軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悲劇の後

「ダメだよ、絶対ダメ。ユリアはまだ子供なんだよ。それなのに!」

「そうです。ユリアーナ様は旦那様のただ一人のお子様です。旦那様の代理ができるのはユリアーナ様以外いません。」

「そんな!もし、ユリアがペストを運ぶモモンガのように、病気をシュヴァイツァーさんちに持ち込んだらどうすんの?ヒンガリーラントの法律では、悪意を持って伝染病を広めた人は最悪死刑になっちゃうんだよ。」

「その法律で実際に死刑にされた人はいません。」

「それはただ単に、死刑が執行される前に加害者が伝染病で死んでるからでしょうが!とにかくダメーっ!」

「ベッキー様。」

ユリアは私の方を振り返って言った。

「お客様であるベッキー様達を置いて、1日家をあける事をお許しください。でも、明日の商談は本当に大切な物なのです。」

「どう大切なの?シュヴァイツァーって人はそんなにも偉い人なわけ?機嫌を損ねたら海賊みたいに皆殺しにしてくるの!家の主人である、ユリアのお父さんがこんな状況なのに、レーリヒ商会にとってはシュヴァイツァーって人の方が大切なわけ⁉︎」

「ベッキー様。明日の取引はレーリヒ商会の社運がかかっているのです。失敗すれば、商会は潰れてしまうかもしれません。そうすれば、商会の皆が路頭に迷うのです。」

「・・どういう取引か聞いてもいい?」

一応我が家は、侯爵家だ。事情を聞けば何か協力できる事もあるかもしれない。

「はい。」

「私達も聞いていい?」

いつの間にか、エリーゼとジークが後ろに立っていた。

「はい、どうぞ。」

私達は、書斎のような部屋でユリアの話を聞く事になった。

「シュヴァイツァー様は北大陸にあるレオデキアという国の貴族です。先代は、常勝将軍とも呼ばれた有名な軍人でレオデキアでは英雄と呼ばれて尊敬されています。気難しい性格の方だったようですが、軍人を引退した後も、彼に会いたいと希望する方があまりにも多くて、それで人間関係をリセットする為に、西大陸に渡って来られたそうです。移住先にエーレンフロイト領を選ばれたのは、当時のエーレンフロイト領の市民権が非常に安く、その為に移住者が多くて、余所者があまり注目をされない環境だったからだそうです。実際、エーレンフロイト領に移り住む前に一年ほど住んだ土地は、景色こそ美しいものの、非常に排他的な地域性で、余所者を受けつけない土地柄だったそうです。」

うちの領地はモロモロの事情から、市民権代を銅貨1枚にしていた時期がある。きっと、その頃の話なのだろう。

「その先代は2年前に亡くなられ、館は1人息子である現在の当主が引き継がれました。そして明日が、そのご当主の結婚10周年の記念日なのです。シュヴァイツァー様が希望されている商品は2点。ご当主が希望しておられるのは、最高級の真珠のアクセサリーです。それを奥様にプレゼントしたいのだそうです。そして奥様が希望しておられるのは、ご自分の瞳の色と同じ緑色の宝石です。それをご主人に贈りたいのだそうです。そして、ご夫婦は、明日3つの商会を御自宅に呼んでおられます。そして、最も素晴らしい宝石を用意した商会の物だけを買うと宣言しておられるのです。」

「買ってもらえるのは一つの商会だけで、後の二つは買ってもらえないって事。」

「はい、そうです。そのうえ、シュヴァイツァー様は子供がいらっしゃらないので、この度親戚から養子をとられるのだそうですが。そのご養子の為に別館を庭に建設されるのだそうです。その別館の内装や家具などのプロデュースを、最も良い商品を提供した商会に任せてくれるとおっしゃっているのです。」

「それは大きな仕事だね。」

とジーク言った。ジークがそう言うって事は、きっとほんとに大きな仕事なんだろう。

別館云々の話を聞く前は「その宝石、うちが買ったげる。だから、シュヴァイツァー邸へは行かないで!」と、言ってみようかと思っていた。でも、商売のレベルが大きすぎて口が挟めない。

