作品タイトル不明
ブランケンシュタイン家のお茶会(3)(アルベルティーナ視点)
女性というより、その方はまだ少女でした。大人っぽい化粧を施していますが、大きな目や、はりのある肌にこぼれ落ちるほどの若さを感じます。クリーム色のドレスに金糸と銀糸で細かな刺繍が施されていて、正直今この場にいる人達の中で最も高価そうな華やかなドレスです。でも、それ以上に驚いたのが、10数個の真球の真珠でできたブレスレットをつけていた事です。これほど豪華な真珠のアクセサリーをつけている人は他にはいません。フリードリア様の取り巻きの方々も皆、その真珠に目が釘付けです。悔しそうなため息をついている方もいます。
「よく来てくださったわね。お会いできて嬉しいわ。」
とフリードリア様が微笑まれました。
「美しい午後の日でございます。アーデルハイド・フォン・ローテンベルガーと申します。ご招待して頂きありがとうございます。」
アーデルハイド様は硬い声で言われました。
緊張している、というのとは違うようです。
青い瞳は冷たく燃え上がっています。
ローテンベルガー家は先代の国王と王妃に陥れられた家門です。そして、フリードリア様はそのお二人の子供です。到底好意など抱く事ができないのでしょう。
それでも、この場を訪れたのは、ヒンガリーラントの社交界がフリードリア様とディッセンドルフ公爵夫人を中心に回っていて、歩み寄るのにディッセンドルフ家よりはマシ、と思ったからかもしれません。それでも、お二人の間には緊迫した空気が流れています。
「どうぞ、こちらにお掛けになって。」
と言ってフリードリア様は自分の隣の席を勧められました。
私は、アーデルハイド様の横顔を見つめました。意志の強そうな目に気の強そうな口元をした、美しい少女です。
いじめられても泣くタイプには見えません。どちらかというと波乱を呼びそうに見える方です。
フリードリア様が、ソファーに腰掛けている人達を階級順に紹介されました。後ろに控えている人達も紹介して欲しそうでしたが、、彼女達の事は紹介されませんでした。
私の名前を聞いた時、アーデルハイド様の眉が軽く上がりました。しかし、口元を扇で覆って何も言われませんでした。
それからフリードリア様が、当たり障りのない質問をアーデルハイド様にされました。何げない会話のようですが、真剣で打ち合うような緊張した空気を感じます。
そして突然の攻撃はアーデルハイド様の方から始まりました。
「私もこれからサロンを運営するつもりですので、忙しくなるかと思いますの。そのサロンでは、アズールブラウラントの伝統菓子を紹介するつもりです。だって、ヒンガリーラントのお菓子はあまりおいしくありませんから。」
空気が凍りつきました。
私は10年ほど前、アズールブラウラントに住んでいたので知っていますが、確かにお菓子文化はアズールブラウラントの方が進んでいます。
海沿いに横に広いアズールブラウラントは、港町が多くあらゆる国の珍しい交易品や情報が入って来ます
なので、とにかくお菓子の種類が豊富です。
そして、砂糖を唯一生産している国『温』との繋がりが深く、おそらくヒンガリーラントの何倍も砂糖を輸入しているのです。ヒンガリーラントのように『採蜜権』を行使して、ハチミツの生産を抑えているという事もありません。材料が潤沢なら、はるかに研究が進むのは当然の事で、アズールブラウラントの裕福な家で育った令嬢に、ヒンガリーラントの菓子は物足りないでしょう。
だけど、招待されたお茶会で「菓子がマズい。」と発言するなどもってのほかです!
実際、今テーブルの上には、ヒンガリーラントでも超一流の菓子店が作った菓子が並んでいるのです。大きなボウルに大量の氷を入れて、白ワインや果汁、紅茶を冷やしていたりと、贅も尽くしています。
フリードリア様が何と言うか、皆固唾を飲んで見守っています。
「まあ、そう。」
とフリードリア様は言われました。
「婚家の料理が口に合わないなんてお辛いわね。」
・・・上手い事、攻撃をかわされました。ステファニー様が、ほっとしたような表情をされています。私もほっとしました。
そういえば、娘達はずっと黙っていますが、何をしているのでしょう?おとなしくお茶を飲んでいてくれているでしょうか?
