作品タイトル不明
エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(10)(ゾフィー視点)
その計画を伝えに来てくれたのは、リヒャルト様でした。
今回もまた、ペトロネラのエスコートをするよう伯爵夫人にグイグイと圧力をかけられて逃げて来られたのです。
「母上が勝手にアルベルの婚約を決めてしまったんだ。」
とリヒャルト様は、伯爵様に報告されました。
伯爵夫人の取り巻きの一人に、ドレッセル夫人という方がおられるそうです。その舅にあたるドレッセル卿という人は、もう70過ぎの短期で高慢な老人で、人生で何かを成し遂げた事があるわけではないのに、自分は特別で人に重要視されるべき大人物であると信じきっている人だそうです。思い込みは年々激しくなっているらしく、遂に50年連れ添った妻も愛想を尽かして離婚して家を出て行かれました。
しかしドレッセル卿は、あんな無能な老女は自分に相応しくなかったのだ、と言い放ち息子の嫁のドレッセル夫人に再婚相手を連れて来るよう命令しました。それで、ドレッセル夫人は40過ぎの子連れの未亡人を紹介したそうですが、そしたら舅は
「自分の妻となる女性は高貴な血筋の、10代の清らかな乙女でなくてはならない!」
と、激怒したそうです。
「自分の身分と年齢と性格を考えて、娼館から身請けした売春婦で満足しておけばいいのに!」
とドレッセル夫人は怒りに震えながら、友人達に愚痴っていたそうです。
そしたら、伯爵夫人が
「それなら、ちょうどいい娘がいるわ。」
と言ってアルベル様の名前を出したそうです。
「あの娘の母親も若い時に年寄りと結婚したのよ。だから、年寄りとの結婚を喜ぶはずだわ。」
と言って高笑いし、ドレッセル夫人はやっと悩みから解放されると飛び上がって喜んだそうです。
そのお茶会に同席していたリエ様がリヒャルト様に相談し、リヒャルト様はエーレンフロイト家に手紙を出した後、大急ぎで領地にやって来たのだそうです。
「母上は父上が王都にいない間に書類を揃えて役所に提出するつもりみたいだ。」
とリヒャルト様は言われました。大変な事です!未成年の子供の結婚は、親のうちの片方だけでも承諾のサインをすれば成立してしまうのです。
「早く王都に戻りましょう!」
と私とエレオノーラ様は、伯爵様に訴えました。しかし、伯爵様は
「まあ、焦ることもないだろう。」
と言われました。
「アルベルの代理母は、パウリーネじゃない。カロリーネ叔母上だ。」
「そうなんですか、父上?」
「ああ。アルベルの母上が亡くなった時、代理母を決めたが、その時は子供のいないカロリーネ叔母上の支えにアルベルがなってくれればと思ったんだ。だから、パウリーネにはアルベルの結婚に対して何の決定権も無い。役所に書類を出しても突き返されるだけだ。」
良かった。心の底からほっとしました。アルベル様も真っ青になっておられましたが、安心したのか少し涙ぐんでおられました。
「だったら、すぐに王都に戻って母上にガツンと言ってやりますよ。」
「やめなさい。引っ込みがつかなくなったパウリーネが、リエやマリやメグにその老人を押し付けようとしたら困る。」
「げっ!」
とメグ様が叫びました。
「まだ少し、領地での仕事が残っているんだ。せっかく来たのだからリヒャルト、おまえも手伝いなさい。」
伯爵様はそう言われました。
2週間後、私達は王都に戻りました。戻ってすぐ、執事さんが
「エーレンフロイト侯爵が面会を申し込んでおられます。領地から戻って来られたらすぐ連絡をして欲しいとの事です。」
と伯爵様に報告をされました。
「わかった。後から手紙を書こう。」
西館へ戻った私達は、残っていたヨハンナ様にペトロネラの社交界デビューがどんなだったか聞いてみました。
