作品タイトル不明
ブランケンシュタイン家のお茶会(2)(アルベルティーナ視点)
お茶を飲んでいた旦那様が激しくむせました。
「えー!どういう事⁉︎」
ヨーゼフが聞きますが、旦那様はゲホゲホとむせて話ができません。
「どういう事!」
とヨーゼフはレベッカに詰め寄りました。
「別に。」
と言ってレベッカはまたティーカップに口をつけます。執事が旦那様にハンカチを手渡しました。
お茶やお菓子の用意をしてくれていた侍女達も、側に控えている護衛騎士達も、さりげない様子で耳に全神経を集中させています。
「どういう意味⁉︎ねえ、本当なの?その、なんとかって子、本当に僕らの妹なの⁉︎」
「違う!」
ようやく旦那様は呼吸を整えました。
「そんなわけがあるはずないだろうが!」
「じゃあ、何でお姉様はそんな事を言い出したの⁉︎何で?」
「別に。」
レベッカは、相変わらず無表情です。
旦那様は大きなため息をついて言いました。
「ローデリヒ卿の姉上のテレージア様とは以前婚約をしていた事があるのだ。」
「えーっ!」
とヨーゼフは大声をあげました。
「ものすごく幼い頃の話だ!私のお祖父様が、子供の頃に決めたのだ。でも、いろいろあって、婚約は解消したが。」
「いろいろって何?何で解消したの?まさかお母様がリャクダツしちゃったの⁉︎」
「違う。解消したのもすごく幼い頃で、私も詳しくはわからない。大人達の事情というものだ。そして、大人になって母上と出会って、母上に恋をしたのだ。」
嘘おっしゃい。
旦那様がテレージア様と婚約を解消された時、旦那様は10歳にはなっていたはずですよ。
そして、旦那様と私が初めて直接顔を合わせた時、あなたはまだ11歳でした。
レベッカのとんでもない発言に私も呆然としてしまいましたが、だいぶ落ち着いてきました。
全く、どこで情報を仕入れてきたのか?まだ子供なのに、変な知恵だけはついていて本当に困った娘です。
「ただ、ローテンベルガー家もいろいろと苦労の多い家だったんだ。エーレンフロイト家が困っていた時、とても助けてくれたのに、ローテンベルガー家が辛い思いをしていた時何もしてあげられなくて、人として申し訳なく思っていた。なので、少しでも力になってあげられたらと思ったんだ。それだけだ。」
「ほんとにー?」
ヨーゼフが納得できないような顔をします。
「じゃあ、その子のお父さんって誰なの?」
「一族の主治医の男性だという話だ。一族の信頼の厚い人らしいが平民らしい。だからリーゼレータ嬢は、公爵の姪とはいえ平民なんだ。なので、貴族の多いアカデミーで差別を受けるのではと心配していたんだ。それで、平民の友人も多いレベッカに気にかけてもらえたら、とローデリヒ卿が言っていたんだ。というわけだ。頼めるか、レベッカ?」
「それは、その子の性格による。」
「もういい!おまえには頼まない!」
そう言って旦那様は、話を打ち切られました。
夜になって寝室で、ゾフィーに髪をといてもらっているとゾフィーに
「奥様。奥様だってお嬢様くらい旦那様にはっきり言ってやっても良いのですよ。」
と言われました。
「以前の婚約者の身内に親切にしてやれだなんて、あまりにも非常識です。お嬢様くらいガツンと言ってやれば良かったのですわ。」
護衛騎士のビルギットも、うんうんとうなずいています。
旦那様と話していて、モヤっとしましたが、モヤっとしたのは別におかしな事ではなかったみたいです。
「でも、旦那様のお気持ちもわかるような気もするわ。心苦しいものを感じているのでしょうし。」
「ローテンベルガー家が不幸な家だとしても、その不幸の原因がエーレンフロイト家にあるわけではありません。同情心につけこまれて無理難題を言われたり、悪意を向けられる可能性もあるのですよ。侯爵様は、人が良すぎです。誰もが侯爵様と同じように善良なわけではないのですから。お嬢様がはっきりと言ってくださってスッキリしました。」
「レベッカを直接褒めてはだめよ。貴族の娘として、あんな話し方は失格だわ。もっと婉曲的な表現ができるようにならないと。」
「あの正直さがお嬢様の長所だと思うのですけれど。」
「正直過ぎるのも問題よ。考える速さで言葉が口から出てくるのだから。」
「それはそうですが。でも、侯爵様が懐かしいと思っているほど向こうの家がそう思っているかはわかりませんわ。奥様。用心なさってくださいね。それと私、けっこうお嬢様は他人を見る目があると思っているんですよ。不正をしている孤児院に気づいたり、海賊の正体に気づいたり、悪人を見分ける能力についてはむしろ侯爵様より信頼できると思いますわ。」
ゾフィーはレベッカを過大評価し過ぎです。
