやった。それに毒を混ぜたのだ。毒の効果が出るのは、唇に塗った時ではない。喉が渇いてコップの水を飲んだ時だ。唇に塗った毒は飲み物に溶け出し妹の命を奪う。コップの中から毒が見つかれば、自分でコップの中に毒を入れて飲んだと人は思うだろう。そしてその通りになった。

同じ時期にアントニアは、母親にも毒をもった。しかし、致死量ではなく、体を壊す程度にだ。周囲には妹の自殺にショックを受けて寝込んでいるように思わせた。そうすれば、伯爵は自分達を追い出せなくなるとわかっていたからだ。しかし、母親と父親は、アントニアを伯爵と結婚させようと、エレオノーラ夫人に圧力をかけ追い出そうとし始めた。エスカレートすれば、さすがに伯爵も自分達を追い出そうとするだろう。そのうえ両親はアントニアが夫から相続した財産を散財しようとした。両親を邪魔に思ったアントニアは両親を殺害した。

『邪魔』というフレーズがしばしば、アントニアの日記の中には出てきたという。アントニアは『邪魔』と感じたら、ゴミを片付けるように、人間を処分したのだ。

夫とその愛人や子供の事は新聞にはのらなかった。もしかしたら本当に事故だったのかもしれないし、外国の貴族を殺害したとなったら、国際問題になるので情報を伏せたのかもしれない。もし、夫と二人の愛人子供一人を殺していたのだとしたら、四人の人間を更に殺していた事になる。いや、料理を作った料理人が処刑されているので正確には五人だ。妹、両親、エレオノーラ夫人、夫人のお腹の中の子供全員合わせて十人もの人間が殺されたのである。もしかしたら、他にも人知れず殺された人達がいたかもしれない。それほど多くの人を殺しておいて、普通に暮らし、優しそうな微笑みを浮かべていた事が心底恐ろしかった。

事件の後、シュテルンベルク家の分家の人々や伯爵の姉妹達が相次いで王都へやって来た。その人達の間で連日親族会議が行われ、お母様もそれに出席していた。分家の人間の中にはアントニアを伯爵の後妻にと熱心に推していた人もいるらしく、その人は針のむしろ状態になっているという。

エレオノーラ夫人が殺された事、夾竹桃が植えられていた事を、本当は知っていた人がいたのかいないのか、伯爵はさりげなく、しかし厳しく調査をしているらしい。

お母様が言っていたが、コンラートは母親が自殺したと信じていたのだそうだ。親戚の人達もほとんどそうだったらしい。

「誰かがそう言っていた。」

と皆、口を揃えて言ったそうだ。ところが『誰』というのは、誰も覚えていないのだ。アントニアが噂をばら撒いて、情報操作をしていたものと思われる。

自殺の理由については

『事故死した親友の後を追った』

『夫に愛人がいて、その事に苦悩していた』

『子育てに悩み、うつ病を患っていた』

など。様々な話が錯綜していたらしい。エレオノーラ夫人の弟も姉が自殺した、と信じていたそうだ。

エレオノーラ夫人は兄もいたが、早くに亡くしていて弟と二人姉弟だった。弟はアントニアに

「伯爵に若い愛人がいて、その愛人の方が身分が高かったのでエレオノーラは苦悩していた。」

と直接吹き込まれていたらしい。

エレオノーラ夫人が死んだ後、弟は義兄である伯爵の事も伯爵にそっくりなコンラートの事も憎んで避けていた。

この度、実に6年ぶりに伯爵邸を訪れ、自分が愚かだったと頭を下げたという。

建国祭の直前で、貴族達が皆王都に集まって来る時期だったので、社交界も当分この噂でもちきりのようだったが、実際のところ私はよくわからない。

建国祭の真っ最中、アカデミーの寄宿舎が閉鎖していた時期は、第二地区の別邸に引きこもっていたし、それ以外の時期はずっとアカデミーにいた。アカデミーは王都の中にあっても、ある程度隔絶した社会である。ドロテーアが買って来てくれる新聞だけが、新しい情報を運んで来てくれた。

そうして、人の噂もだいぶ収まって来た頃。シュテルンベルク伯爵から私宛に手紙が届いた。

家族以外の男性からのお手紙なので、検閲の対象になり、私は副校長に呼び出され手紙を朗読する事になった。

アカデミーの寄宿舎のルールは伯爵も知っているだろうから、まさか『夾竹桃』の事とか書いていないだろうと思うけれどちょっぴりドキドキする。

私は手紙を開封した。

『親愛なるレベッカ。先日は本当に申し訳なかった。だが、君達のおかげでエレオノーラの事など、我が家に巣食っていた問題を片付ける事ができた。コンラートとも、エレオノーラの弟のラウレンツとも胸襟を開いて話し合う事が出来た。その事にとても感謝している。

ところで、あの日君が私を訪ねて来てくれた理由だが。君は北大陸のグラハム博士の事が知りたいと言っていたね。あの時、私は話を誤魔化した。君はまだ子供で、大人の世界の醜い話や残酷な話を知ってはいけないと思ったからだ。だが、この度の一件を通して、子供だから、女性だからと、真実から遠ざけるのではなく、むしろ辛い真実であっても知ってそれを乗り越える為に手を差し出す事が、大人としての正しい行動なのだと思った。なので、グラハム博士についての話を君に伝えようと思う。