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作品タイトル不明

エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(11)(ゾフィー視点)

「・・まあ、そうなんですか。ありがとうございます。」

と言ってアルベル様は微笑まれました。伯爵夫人が眉をしかめて怪訝な顔をします。

「お相手は、ドレッセル卿という方よ。人生経験が豊かなとても素敵な方なの。少しお年をとっておられるけれど、貴女は気にしないわよね。貴女には勿体無いような良い話よ。」

伯爵夫人がそう言うと、ペトロネラが吹き出しました。リエ様とマリ様は心配そうな顔をしています。

アルベル様はコテンと首を傾げられました。

「お兄様がお話してくださった方と名前が違いますね。」

「パウリーネの言う事など気にしなくていい。おまえが結婚する相手はエーレンフロイト家のフランツ君だ。」

「まあ、それは無理よ。もう婚約の書類を取り交わしたから。」

と言って伯爵夫人が笑いました。

「取り交わしたのはいつだ?」

と低い声で伯爵様が言われました。

「先週よ。」

「ならば、エーレンフロイト家の方が先だ。エーレンフロイト家と婚約証書を取り交わしたのは3年前だ。」

「何ですって!私聞いていないわ。」

伯爵夫人が叫ばれました。

「だいたいアルベルに、侯爵家の妻なんて務まるものですか!アニーやペティーの方がよっぽど相応しいわ。」

「エーレンフロイト侯爵の希望は、シュテルンベルクの初代の血を引く娘だ。それで、3年前に当家に招待し、その中からフランツ君がアルベルが良いと選んだ。」

「だったら、リエやマリでもいいじゃない!」

「人の話を聞いていないのか!フランツ君がアルベルが良いと希望したのだ。」

「はん。」

と言って、伯爵夫人は意地の悪い笑みを浮かべました。

「シュテルンベルクの血を引く娘というなら、アルベルではダメじゃない。アルベルが生まれた時お義父様が何歳だったと思っているの。アルベルはお義父様の子供じゃないわ。」

何、失礼な事言ってるのよ!私は怒りで頭に血が上りました。ビルギットも殺気を放っています。

しかし、一番怒ったのは伯爵様でした。

「おまえのそのセリフは、男なら手袋を投げつけられるレベルだぞ!父上と義母上に対する侮辱は絶対に許さぬ。アルベルは私の妹だ。二度と同じ事を言わせるな!」

伯爵様の迫力に伯爵夫人もさすがに黙り込みました。

しん、となった食堂に、突然啜り泣く声が響き始めました。

アントニアがなぜかしくしくと泣いています。

「ペティーが可哀想。フランツ様にドレスを贈られたり、まるで気があるような態度をとられていたのに。フランツ様はひどい方だわ。とても不誠実だわ。」

「お姉様。」

ペトロネラが乗っかって、泣き真似を始めました。涙、出てませんけど。

「結局、いつもそう。聖女様の子孫のアルベル達ばかりがいつも良い思いをして、私達は辛い事ばかり。同じ人間なのに。」

いや、おまえらじゅーぶんいい思いしているだろう。

アルベル様よりはるかに贅沢をしているし、私と妹達なんて、薄暗くてジメジメとした洞窟でひたすらキノコを収穫する肉体労働をしていたんだぞ!

「そうよ、そんな不実な男との結婚なんて私は許さないわ。」

と伯爵夫人が言われます。

「君の意見は関係ない。アルベルの代理母は、君ではなくカロリーネ叔母様だ。アルベルの結婚に関しては私とカロリーネ叔母様が決める。君は関わる必要はない。」

「私が育ててきたのよ!」

「嘘をつくな。養育費を払ってきたのは私だ。教育を与えてくれたのはカロリーネ叔母様だ。世話をし、愛情を注いでくれたのは侍女達だ。君がいったい何をした?」

私は胸が熱くなりました。伯爵様は、アルベル様と私達侍女の事をよく見ていてくださったのだな、と思って嬉しくなりました。

「ペトロネラ、ごめんなさいね。」

と突然アルベル様が言われました。

「私がフランツ様に言ったのよ。私は誰にでも親切な男性が好きだって。だからフランツ様は、あなたに親切にしてそれであなた勘違いしてしまったのね。わかるわ。フランツ様はとても魅力的だもの。優しくされたら勘違いするわよね。」