それにしても。月末のお茶会がまた少し、憂鬱なものになりました。
そして、お茶会の当日です。
私はレベッカとコルネ、ゾフィーとユリアと共にブランケンシュタイン家へ向かいました。
ガーデンパーティーを開くだけあって、素晴らしいお庭です。秋の花々が咲き乱れ、端から端までよく手が行き届いています。
このような素晴らしいお庭を見ると、我が家ももう少しどうにかしなくてはと考えてしまいます。館の周辺と、門から館まではそれなりに整えているのですが、手の入っていないところも多く、そんなだから警備の騎士の目を掠めての娘の家出が成功するのでしょう。
お茶会に来ているお客様の数はそれほど多くはなさそうです。それはたぶんドレスコードのせいと思います。ブランケンシュタイン家の集まりは大変な人気があるので、厳しめのドレスコードを設けて人数を抑制するのです。今日のドレスコードは、真珠のアクセサリーを着用する事です。真珠は最も高価な宝石なので、誰もが買える物ではありません。
私は、独身の頃旦那様にプレゼントして頂いた、真珠と赤珊瑚の髪飾りをしています。コルネには、真珠のついたバングルをつけさせています。そしてレベッカは真珠のブローチです。真珠は非常に割れやすい宝石です。もしもレベッカに、真珠のついたブレスレットやバングルや、アンクレットをつけさせたら暴れた拍子に割りかねません。しかし、ブローチならたぶん割らないでしょう。
「すごく綺麗なドラジェワールですね。」
と、コルネがうっとりとした表情で言いました。白磁に美しい紋様が描かれたドラジェワールは、来客者全員に配られたプレゼントです。中には、宝石のようにキラキラと輝くコンフェイトが入っています。ブランケンシュタイン家の、圧倒されるような財力を物語っています。
鏡のような池の側にテーブルが置かれ、椅子やソファーも用意されています。私達は、池の最も近くのソファーへ案内されました。その一画は地面に大理石が敷き詰められて、整えられています。四角いテーブルの側にコの字型に、三人掛けのソファーが三つ置いてあり、向かい合うソファーのそれぞれの真ん中に、ブランケンシュタイン公爵夫人と、公爵令嬢エリザベート様が腰掛けておられました。
「来てくれてありがとう。エーレンフロイト侯爵夫人。」
「美しい午後の日でございます。ブランケンシュタイン公爵夫人、並びに公爵令嬢にご挨拶申し上げます。」
「堅苦しい挨拶はいいわ。座ってちょうだいな。」
「ベッキーとコルネはこっちね。」
とエリザベート様が言われました。レベッカとコルネが、それぞれエリザベート様の右と左に腰掛けました。私としては、できる限り娘の側に座りたかったのですが、フリードリア様に、自分の隣に座るよう言われました。ゾフィーが私の後ろ、ユリアがレベッカの後ろにつきます。
この場所が、今日のお茶会での最も良い席でしょう。ソファー席は9席あり、5席が埋まりました。あと4席に座るのは誰でしょうか?芳花妃ステファニー様は確実と思われます。
私とフリードリア様の後方や池の側に、フリードリア様の取り巻きの方々が立っています。ブランケンシュタイン家の分家の方々や寄子の方々です。どの方も娘をアカデミーにやっている人達なので名前は知っています。皆様から不躾な視線で、頭のてっぺんから足のつま先まで確認されているのを感じます。無視をするのも如何なものかと思うので一応微笑みかけてみました。そのついでに、私も後日の参考に皆様のファッションチェックをさせていただきます。
フリードリア様とエリザベート様も蝋纈染めのドレスを着ておられるのですが、取り巻きの方々も皆蝋纈染めのドレスを着ておられます。
ただ、どの方々も同伴させている侍女達の服は地味・・というかとても粗末です。
先代の侯爵夫人ヨゼフィーナ様には、こう言われていたものですが。
「連れて行く侍女や護衛騎士の身なりにもよく注意を払いなさい。本当の豊かさはそういうところに出るのです。借金を重ねてでも、自分は美しく装うという人は大勢います。しかし、王族や高位貴族の方々は、それ以外のところを見ているのです。」
取り巻きの方々はソファー席に座るよう言われなかったようで、はっきり言って嫉妬の視線がすごいです。特に『新入り』のコルネに向かう視線は、子リスを狙う鷹のようです。何かマナー違反な真似をすれば、矢のように非難の言葉が飛んで来るでしょう。
コルネも自分に向けられる視線がわかっているのか、とてもビクビクしています。
娘はというと、まるで結界でもはっているかのように変化の無い、いつもと全く変わらぬ無表情です。こういうところは貴族的なのよね。と、娘の胆力に感心します。