「レオデキアねえ。聞いた事ない国だなあ。」

というくらいのセリフしか出て来なかった。

「内戦状態で鎖国をしている国よ。きっとシュヴァイツァー氏は内戦が始まる前に国を出られたのね。地下資源の豊富な国だと聞いているから、内戦をやめればずいぶんと豊かな国になるはずだけど。」

とエリーゼが言った。

「そうなんです。アルト同盟に参加している商会は皆、内戦終結後の商売を期待しています。その為にもレオデキアの貴族であるシュヴァイツァー氏との繋がりは大切なんです。何せシュヴァイツァー氏は、国からの褒賞でダイヤモンド鉱山を下賜されていますから。」

なるほど。お金持っていそうな貴族だ。

「シュヴァイツァー氏は内戦とは関係ないわけ?将軍の息子なんでしょう。内戦で、どっちが勝つかとかで状況は変わらないの?」

と私は聞いた。

「現在のご当主は天文学者なんです。お父上は、一人息子を軍人にしたかったのに学者になってしまったので、とても怒って縁を切ったのだそうです。それでも一人息子ですから、財産は結局ご子息が相続したんです。政治的な事は私にはよくわかりませんけれど。」

「・・・ふーん。」

とにかく。シュヴァイツァー氏とやらは高価な宝石を時価で買えるほどの大金持ちだ。その大金持ちの家に明日、3つの商会が最高級の真珠と緑色の宝石を持って行く。海賊にしてみれば、カモがネギとナベを持って集まって来るようなものだろう。

ユリアのお父さんをその場に行かせまいと思って行動した結果、ユリアがそこへ行く事になるなんて!

いったいどうすればいいの?ユリアとお父さんの秘書にも下剤を盛るべきか?

悩んだ末に私はユリアに言った。

「ユリア、お願い。私もその商談に連れて行って。」

「ベッキー様。」

「ユリアが心配なの。そんな高価な宝石を持って遠出するなんて、もしも海賊にでも襲われでもしたら。ユリアと離れていたくないの。」

「嬉しいです。ベッキー様。私、不安だったんです。私は女だし、子供だし、きっとみんなから侮られる。けれど、エーレンフロイト領の領主の娘であるベッキー様が一緒にいてくださったら、誰も私を馬鹿にしたりできません。すごく嬉しい。」

お父様とお母様に絶対にラーエル地区に近づくな!と言われていた事を思い出して、さすがにマズイよなー、と一応思う。

だけど、ユリアが海賊に襲われる事がわかっていて見殺しにはできない。私が、ユリアのお父さんに毒をもらなければユリアがシュヴァイツァー邸へ行く事はなかったんだ。ならば、私にはユリアを守る義務がある。

私は恐る恐る、背後に控えるアーベラを見た。何て言って説得しよう。きっとものすごく反対してくるはずだ。

アーベラは、ジロッと私を睨んだ後

「お嬢様、明日の準備の為に部屋へ戻りましょう。」

と言った。

部屋へ戻る廊下の途中

「反対しても、私は行くからね。」

と私はアーベラに言った。

「わかりました。」

「・・反対しないの?」

「したら、行くのをやめられるのですか?」

「ううん、やめない。」

「ならば、反対は致しません。ネズミの丸焼きやアワビの肝を食べるのをやめるよう言ったのは、反対すればお嬢様が聞き入れてくれるかもしれない、と思ったからです。絶対やめるわけがない事を反対するのは時間と労力の無駄です。たいした知り合いでもない、孤児院の子供達を守る為に、あれほど力を尽くしたお嬢様が、1番の友人を見捨てるわけがない事は理解しております。」

「アーベラ・・。」

「ただし、絶対私の側を離れないと約束してください。お願いします。」

「わかった。アーベラがトイレに行く時も離れないよ。」

「トイレに行く時と私が海賊に殺された時は離れてください。」

開け放たれた窓から、甘い匂いが漂ってくる。タビタの作っているバウムクーヘンが、そろそろ完成するのだろう。

海賊に殺されてしまったら、もう2度とおいしい物を食べる事ができなくなってしまう。

私もユリアもアーベラも、絶対無事に帰って来るんだ。心の中でそう固く誓った。