おおー。いつもおとなしく、やられっぱなしのアルベル様が反撃に出ました。行け、行けー!と内心、大応援です。

「このドレス、フランツ様がくださったのよ!」

「良かったじゃない。素敵なドレスよ。きっとあなたがいつも趣味の悪いドレスを着ているから、気にかけてくださったんだわ。」

アルベル様は余裕の微笑みを浮かべています。ペトロネラの方は泣き真似を忘れて、真っ赤になってブルブル震えています。

「でも、伯母様。もう、婚約成立のための証書を役所に提出したのでしょう。だったら、3年前に口約束をしていたとしても無効ではないかしら?」

アントニアがそう言いました。伯爵夫人は一瞬「えっ?」という表情をしましたが、

「ええ、そうだったわ。アルベルとドレッセル卿の婚約はもう役所に認められているのよ。」

と言い出しました。

「嘘をつくな。」

「嘘じゃないわ!もう、アルベルはドレッセル卿の婚約者なの。」

「君は本当に人の話を聞いていないな。言っただろう。アルベルの代理父母は私とカロリーネ叔母様だ。婚約に必要な保護者のサインは君がしても無意味なんだ。そんな書類を出しても突き返されるだけだ。」

伯爵夫人がたじろぎました。伯爵様が深いため息をつきます。

「ドレッセル家と口約束をして、もう引っ込みがつかないというのなら、君の姪を婚約させたら良いのではないか?年寄りだが、人生経験が豊かな素敵な人なのだろう?君の姪達にとっても、素晴らしい話じゃないか。」

伯爵様がそう言われると、アントニアとペトロネラが蒼ざめました。伯爵夫人は青筋を浮かべながら黙り込み、それから

「メグ、おまえが結婚しなさい。」

と言いました。

「はあ!」

ローストビーフの最後の一口を、口の中に放り込んでいたメグ様が眉をしかめました。

「嫌よ。私、貴族と結婚するつもりなんかないから。するなら絶対平民と結婚するから。」

「親の言う事に逆らうんじゃありません!」

「あんたを親だと思った事なんか一度も無いから!」

「何ですって!」

「やめないか!」

と伯爵様が口を挟まれました。

伯爵夫人が味方を探すようにキョロキョロとします。リヒャルト様は、さっと目を逸らされました。リエ様と目が合うと

「あ、私年上過ぎる人無理だから。」

と言われました。マリ様も

「子供いっぱい欲しいから早死にしそうな人はパス。」

と言われました。

そこで再び、アルベル様が口を開かれました。

「そんな良い方なら、いっそお義姉様が離婚して結婚したらいかがですか?お義姉様、まだまだお若くて美しいもの。10代の私達よりよっぽどお似合いだと思いますわ。」

「アルベル様!」

ビルギットがアルベル様をかばうように手を伸ばしました。憤怒の表情の伯爵夫人がフォークを投げつけようとしたのです。伯爵様の護衛騎士が伯爵夫人の腕を掴み押さえつけました。