フリードリア様に、コルネを紹介するよう言われ、彼女の事を説明しました。
コルネにも直接質問なさり、何とかコルネも答えています。一度激しく、コルネが返事をかんでしまい、取り巻きの方々から笑いが起きました。ビクッとなったのは、無表情だった娘の顔つきが冷たくなった事です。あと笑い声が1秒長く続いたら、娘の毒舌が火を吹いたかもしれません。
その後すぐ、人々のざわめく声が聞こえてきました。
芳花妃ステファニー様がお見えになったようです。ブランケンシュタイン公爵夫人とは御身内同士なので、アンゲラ王女殿下もお連れになったようです。更に、フリードリア様の異母弟アーレントミュラー公爵の奥様であるイーリス様がご一緒でした。
フリードリア様が席を勧められ、ステファニー様、アンゲラ様、イーリス様が同じソファーに座られました。残る席はあと一つです。
国立大学数学科の教授をつとめるイーリス様が、このような場所に来られる事はとても珍しい事です。
ステファニー様がレベッカと最も近い席に座られ、レベッカに優しく微笑まれました。
「イーリスは初めて会うのではないかしら?アカデミーの生徒のレベッカ嬢とコルネリア嬢よ。」
とフリードリア様が二人を紹介してくださいました。二人共礼儀正しく、アーレントミュラー公爵夫人に挨拶をします。
そこへ、フリードリア様の取り巻きの方達が口を出しました。
「レベッカ様は、とても優秀な生徒なのですよ。特に数学の成績が素晴らしいそうですわ。」
やめてください!
と心の中で思いました。
数百年に一人の天才と謳われる、イーリス様に自慢できるレベルではありません。それなのにそんな事を言われたら、娘が調子に乗ります。
ついでに、娘と話をした事なんかないでしょうに、さも親しいと言わんばかりに『レベッカ』と名前を呼ぶのはやめてください。
貴女がマウントをとるのに、娘を利用するのはやめてください。
しかし、悪口を言われているのではなく褒められているので抗議がしづらいです。こういう貴族同士の駆け引きには疲れてしまいます。
イーリス様は、感情の無い声で
「そうですか。」
とおっしゃいました。
すると取り巻きの方々が更にレベッカの数学の才能を褒めだします。
本来、身分が上の人間に対して後ろから口を出すなど、とても不躾な行為です。でもフリードリア様が何も言われないので、皆様少しでも目立とうと口を出してきます。うがった見方をすれば、イーリス様がレベッカに何か難しい質問をして、レベッカが答えられないのを見て楽しもうとしているのでは、とさえ思えてきます。フリードリア様は、状況を面白そうに眺めておられます。そろそろ、やめてほしい、と言うべきか、と思いだしたあたりで、ずっと黙っていたレベッカが口を開きました。
「皆様の意見は過分に過ぎます。私は数学の天才ではありません。むしろ数学は不得意です。」
「あら、あらご謙遜を。娘から聞いておりますわ。先日のテストでも全問正解なさったって。」
「私は、すでに誰かが解いている答えを人よりも早く解く事ができるだけです。本当の数学の天才とは、新しい問題、新しい公式を作り出し美しく証明できる人の事です。」
・・・。
娘は何を言っているのでしょう?私には理解できません。皆様、そうなのでしょう。場が急にしーんとなりました。
その中でただ一人、娘の発言に興味を示した人がいました。なんとイーリス様です。
「今まで何人も『自称天才』という人に会ってきたけれど、貴女はその中の誰よりも賢いわ。本当に、数学が不得意なの?」
「はい。」
「なぜ自分が数学を不得意だと思うの?」
「未知の生命体が現れた時、交流できるかもと言われているのは、音楽家、舞踏家、数学者だそうです。でも、私には未知の生命体との交流はできません。」
イーリス様が吹き出されました。その後、お腹を抱えて笑っています。
「まあ、イーリスが声をたてて笑っているところを初めて見た。やっぱりレベッカ嬢は天才だわ。」
とフリードリア様が言われました。私は内心汗ダラダラです。貴族は会話をする時婉曲に、わかりづらい表現で話をするものですが、この子の話し方は『貴族的』というのとは違うような気がします。
お願いだから、ユリアにコルネ。「さすがベッキー様!」という表情でこの子を見ないで!
そこに
「奥様。」
と言って、侍女がフリードリア様に耳打ちしました。
「ああ、おこしになられたのね。こちらにお呼びして。」
どうやら、最後の席に座る方が来られたようです。後ろに控えていた方々から、がっかり、という気配を感じました。
やがて、侍女に連れられて一人の女性が現れました。