作品タイトル不明
ローテンベルガー家の悲劇(1)
デリクは、「ん?」と言って首を傾げた後
「知らないのか?かなり有名な事件だし、エーレンフロイトの事件より最近だけどな。」
と言った。
「まあでも、まだフミコは生まれてなかったか。それに、エーレンフロイトの事件と違って王族がガッツリ絡んでいるからな。周囲も噂しにくかったかもな。」
「事件って、何があったの?」
「当主である公爵が、無実の罪を着せられて自殺に追い込まれたんだ。」
「無実の罪って、どんな罪?」
「偽金作りだ。」
一瞬、呼吸が止まった。
『偽金作り』と言えば、経済の根幹を揺り動かす大罪だ。地球の歴史でも、わりと近代まで犯人は死刑にされていた。しかもヨーロッパでも日本でさえ、酷刑死にされていたはずだ。
無論ヒンガリーラントでも、『偽金作り』は大罪である。21世紀の日本で最悪の犯罪は殺人だったが、ヒンガリーラントで、というより西大陸全体で、偽金作りは殺人を超える罪に問われる。これより重い罪とされるのは事実上、反逆罪だけだろう。
つまり。
ローテンベルガー家の当主は『紅蓮の魔女』より重い罪を犯した、という濡れ衣を着せられたという事だ。
「なんで、そんな事に?」
「王族の権力争いが原因だ。当主である公爵の妹は先代の国王の側妃で、第一王子の母親だった。今の王様は、王妃の子供だが第二王子だったんだ。」
デリクはそう言って、ローテンベルガー家の悲劇について語り始めた。
今から四半世紀前。
王室ではまだ誰が王太子になるかが決まっておらず、国内の大貴族の娘が生んだ第一王子と、外国から嫁いで来た王妃の生んだ第二王子がその座を争っていた。
国内の貴族達の大部分は、第一王子の方を支持していた。なので、外国人の王妃は、ローテンベルガー家と不仲だったディッセンドルフ公爵家の娘を息子と結婚させ、ディッセンドルフ家の支持を得た。
ところが、意外な形で王座を巡る戦いは終了する。
王都で、はしかが大流行し、第一王子が感染して死亡したのである。
そうして、不戦勝で第二王子が王太子の地位を得た。他の王子達は皆、生母の身分が低く第二王子とは勝負にならなかった。
「アーレントミュラー公爵以外にも、王様は弟がいらっしゃるの?」
と私は聞いた。アーレントミュラー公爵は、フィリックスの父親だ。
「何人かいたが、外国のお姫様と結婚して国を出て行ったり、早くに亡くなったりで、今も国内にいらっしゃるのはアーレントミュラー公爵だけだな。」
そうして、平和的に継承問題に片がついたように見えた。しかし、その後大問題が起こる。王太子は、ローテンベルガー公爵の孫娘に一目惚れをしたのである。
王太子は、その女性オリーヴィアを自分の側妃にしようとした。
王妃は激怒した。
自分と散々寵愛を争った、憎い女の血族を愛する息子が妻にしようとしているのだ。
ディッセンドルフ公爵家の人々も焦った。王太子の寵愛を得た女が男子を生み、自分の娘に生まれなかったらせっかく手にした権力を失ってしまう。
そんな時、西大陸最大の王国ゴールドワルドラントで『偽金事件』が起きた。西大陸の中央に位置する大国の通貨には、他国においても資産としての価値がある。それが信用を失った事で西大陸全体の経済が大混乱に陥った。
王妃とディッセンドルフ家はそれを悪用した。
その事件の裏にローテンベルガー家もいると濡れ衣を着せたのだ。複数の銀行を所有しているディッセンドルフ家だからこそ、簡単に罪を捏造できた。
そして、当時の王様は時間をかけて真実を究明するより、手っ取り早く問題を終わらせる事を選んだ。
ローテンベルガー家の当主と成人している跡取りが責任をとって自死するなら、幼い孫息子に爵位と領地を継承させると約束したのだ。
そしてローテンベルガー家は、その条件を抵抗する事なく受け入れた。
それが『ローテンベルガーは家畜のようにおとなしい』と言われる所以である。
・・・ひどい。と思った。そして思った。
我が家に同じ事が起こったら、私達はどうするだろう?
もしも、お父様に死ね、という命令が出たら。
籠城するとか、亡命するとか、とにかく何とか助かる方法をきっと私は考える。
じゃあ、私に死ね、という命令が出たら?そうしたら、家族と家臣と領民は助けてやる。と言われたら?
私はどうする?家族や家臣達はどう反応する?
「それって本当に冤罪だったの?・・その、本当はローテンベルガー家が悪い事してたって、可能性は?」
「今の国王が即位してすぐ、事件の再調査がなされて、正式にローテンベルガー家は偽金作りとは無縁だったと公式発表がされて、ローテンベルガー家の名誉は回復された。」
「・・・。」
本当にひどい。後から名誉が回復したって死んだ人達は帰って来ない。
権力欲や嫉妬から、無実の人間を陥れた人達は本当にひどい。そんな人達を守ろうともせず、率先して死に追いやった先代の国王もひどい。
それに、口に出して言う事はできないけれど、当時王太子だった今の王様もひどいと思う。
もう、今の王妃様と結婚してたんでしょ。母親が、ローテンベルガー家を嫌っているってわかってたんでしょう。なのに、オリーヴィアという人とも結婚したら、ひどい事になるってわかるはずではないか⁉︎不幸になるって分かっていても、純愛を貫いたのは愛なんかではない。単なるエゴだ。
少なくともこの問題に関して、王様は被害者ではない!