「離しなさいよ!」

「アルベル、お姉様になんて事を言うの!お姉様に謝りなさい。」

伯爵夫人の妹が金切り声をあげました。

「アルベル、メグ。デザートは西館に運ばせるから西館へ戻りなさい。」

と伯爵様が言われました。

「あ、私もデザートは西館で食べよーっと。」

「私も。」

リエ様とマリ様が立ち上がられました。

「私も失礼する。食べていても味がしないよ。全く。」

と言ってリヒャルト様も立ち上がりました。

「待ってちょうだい、リヒト。」

と伯爵夫人の妹が言います。

「嫌ですよ。母上が勝手な真似をしたせいでしょう。他人にどうかさせようとしないで、ご自分で責任をとってください、母上。」

そうして地獄のような夕食会が終わりました。

「・・私、言ってやったわ。」

西館に帰る途中の廊下でアルベル様がそう言われました。アルベル様の手は震えておられました。

「ご立派でしたわ。アルベル様。」

「私だって言いたい事を・・言えるのよ。」

アルベル様は微笑まれました。とても美しい微笑みだと、そう思いました。

次の週、エーレンフロイト侯爵と侯爵夫人、そしてフランツ様がシュテルンベルク邸をお訪ねになりました。

伯爵様とアルベル様、そして叔母であるカロリーネ様が三人をお出迎えになりました。

「フランツが成人するまで待って欲しいとの事だったが、最近体調が芳しくなくてね。一日でも早くこの子の将来を見届けておきたいと思ったのだ。」

と老侯爵様はおっしゃいました。

「一つお尋ねしたい事があります。」

と伯爵様が言われました。

「もしも明日、ローテンベルガー家に恩赦が出たらどうなさいますか?」

伯爵様は、フランツ様の元婚約者の家門の名前を出されました。

「どうもしません。」

とフランツ様は言われました。

「僕が結婚したい、家族になりたいと思うのはアルベル様だけですから。」

「フランツがそう言うのならばこの老人が口を挟む事は何もない。」

と侯爵様はおっしゃいました。

「アルベルはどう思う?」

と伯爵様は聞かれました。

「喜んでお受けしたいと思います。」

アルベル様の答えに、その場にいた全員が笑顔になりました。

後ろに控えていた私も感動のあまり泣きそうになりました。。本当に良かったと、嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。

あれから十数年が経ちました。

老侯爵と侯爵夫人がお亡くなりになり、シュテルンベルク伯爵様と伯爵夫人も病で亡くなられました。そして、明るくていつも快活だったエレオノーラ様も若くして亡くなリました。

その代わり、シュテルンベルク家にはコンラート様が生まれ、エーレンフロイト家にはレベッカ様とヨーゼフ様がお生まれになりました。花が散ってもまた次の年に花が咲くように、命はつながっていくのです。

私は、椿の花を一輪摘みました。一輪ざしの花瓶にさして、アルベル様の部屋に飾ろうと思いました。椿を持って、館の中に入ると

「レベッカーッ!」

という、アルベル様の大声が聞こえてきました。

いったい何があったのでしょうか⁉︎

奥様は今お客様と会っているはずです。

デーニッツ夫人の孫娘が、行儀見習いで今エーレンフロイト家で侍女として働いているのですが、先日結婚を決めたので戻って来いと実家から連絡があったのです。

その相手というのが家庭内暴力の疑惑がある、離婚歴3回の中年男で、侍女のカーリンは結婚したくないとアルベル様に相談しました。

それで、アルベル様が断りの連絡を入れたのですが、カーリンの父親と兄がエーレンフロイト家へ乗り込んで来たのです。

なので今、アルベル様はカーリンの家族に会っています。もしかしたら乱暴な状況になるかもしれないので、ビルギットだけでなく男性騎士も二人護衛として立ち会っているはずです。なのに何があったのでしょう?

私は使用人用の応接間に入りました。応接間の中はカオスでした。

応接間の絨毯の上に男が一人、潰れたカエルのようにうつ伏せに倒れて、顔の周辺に血溜まりが広がっています。知らない中年男が腰を抜かしてへたり込んでおり、その横には割れたティーポットとカップの破片が散らばっていて、絨毯にお茶の染みが広がっています。

侍女のユリアがお尻を手で押さえて涙ぐんでいて、ビルギットが優しく背中を撫でてあげていました。

そして、アルベル様とレベッカお嬢様が応接間の真ん中で向かい合っています。

「何があったの?」

と私は、お嬢様の護衛騎士のアーベラに尋ねました。

「話の内容を気にしたお嬢様が、ユリア様とコルネ様と一緒にドアにコップを押しつけて部屋の中の様子を盗み聞きしていたのです。」

侯爵令嬢のやる事とは思えません。しかし、それだけでアルベル様がここまで怒る事はないでしょう。

「でも、全然中の様子が聞こえなくて。なのでお嬢様がユリア様に、お茶のお代わりをお持ちしました、と言って中に入りドアを開けたままにしておくようにと言われたのです。それでユリア様がお茶を持って中に入ると、カーリンさんのお兄様が『君可愛いね。』と言ってユリア様のお尻を撫でたんです。」