・・えっ?と思いました。レベッカは、周囲の会話が耳に入らないかのように、クッキーの下に置いてあった紙を折っています。そして
「アンゲラ様。鶴さんですよー。」
と言って、鳥の形に立体的に折った紙を王女様の前でヒラヒラさせ始めました。王女様の顔が、ぱああっと輝きましたが、イーリス様の目の輝きはそれ以上でした。
「それ何⁉︎すごい!見せてっ!」
そう言って、娘がアンゲラ様に渡そうとした紙を奪い取りました。ぶええ、とアンゲラ様の瞳が潤みます。
「イーリス様。大人げないマネはおよしになって。」
とエリザベート様が言われましたがイーリス様は聞いてはいません。
「まあ、すごい!左右対称で、自立して、とても美しいわ。なんて素晴らしいのでしょう!えーと、ここがこうなって・・。」
「駄目だわ、これは。ベッキー、アンゲラ様にはもう一個作って差し上げなさい。」
とエリザベート様が言われました。実際、その紙でできた鳥は分解されかかっています。
「これは、ご自分で考えられたのですか?」
とイーリス様が質問されました。
「・・ええ、まあ。」
「エーレンフロイト侯爵夫人。お嬢様はやっぱり天才ですわ!」
イーリス様が叫ばれました。たぶん、さっきのお菓子の話、聞いておられませんでしたね。
「エーレンフロイト令嬢。貴女、ぜひ大学へいらっしゃい。貴女のような人こそが数学を勉強するべきよ。」
イーリス様の言葉に、周囲の人々からどよめきが起こります。
「いえ、本当に数学は苦手ですので。」
「貴女は数学が苦手なのではなくて、真理の扉は遠く、それに伸ばす人の手が短い事を理解しているだけよ。ほとんどの人が始まりの場所に立つ事さえできないというのに。」
イーリス様の迫力に空気だけは一新されました。
イーリス様のせいでアンゲラ様がぐずりだしたので、乳母が抱き上げて、人の少ない所に連れ出して行かれました。
「私、エーレンフロイト姫君には感謝していますの。」
と突然アーデルハイド様が言い出されました。
「私の実家の領地でも『漆黒のサソリ団』は、とても恐れられていた海賊でした。無論ローテンベルガーでも。それを危険を顧みず捕縛してくださったのですもの。とても感謝していますわ。」
・・嫌な話題を。
ただ単に、娘の蛮行を話題にして欲しくないというだけではなく、この一件を事前に報告していなかったという事で、フリードリア様とエリザベート様には恨まれているのです。
「騎士団の力があっての事ですわ。それより、ローテンベルガー公爵夫人。素敵なブレスレットですね。」
と私は話題を変えました。
「ありがとうございます。夫の母の遺品ですの。」
暗い声でアーデルハイド様は言われました。テレージア様とローデリヒ様のお母様は、夫と義父を同時に失ったショックで病気になりお二人の後を追うように亡くなったと聞いています。
話題選びに失敗した。と思いました。
その時、ふっとアーデルハイド様は微笑まれました。そして、ご自分の侍女に合図を送られました。
「アズールブラウラントでは、初めて訪問した家には贈り物を持って行くという習慣がありますの。ですので、ブランケンシュタイン夫人に贈り物をお持ちしました。他の来客の方の分もありますので、ぜひ皆様お持ち帰りになってください。」
「まあ、何かしら?」
とフリードリア様が言われました。
皆の視線が、戻って来たアーデルハイド様の侍女に集中しました。侍女が二人がかりで箱を持っていますが、なかなか重そうです。
箱の中には、シンプルな白い袋がたくさん入っていました。
侍女が、袋を配り始めました。袋の重さは100グラムくらいでしょうか。中には白い粉が入っていました。
「ローテンベルガー家の特産品である塩ですわ。皆様、どうぞ。」
皆静まり返りました。確かに、海の側にあるローテンベルガー家では塩が特産品です。でも、珍しい物でも高価な物でもありません。
このくらいの量の塩なら銅貨3枚くらいで買えます。
これは世間知らず、とかそういう問題ではありません。
さっきの発言と同じ、ヒンガリーラント貴族への挑戦なのです。
明らかに安物な贈り物をして、皆がどう反応するかを確認しようとしているのです。
怒るか、わざとらしくありがたがるか、馬鹿にしてくるか、媚びへつらってくるか?それを確認して、誰が自分の味方で誰が敵なのかを確認しようとしているのです。
フリードリア様の取り巻き達は、フリードリア様の事を注視しています。フリードリア様が褒める物を貶すわけにはいきませんし、貶す物を褒めるわけにはいきません。フリードリア様がどう反応するかで、この塩の価値が変わるのです。
旦那様ぁ・・・。
と私は心の中で思いました。
私が気にかけるくらいでは、どうにもできませんよ。この新参の公爵夫人は余りにも攻撃的です。この場にいる全ての人を敵に回す事を何とも思っていないのです。
「ふふ。」
と笑って、フリードリア様は、手元の塩をポイっと机の上に放り投げました。
これが答えです。
元々フリードリア様は、甘く見られてそれに耐えられる方ではないのです。
取り巻きの方達も追従するようにクスクスと笑い出しました。
空気が一気に新参者の公爵夫人に対して厳しいものになります。
その時。
ある人物の声が聞こえました。空気がピリピリとしていたせいで、小さな声だったのに、皆に聞こえるほど大きく響きました。
コルネリアの声でした。
「ベッキー様。『塩』って何ですか?」