「そういえば、オリーヴィア様ってお姫様は、どうなったの?」
「罪人の一族という事で、自領に幽閉という事になったが、自分のせいで伯父と祖父が死んだという罪の意識から逃れられず、ほぼ同じ時期に自殺したらしい。」
・・・。
その気持ちは分かるなあ。
私も過去世で、弟とお母様が亡くなった事でずっと自分を責めていたから。
「名誉が回復されたと言っても、なんかあんまり噂とかで聞かない一族だけど、その後ローテンベルガー家の人はどうしてるの?」
「ずっと領地に引きこもって暮らしているという話だ。幼い新公爵の姉であるテレージア姫も事件の直後、婚約者だったエーレンフロイト小侯爵との婚約を王家から破棄するよう命じられて、その後ずっと領地で暮らしている。」
・・・。
今『えーれんふろいとしょーこーしゃく』って言いました?
えっ⁉︎20うん年前の小侯爵って言ったら、お父様じゃん!
「えーっ!・・レンフロイト家の後継者と婚約してたの?」
「当主同士が友人だったらしいな。エーレンフロイト家もいろいろあって、立て直しに苦労していた時期だ。それにローテンベルガー公爵は協力していたのだろう。」
「・・でも、ローテンベルガー家の方が事件に巻き込まれたら、エーレンフロイト家は逃げた。」
「逃げた・・って、おまえな。貴族の結婚は平民の結婚とは違う。結婚するのも婚約するのさえ王家の許可がいる。王家が婚約の認可を取り消したらそこまでだ。もう、どうしようも無い。」
その時、お父様はどんな気持ちだったんだろう?亡くなったひいお爺様はどういう気持ちだったんだろう?
というか、うちは訳アリ一族だから、まさかお父様にお母様と結婚する前に他に結婚を考えていた人がいたなんて考えた事もなかった。
その、テレージア姫という人は今も独身なのだろうか?綺麗な人だったのだろうか?
「一目惚れされたって事は、オリーヴィア姫って人は相当綺麗な人だったんだろうね。」
だとしたら、従姉妹にあたるテレージア姫もきっと綺麗な人だったのだろう。
「まあな。ただ王様にしてみたら、彼女と結婚する事で、第一王子派だった貴族達を取り込みたいという気持ちがあったみたいだ。」
それにしては、やり方が強引過ぎる。むしろ、逆効果になってしまったのでは、と思う。
「今の第二王子のルートヴィッヒ殿下がいるだろう。」
と、突然デリクが言い出した。
「・・い、いるけど、それが何か?」
「彼の母親であるステファニー妃は、ローテンベルガー家とは何の関係も無いらしいけど、顔がそっくりらしいぞ。亡くなったオリーヴィア姫と。それで後宮に召し上げられたんだ。」
ええーっ!源氏物語かよっ。
「ステファニー妃は、田舎の下級貴族の生まれでな。だけど、本が好きで頭が良かった。実家は貧乏だったから、どこかで働かないといけない。それで、父親の友人が王宮図書館の司書をしていたので、そのコネで王宮図書館に司書として就職した。そして、働き出して1週間で王様に見そめられて、後宮入りして、その後男の子を生んで正式な側妃になった。」
「それは・・幸せなのかな?そういう人生は?」
「でも、女の子ってそういう筋書きの芝居好きじゃないか?」
「私は、別に・・。だって、死んだ恋人の身代わりでしょう。」
「そういう事になるな。」
「他にも愛じ・・じゃなかったあ、側妃様がいらっしゃるわけだし。後、二人いるよね。その方達はどういう方達なの?」
「第三王子の母親のテオドーラ妃は、亡くなったオリーヴィア姫の乳姉妹だったそうだ。」
なんか、また、オリーヴィア姫の名前が出てきた。
「ローテンベルガー家の家臣の娘で、王様としてはオリーヴィア姫の代わりに、第一王子派閥だった貴族を取り込む為後宮に入れたんだ。母親への嫌味ってのもあったんだろうけどなあ。」
それはまた、そんな結婚幸せですか⁉︎と聞きたくなるような結婚だ。私が自殺した後、ルートヴィッヒ王子がベティーナと結婚するようなものだよね。なんか、王様のオリーヴィア姫への執着が怖い。そこまで執着されたら、ディッセンドルフ家出身の王妃様も辛いだろうなあ。
挙句、過去世では王妃様はルートヴィッヒ王子に酷い方法で死に追いやられた。
親が悪人だからって、そんな人生勘弁してよ。と、稀代の悪女を曽祖母に持つ私は思ってしまう。
「第四王子の母親のナディヤ妃は、隣国のブラウンツヴァイクラントの更に隣にある小国の王女様だ。ブラウンツヴァイクラントが、軍事侵攻をして来たので、ブラウンツヴァイクラントを反対側から攻撃して、自分達を助けてくれと言って、莫大な財宝と一緒に送りつけてきたそうだ。」
「・・そうなんだ。となると、1番身分の高い母親を持っているのは第四王子って事?第四王子殿下が次の王様に、って事にはならないの?」
「第四王子が国内の大貴族の娘と婚約しない限りあり得ないな。王に即位する為には、国内貴族の支持も重要だから、母親が外国の王女ってのは逆に不利なんだ。そして、王太子にとって今脅威となっている異母弟は彼じゃない。国内の超大物貴族の娘と婚約した第二王子だ。」
「超大物かはともかくとして・・というか大物だろうと小物だろうと、ディッセンドルフ家を敵に回したらまた同じような目に遭わされるんじゃないの?」
「エーレンフロイト家は、大丈夫だろ。何せ野獣のような一族だから。濡れ衣を着せられても一瞬で引き裂くさ。」
んなわけあるかー!獣は獣でもせいぜいタヌキレベルなんだよ、うちは。
「第二王子は、王位を手にするのに、これ以上ない婚約者を選んだと思うぞ。」
とデリクは言った。