「・・・。」

「それを見たお嬢様が中に乱入し、『私の目の前で未成年の子供のケツを撫でるとは、貴様命が惜しくないようだな。その蛮勇、来世で猟師に生まれ変わって、熊をモフるのに振るいやがれ!』と叫んで、踵落としをくらわせたんです。」

「おまえという娘はあぁっ!」

「お母様はこの性犯罪者の擁護をするのですか!この男はユリアのケツを撫でたんですよ。何の過失も無いユリアのケツを!」

「若い娘が『ケツ』という単語を連呼するのではありません!それから攻撃が素早過ぎです。どうしてまず言葉で糾弾しないのですか⁉︎」

「動物と性犯罪者はその場で制裁を加えないと、何がいけなかったのか理解しないのです。」

「だとしても、どうして平手打ちとかにしないのですか!踵落としなんかくらわせたら、あなたの下着が、部屋中の人間に見えるでしょうが!」

「見てません。見えませんでした!お嬢様の攻撃があまりにも素早過ぎて!」

男性騎士達が必死になって、そう言います。

見えた、見えてないではなくて、どうしてあなた達がお嬢様より先に不埒者を制圧しないの!

「・・こ、こんな乱暴な姫君がいる家に娘を置いておく事はできない。」

と腰を抜かした中年男が言いました。

「こういう事になるでしょうが!」

とアルベル様が叫びます。

「はあ!こんなクソ兄貴がいる家にカーリンを帰させないから!」

「汚い言葉を使うのではありません!」

「ひいい。」

中年男はレベッカ様の迫力にすっかり怯み、アルベル様の後ろに隠れようとします。

「アーベラ、コルネ。レベッカを部屋に閉じ込めておきなさい!」

「ちょっと!まだ言いたい事半分も言ってないし!」

「いいから戻りなさい!気を失っているのだから、どうせ何を言っても聞こえません!」

「あのー、怪我人がいると執事さんから連絡があったのですが。」

エーレンフロイト家の主治医が登場しました。

「ふ、ふん。噂に違わぬ乱暴者だな。」

と中年男が言いました。アルベル様が男をギロリと睨みつけます。

「あなたの息子は然るべき医療処置を施した後、役人に突き出します。」

あの、気が弱くておとなしかったアルベル様が強くなったなあ。私は時の流れを感じました。

私が椿をさした花瓶をアルベル様の部屋へ持って行くとアルベル様は部屋で泣いていました。

「どうなさったのですか、奥様?」

「・・自分が情けなくて。」

そう言って、ハンカチをギュッと握りしめられます。

「私、結婚する時心に誓ったの。お義姉様みたいな母親にはならない、って。女の子に比べて男の子の方を猫可愛がりしない。子供の言動が理解できない時があっても、側で寄り添い優しくする。絶対に頭ごなしに怒鳴りつけたりしない、って。なのに結局・・・。私は駄目な母親だわ。最低だわ。自分が情けない。」

「奥様は悪くありませんわ。」

では、お嬢様が悪いのかというと、それは悩むところですが。

侯爵令嬢としては、いろいろと問題のあるお嬢様ですが、とにかく、弱い立場の人間に優しいのです。その反面弱くない立場の人、その立場を悪用する人間には非常に厳しいのですけれど。

でも、私はそんなレベッカお嬢様の事が可愛くてたまりません。

「お嬢様も奥様が自分を思って、怒るのではなく叱ってくださっているのだという事をちゃんとわかっておられますよ。」

「そうかしら?」

「ええ、お嬢様はとっても賢い方ですもの。」

「ゾフィーは、あの子に甘いんだから。」

本当の事ですので、私はにっこりと微笑みました。

「奥様。温かいお茶をご用意しますね。」

私は立ち上がりました。こんな賑やかで、平和ではないけれど平和な日々が、これからもずっとずっと続いていったらいいな。

そう私は心からから思うのです。