軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰還

ぎくうぅっ!とした顔をしてしまって、言い訳やごまかしの言葉が出てこない。

「あ・・うっ・つっ・・。」

「7月7日が危険だってわかってたから、シュヴァイツァー邸へ行かないでって頼んだのに、お父様が断ったからお父様を止めようとしたんですよね。」

「ご・ごめん。本当にごめん。まさか、あそこまで効くと思わなくて、本当にごめん!」

「エーレンフロイト家に伝わる薬か何かなのですか?」

「ううん。・・アサガオの種なの。アサガオの種を食べるとお腹をくだすと本で読んで、それで。」

「そうだったんですか。」

「本当にごめん。許せないっていうなら、私もアサガオの種食べるから。だから、許して。本当にごめんなさい。」

「どうして、謝られるんですか?お父様を守ろうとしてくださったんでしょう。海賊退治はエーレンフロイト家の極秘事項だったのだから、私達に言えなかったのは当たり前ですよね。平民の命なんて、鳥の羽のように軽いと考えている貴族や役人の方なんかいっぱいいるのに、お父様を助けてくださって、私の事も守ろうとついて来てくださったんでしょう。ありがとうございます。本当にありがとうございます。どれだけ感謝してもし尽くせません。お父様を守ってくれて。私の事も守ってくれて。ベッキー様。大好きです。」

いや、決して感謝されるような事ではない。

やっぱユリアは頭がいいな、と背中は冷や汗でダラダラだ。

「お嬢様、どうしたんですか?なんか顔色悪いですよ。」

馬を引いてきたアーベラにそう言われた。

「ははははは。」

乾いた笑いしか出てこなかった。

それから私達は、エーレンフロイト騎士団に守られながら、ブルーダーシュタットへ戻った。

レーリヒ邸へ戻ると、ユリアのお父さんも伯母さんも、使用人の皆様も半泣きの状態で駆け寄って来た。

すでに詳しい情報が、ブルーダーシュタット中を駆け巡っているという。

「良かった。本当に無事で良かった!ああ、良かった。」

また、脱水症状で倒れますよ。と言いたくなるくらい、ダニエルは泣いている。シュザンナもユリアを抱きしめて、むせび泣いていた。

「さあさあ、皆さん。お腹空いたでしょう。夕食をたくさん用意していますよ。」

とタビタが言った。

騎士団の皆が何十人もいるのに、全員食べて行ってください。と誘ってくれる。好意に素直に甘える事にした。

船で戻って来たティアナとイェルクも、レーリヒ邸へ戻って来た。監禁されていた他の2人は衰弱が激しく、ベンヤミン医師の病院にしばらく入院する事になったが、ティアナ達の方は大丈夫という事で戻って来れたのだ。丸一日絶食していた2人は「おいしい、おいしい。」と言ってウミガメのスープをパクパク食べていた。聞けば、ウミガメはエーレンフロイト領でも、わりと普通に食べられている食材らしい。

ウミガメのスープは見た目、脂ギッシュなのだが、食べてみるとあっさりした風味ですごくおいしかった。よく煮込まれた身はホロホロとしていて、上質の白身魚のようだった。

翡翠の芽キャベツは無事だったらしいが、やっぱりイヤリングの真珠は粉々になったらしい。ナータンは、ダニエルに手をついて謝っていた。

「皆の命が無事だったのだからそれで十分だ。」

ダニエルはナータンの手をとって言った。

「海賊の隠し財産が没収されたら、損害は賠償してもらえるわよ。」

とエリーゼが言っていた。

夜遅くになって、カレナとヨアヒムがレーリヒ邸へ戻って来た。疑いはまだ晴れていないらしいが、夜になったので一旦解放されたらしい。

本当は牢獄で、夜を過ごさせようと司法省の人間達はしたようだが、ヨアヒムが猛抗議をしてレーリヒ家に連れ帰って来たそうだ。

「通いの掃除婦も、海賊の一味だったのだそうです。」

そのせいで、司法省の人間のカレナに対する視線が厳しいらしい。レーリヒ邸から一歩も出ないようにと厳命されているという。

「私があんな家に、紹介状を書いてしまったばかりに辛い思いをさせたね。」

とダニエルは言った。カレナは弱々しく首を横に振った。拷問にかけられた気配は無いが、昨日アレだけ腹を壊したダニエルよりも疲れ果て衰弱して見えた。

運命の7月7日が終わろうとしている。海賊達には死者が出たが、騎士団に死者は出なかった。そして何より。ユリアのお父さんも助かった。運命をまた一つ変える事ができたのだ。

