軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初めて聞く単語

3人を迎えに行ってくれたのはデリクだが、今はレントも一緒だった。

その2人の間に、10歳くらいの金髪の男の子が挟まれている。

誰だろうと思って、じーっと見ていると

「息子のハーラルトと申します。」

とドロテーアが、私とお母様に言った。突然の息子の登場に私は驚いたが、お母様は息子も一緒に来るかもしれない、という報告をデリクから受けていたようである。

「ドロテーア夫人の夫は、正真正銘のクズです。」

とデリクはお母様に報告したそうだ。

「ドロテーア夫人は立派な人ですが、息子が父親の側にいる限り、夫と手を切る事は難しいでしょう。息子恋しさに、夫の元に戻り、寄生虫のような夫が侯爵家に干渉してくる可能性もあります。」

それは困る。

ドロテーアに完全に夫との繋がりを断たせるか、ドロテーアを受け入れないかの選択はどちらかだ。

しかし、コルネリアが虐待のトラウマを乗り越えるのにドロテーアは必要な人間だ。

ならば、息子を父親から引き離したいが。

「ドロテーアの息子は、母親に捨てられたと誤解しているのよね。」

「それは昔の事です。今はもう分別のつく年頃で事実をちゃんと理解しています。父親は全く家に金を入れず、祖母も父親の妹のところに行ってしまったので、街の酒場で皿洗いの仕事をする代わりに食べ物をもらっています。酒場では酔った大人達が父親の事を『あいつは、うまくやったよなあ。母ちゃんが美人だから高く売れて羨ましいぜ。』とか『うちの母ちゃんじゃあ銅貨1枚にもならねえもんな。俺も高く売れる女をヨメにするべきだった。』とか言うのを聞いているんです。更に、もっとひどい酔っ払いになると『次に売られるのは、おまえだぞ。王都じゃあなあ、花街で客をとる男もいっぱいいるんだ。おめえ母ちゃんに似て、可愛い顔してるから高く売れるぞお。』と同義のセリフをもっと卑猥でえげつない表現で言うのです。酒場で情報収集していた時にこの耳で直接聞きました。」

「娘が聞いたら、机を叩き割って怒りそう。時期をみて私から話しますので、娘の耳には入れないで。」

という会話が、お母様とデリクの間で交わされていた事を後日知った。

お母様は、アリーセとロミルダには、大学の寄宿舎で働いてもらいたいと言った。

エーレンフロイト領では、優秀な子供に奨学金を出して、王都の大学に通わせている。自力で生活費をまかない大学に来る若者もいる。そういう人達が家賃が高かったり、家賃が安い代わりに治安が悪い所に住まなくても良いよう、エーレンフロイト領民専用の寄宿舎を大学の側に建てたのだ。

日本でいうところの『県人寮』みたいなもんだ。

作った当初は、学生が少なかったが、昨今は大学に進学するエーレンフロイト領民も増えて、寄宿舎は人手不足だったという。

なので、2人には住み込みでそこで働いてもらう事になった。

そしてドロテーアは、コルネリアの侍女兼家庭教師である。

お母様は、コルネリアをアカデミーに通わせるつもりなのだ。

「あなたがアカデミーに行って、家からいなくなったらコルネも心細いでしょう。」

ただ、コルネリアは今までろくな教育を受けていない。貴族のマナーどころか、人としての常識もよく知らない。

なので、人生経験豊富なドロテーアが、コルネリアの側に付いてあげるようにとの事なのだった。

「ハーラルトは、俺らが面倒見ますよ。マルテさんも、見ると言っていますし。屋根裏部屋が一室空いているので、そこで暮らさせます。まあ、面倒見るっつーても、俺らよりよっぽどしっかりしてますけどね。」

とデリクは言った。

ハーラルトは、いかにも切ったばかりという感じのぱっつんとした髪をしていて、ほのかに石鹸の香りがした。

母親と一緒に王都へ行く、と言ったハーラルトだったが、とても貴族の前に連れて行けるレベルではないくらい汚れていたので、一回マルテの家へ連れて行き風呂に入らせたのだという。公衆浴場に連れて行かなかったのは、入場拒否されそうなくらい汚れていたからだそうだ。今着ている服は、マルテの息子が子供時代に着ていた服らしい。

一回、マルテの家へ寄ったので、そこからレントも合流したようだ。コルネリアの様子をきっと確認したかったのだろう。

レントは、ドロテーアに泣きながら抱きついているコルネリアを、目に焼き付けるようにじっと見ていた。

私は、すすすっとレントの側に寄った。

「私、レントさんに言いたい事があったの。」

私は軽く頭を下げた。

「イーゼル、壊しちゃってごめんね。修理に行くはずだったのに。」

「かまいませんよ。」

とレントは言った。

「私もご令嬢に言っておきたい事があったんです。」

「何?」

「どうか、アウグスティアンにお気をつけください。」

その単語を聞いたのは、その時が初めてだった。

王城特区の本邸へ帰る途中、馬車の中で私はついさっき聞いた『アウグスティアン』という言葉について考えていた。

恐らくは、『紅蓮の魔女』の愛人だったアウグスト・フォン・エーレンフロイトに関係のある言葉なのだろう。だから、お母様には聞きにくかった。

アーベラなら知っているかな?私はそう思って、馬車の外で馬に乗っているアーベラに視線を移した。

アーベラは、私の家出が終わった3日後、騎士団長と一緒に領地からやって来た。

「お嬢様ー。心配しましたよ。もう!」

口調は怒っていたが、泣きそうな顔をアーベラはしていた。

その後ろで、騎士団長はガチ切れだった。自分の息子と甥に対して。

私とビルギットの口添えが関係しているのかどうかは不明だが、男2人は一応殺されずに済んだ。その代わり、領地に戻ったら死ぬ寸前までしごかれる事になった。女性に対する差別意識を更に拗らせないでくれたらいいなあ、と願わずにはいられない。

その後アーベラが、私の護衛騎士に復帰する事になった。今度から私の護衛騎士は、私の枕元で交代で不寝番をするのだ。なので、護衛騎士は全員女性になったが、女性の騎士は少ないのでアーベラが復帰したのである。

ジークがいてくれたら、『アウグスティアン』についてジークに聞いたのにな。と思うけど、もうジークはうちにはいない。裁判をやっている間に9月になってしまいアカデミーが再開したので、コンラートと一緒にアカデミーに戻ったのだ。私は、裁判が終わるまで用心の為家から出るな、と言われていて、アカデミーに戻れずにいたのである。お母様は、ユリアにはアカデミーに戻っていいと言ったのだが「ベッキー様と一緒に戻ります。」と言ってユリアは戻らなかった。なんかユリアは、私にベッタリのコルネリアに対抗心があるみたいで、コルネリアに対する態度が少し冷たい。

私としては、2人に仲良くしてほしいと思っているので、どうにかならないかな?と、アカデミーに帰って行くジークに相談したのだが

「それは、犬と猿に仲良くしろ、というくらい無理だろ。」

と言われた。

いったい、何故?

どっちがどっち?

と思った私は、桃太郎と雉は偉大だったのだな。と昔話の英雄と鳥に思いを馳せた。

「来週からアカデミーに戻りなさい。」

と同じ馬車に乗っていたお母様が言った。

そして、私の夏休みは終了した。