「それが全然人が集まらなかったんですよ。伯爵様と伯爵夫人の不仲が広く知られているうえ、伯爵夫人に虐げられているアルベル様がエーレンフロイト小侯爵と恋仲だと噂になっているので、上級貴族達は伯爵夫人と親しくなる事を警戒してパーティーの出席を断ったんです。パーティーに来たのは、伯爵夫人の取り巻きと、無料でおいしい物を食べたい貧乏貴族だけで、寂しいものでしたわ。」
けけけ、と内心笑ってしまいました。いい気味です。だけど、それならペトロネラは相当不機嫌だろうな、と思っていたのですが、なぜか上機嫌でペトロネラは西館へ現れました。正直、あまり似合っていない上品な紫色のドレスを着ています。
「伯母様がアルベルに大事な話があるから、夕食の時本館へ来るようにって言ってるわ。」
「それをわざわざあなたが言いに来たわけ?ご苦労様。」
とメグ様が言われます。
「ふん。」
と言って、ペトロネラは笑いました。
「このドレス素敵でしょう。フランツ様が私にプレゼントしてくださったのよ。」
「どこの田舎貴族のフランツ?」
「エーレンフロイト家のフランツ様よ!アルベルがいない間何度もこの館に遊びに来られて、私達とっても親しくなったの。それでこのドレスも私にくださったのよ。」
「妄想と現実の区別が遂につかなくなったわけ?」
「本当よ!フランツ様に確認してみればいいんだわ!」
そう叫んでペトロネラは出て行ってしまいました。
「お嬢様、嘘に決まっています!信じてはいけませんよ。」
と私は、ずっと黙っておられたアルベル様に言いました。
「・・うん。そうね。」
とぎこちない笑顔でアルベル様は笑われました。
アルベル様の部屋へ戻ると、アルベル様の机の上にはたくさんの手紙が置いてありました。王女殿下の婚約パーティーでできたお友達からの物もありますが、何より先にアルベル様はエーレンフロイト様からの手紙を開かれました。そして食い入るように読み始められました。
何が書いてあるのか気になって、私はそわそわしてしまいました。それに気づかれたのかアルベル様が、内容を話して聞かせてくださいました。
なんでもエーレンフロイト様が、王宮で行われたお茶会に参加された時の事。
アルベル様が領地に帰っている事を知らなかったエーレンフロイト様は、アルベル様を探してサクランボのジュースが入ったグラスを持って歩き回っていたそうです。と、そこへアントニアがドンとぶつかって来てエーレンフロイト様はジュースをこぼし、その一部がペトロネラのドレスにかかったそうです。
そしたらペトロネラが大声で泣き出したので、やむなくエーレンフロイト様は、ドレスを買って弁償したそうです。
するとペトロネラは至るところで、そのドレスを着ては
「このドレス、フランツ様が私にプレゼントしてくださったのよ。」
と触れ回っているとか。
贈りたくて贈ったんじゃありません。僕が自分からドレスをプレゼントをしたいと思う女性は貴女一人だけです。どうか信じてください。
と書いてあったそうです。
「そんな事だろうと思いましたよ。ほんと、しょうもない人ですよね。ペトロネラさんは。」
「『嘘ではない』ところが悪質よね。私も、この程度の事でいちいち動揺しないようにしなくてはならないわ。フランツ様は素敵な方ですもの。きっとこれから、こういう事はいくらでもあるだろうから。」
そう言うアルベル様の横顔には、今までにはなかった強さのようなものがございました。
夕方になってアルベル様とメグ様は本館へ向かわれました。
私は普段給仕の手伝いはしないのですが、今日はアルベル様が心配だったので手伝いに志願しました。護衛のビルギットも緊張しています。護衛の仕事の一つに『毒味』の仕事もあるのですが、今日は万が一に備えて催吐薬を携帯しています。
夕食を囲むのは、伯爵夫婦にお子様四人、アルベル様、伯爵夫人の妹とアントニアとペトロネラです。ペトロネラはさっきと同じ服を着て、ニヤニヤ笑いながらアルベル様の事を見ています。
「アルベルにいい話があるの。」
夕食が始まってすぐ、伯爵夫人が話し始めました。
「貴女の結婚を決めてあげたのよ。」