これで、レーリヒ商会が破産する事はない。だから、ユリアが私の侍女になる事もない。死亡フラグが1本ポッキリと折れたのだ。そう思うと私は嬉しくて踊りだしたいくらいの気分になった。

凶悪な海賊が一ついなくなれば、少しは治安も良くなって、出稼ぎに来た人達も仕事を見つけやすくなるだろう。それも嬉しかった。

翌日。7月8日の朝。

ぐっすり眠って疲れもすっかり取れた私が居間に行くと、すでに起きていたジークが目の前に並んでいた大量の新聞を読んでいた。

どの新聞もこの新聞も『漆黒のサソリ団』が捕まったという記事ばかりだ。真面目に取り上げてくれている記事もあるし、面白おかしく適当な事を書いている記事もある。

その中に一つ、とても許せない内容の新聞記事があった。

ヘルムス商会の息子の妻である、イザベル・ヘルムスの発言、という事だったが、シュヴァイツァーが海賊だったというのなら使用人も当然仲間だ。海賊は死刑が当然なのだから、カレナも即刻死刑にしろ!と強い論調で書いてあったのだ。

げに恐ろしきは女の嫉妬。いくら夫の元婚約者だからといって、そこまで目の敵にする⁉︎

この新聞は、ユリアやカレナの目に入らない方がいいと思って、タビタに頼み調理用ストーブで焼いてもらったが、朝食を食べ終わった頃、ロスヴィード銀行の融資係という人間がレーリヒ家にやって来た。ロスヴィード銀行はイザベル・ヘルムスの実家である。

訪問の目的は要するに貸し剥がしだ。カレナを館から追い出す事を条件に、融資をしてやったのに、またカレナを引き入れたのだから貸した金を全て返せ。それが嫌なら、カレナを即刻追い出せ。という事を高圧的な態度で言い放った。

カレナは、司法省から館から出してはならないと言われて預かっているのだ、とダニエルは説明したが、そんな事は知った事ではない。レーリヒ商会も漆黒のサソリ団とグルなのか!と大声で怒鳴りまわす。男の声があまりにも大きいので、館中の人間に声が聞こえていた。ユリアは悔しそうに唇を噛み、カレナは自殺してしまいそうな表情で俯いていた。

どうして、こんなひどい仕打ちがこの男もイザベルという女もできるのか?カレナは、まだ10代の少女なのだ。親も兄弟もいない孤児で、それでも健気に一生懸命働いて真面目に生きている。昨日殺されかけた彼女に同情もせず、追い出してしまえ!死刑にしろ‼︎って、地球の魔女狩りかよ!

許せない!

そう思って私は、応接室へ飛び込んだ。

「誰だ、お前は!話し中に無礼なガキだ・な・・。」

声が尻すぼみなのは、アーベラとヨアヒムも一緒に入って来たからだ。2人とも革鎧を付け帯剣している。2人が騎士である事は一目見てわかったはずだ。

「発言の許可はしていない!お嬢様への無礼、舌を切り取られたいのか!」

とヨアヒムが凄んだ。

ダニエルが、手を胸に当て頭を下げる。

「侯爵令嬢レベッカ・フォン・エーレンフロイト様でございます。申し訳ありません。エマヌエル氏の無礼な発言、ブルーダーシュタットの市民としてお詫び致します。」

ダニエルの発言の前半はエマヌエルという野郎に、後半は私に向けてのものだ。

「こ・・これはエーレンフロイト様。」

エマヌエルという男は急に揉み手を始めた。相手によってコロッと態度を変える姿に吐き気がした。

「お金の事で揉めているようですね。レーリヒ商会は、将来性のある立派な商会です。もしも、銀行が私の意見が間違っていると主張するなら、エーレンフロイト家が代わりに融資しましょう。エーレンフロイト家がレーリヒ家の立場を保証します。」

実際のところ、今現在レーリヒ家は金には全く困っていないはずだ。真珠を失ったのは痛手だろうけれど、エリーゼが言うように、海賊の財産を差し押さえた中から保証されるはずである。銀行との立場が悪化したら困るのは、銀行のバックに公爵家がいるからだ。その威光をかさにきて、レーリヒ家をブルーダーシュタット内で村八分にする事が銀行にはできるので、銀行の機嫌を損ねられないのである。

だからこそ、レーリヒ家のバックにも貴族がいるのだ!と宣言してやったのである。

「それと、我が領内で捕えられた『漆黒のサソリ団』ですが、侍女のカレナは海賊とは無関係であると、エーレンフロイト家の取り調べで確定しました。それに異を唱えると言う事はエーレンフロイト家の判断が間違っていると言っていると言う事です。それを理解したうえで発言をしているのだと解釈して良いですね。」

「い・いえ、その。」

「罪の無い人間を死刑に処す事は殺人行為です。何の罪も無いカレナを死刑に処せという発言は、殺人未遂行為であり、ヒンガリーラントの法では重罪である事も理解していますか?殺人未遂罪、侯爵家に対する誹謗中傷罪に問われる覚悟をしたうえで、今レーリヒ氏と会談をしておられるのですね!」

「誤解です、姫様。決してそのような。どうか、お怒りにならないでください。我がロスヴィード銀行は、ディッセンドルフ公爵家に連なる銀行でして、ですから、そのような法を犯すなど。エーレンフロイト様にしてもディッセンドルフ家との関係を荒立てるのは・・。」

「それは、ディッセンドルフ家はエーレンフロイト家と領地戦をする覚悟があるという意味ですか?」

エマヌエルの顔色が真っ青になった。

第一王子の母親の実家であるディッセンドルフ家と、第二王子の婚約者である私の家エーレンフロイト家が領地戦をするという事は、事実上国を真っ二つに分ける内戦をする事だ。王座を巡ってというのならともかく、ただ単に田舎の支店が騒いでいるからというだけの理由でディッセンドルフ家が領地戦に応じるわけがない。ブルーダーシュタット支店の関係者の首を抽象的にも物理的にも切ってケリをつけるだけだろう。

「ブルーダーシュタットでは、ローテンベルガーの人間は家畜のようにおとなしく、エーレンフロイトの人間は野の獣のように猛々しい、というのだそうですね。」

と私は言った。

「・・・。」

「事実なので反論する気はありません。エーレンフロイトは、決して侮辱と不公正を容認しません。それでは、さあ、会談をお続けになってください。側で聞かせてもらいます。さあ、どうぞ。」

「い、いえいえ・・私はこれで。」

エマヌエルは慌てて立ち上がり、よろめきながら部屋を出て行った。

思わず、日本人としての記憶がよみがえって

「塩撒いて、塩!」

と言いそうになったが、ヒンガリーラントにそういう習慣があるかどうかわからない。私は

「ふんっ!」

と言って、部屋を出て行った。部屋の外にいたカレナは、ボロボロと泣いていた。

「お嬢様は、私が無実だって信じてくださるのですね。」

「信じるよ。私は、カレナが無実だって信じてるユリアを信じているから。」

「ベッキー様あ。」

ユリアまで声をあげて泣き出した。

私は昨日の夜、ぐーすか寝てたけど、ユリアもカレナもきっと不安で不安でたまらなかったのだろうな。

こういう時の、ココロの傷を癒す方法は一つしかない。

「おいしい物を作って食べよう。」

と、私は言った。