軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

只今、悲劇真っ最中

作り方のコツを忘れないうちに、自分でも作ってみたいとタビタが言い出したので、麺棒の買取をしなくてすんだ。

おいしく作るコツとして、メレンゲはガッツリと泡立てる事、ボウルに水滴や油が付いていたり、ほんのちょっとでも卵黄が混ざると泡立たなくなるので気をつける事、砂糖は最初から入れず少し泡立ってから、何回かに分けて入れる事、泡立てすぎると分離してボソボソになり、元に戻らないので逆さにしても落ちないくらいの状態になったらやめる事、粉を入れた後は、メレンゲの泡を極力潰さないようさっくりと混ぜる事、などを伝えた。

「レモンがうちの領地の名産品なので、レモン果汁を入れたけど無くても別にかまいませんよ。大人が食べるのだったら、お酒とか入れてもいいかも。」

話しているうちにユリアが紅茶を淹れてくれて、私とエリーゼ、ユリア、シュザンナの4人は椅子に座ってナイフとフォークでバウムクーヘンを食べた。自分で自分を褒めてあげたいくらいおいしかった。

しかし、悲劇は着々と迫ってきている。私達がバウムクーヘンを食べ終わった頃、ふらふらとよろけながらユリアのお父さんが食堂を出て行った。

その後、使用人さん達がなんかバタバタし始めた。

30分も経った頃、執事が

「お嬢様ちょっと・・・。」

と、ユリアを呼びに来た。

「・・何かあったのかな?」

と私は呟いてみたけど、エリーゼもジークもあまり気にしてないようだった。

気になるけれど、あまりソワソワしていると犯人だと自白するようなものである。必死になって冷静さを装ってみたが、不安で指先が震えそうだった。座っている事ができず

「わー、おいしそう。」

と言って、バウムクーヘンを作っているタビタの側を歩いてみたり、無意味に台所を歩き回ったりしてみた。

「シュザンナ様、ちょっと来て頂けないでしょうか?」

と執事がシュザンナを呼びに来た。

「まあ、何を言っているの!お客様方を置いて席を外せるわけがないでしょう。だいたい、ユリアはどこへ行ったの?お客様方に失礼な・・。」

「あの・・何かあったんですか?」

私は聞いてみた。

執事は、ためらうような表情をしたが

「実は、その・・旦那様が少し体調を悪くされまして。」

と言った。

「何ですって!何か、伝染性の病気ではないのでしょうね‼︎もしもご令嬢方の身に何かあったら。」

「その・・すでに医師はお呼びしましたので。」

「体調が悪いって、どこがどう悪いの⁉︎」

「その・・少しお腹の調子が。」

「医者を呼ばないといけないくらい悪いのかい?」

ジークが口をはさんだ。

「わ・・私のせいかも。私が作ったお菓子を食べたから。」

と言ってみましたが。

間違いなく私のせいです。その確率は100%です。

「そんなはずありません。私がちゃんと毒味をしたのですから。実際、お嬢様も、他の皆様も何の異変もないではありませんか。」

とアーベラが言ってくれる。

「そうだよねえ。怪しいとしたらむしろお皿じゃないのか。もしかしたら、お父上が食べた菓子をのせた皿の上で、ドブネズミがお昼寝をしておもらしまでしたのかもしれない。」

「すぐに全ての皿を熱湯消毒致します!」

ジークのセリフに執事が秒で反応をした。

「私、ユリアの様子を見て来ます!」

と言って私は食堂を飛び出した。ジークとアーベラがついて来てくれた。

ユリアは、お父さんの部屋の前の廊下にいた。お父さんの部屋にはひっきりなしに使用人さん達が出入りしている。

「ユリア!」

「ベッキー様・・。」

ユリアの顔は真っ青でユリアの方が病人のようだ。

「お父上の様子はどうなの?」

とジークが聞いた。

「お腹壊したって、どっち?上に、下に?」

「両方です。」

「それは、脱水が怖いね。水分はとれてる?」

「・・いえ。水も薬も全部吐いてしまって。」

「原因が何かわかるかい?それによって必要な薬が変わるから。」

「わかりません。お父様はおとといからずっと家にいらっしゃるんです。食べた物も全部私達と同じです。それなのに、どうして突然・・。」

「変な物を食べたわけでないのなら、細菌か病原性大腸菌とかかもしれないな。それが手に付着して、手づかみで菓子を食べた事で体内に入りこんだのかもしれない。」

ジークの冷静な分析を聞くのが辛い。刑事ドラマに出てくる犯人って、刑事に何を聞かれてもしれっと、しているのだからほんと心が強いと思う。私は殺人を犯したわけでもないのに、心臓がバクバク言って倒れ込みそうだ。

「吐くのは辛いと思うけど、水分をとらないと。脱水はどれくらい進んでる?皮膚を指でつまんで、元の状態に戻らなかったら、脱水がかなり進んでるって事だよ。」

私がユリアに聞くと

「わかりません。でも、もう肌は乾燥してカラカラで・・。」

ポロポロと涙をこぼしながらユリアは言った。

「経口補水液を作ろう。それで、水分を補給するのよ。」

「けいこう・・何ですか?」

「経口補水液。コレラにだって効くと言われる水よ。」

「コレラ!」

その単語に、周囲の使用人さん達がドッと引いた。

感染力の強さと死亡率の高さでいえば、ペストやエボラ出血熱に匹敵する伝染病である。皆が恐怖で怯んだのも当然だろう。

「腹痛や発熱はある?あるならコレラじゃないよ。コレラはむしろ低体温になるんだ。」

とジークが言った。

「発熱はわからないけど、腹痛はひどいみたいです。」

「だったらユリア、コレラではない。安心して。」

「はい。あの、経口なんとか液って、どこで手に入るのでしょうか?お金ならいくらかかってもかまいません。それが欲しいです。」

「経口補水液の作り方は、煮沸した水が1リットルに塩3グラム砂糖40グラムとレモン汁を少しを混ぜるのよ。」

流れるように数字が出てきたのは、私が最初からユリアのお父さんに下剤を盛る気まんまんだったからだ。治療の為にちゃんと調べておいたのである。

「汗や排泄物に塩分が混ざっているから、塩ってのはわかるけど、ずいぶん砂糖を入れるんだな。」

とジークが言う。

「砂糖を入れると、腸からの水分の吸収率が上がるのよ。水を飲んでも体に吸収されなかったら結局みんな体外に出てしまうから。ユリア、私が持って来た砂糖とレモン全部あげるから、大急ぎで水を煮沸して人肌の温度まで冷まして。」

この為に王都から持って来た砂糖とレモンである。バウムクーヘンを作るのに使いすぎてしまった事が悔やまれた。

ユリアが台所へ向けて駆け出して行った。入れ代わりにエリーゼとシュザンナがやって来た。説明はジークに任せ、私とアーベラはユリアを追った。

15分後、私達は経口補水液を持って戻って来た。ユリアが部屋へ入って行くが、使用人達は誰もついて入ろうとしない。私の『コレラ』発言にみんな震えあがってしまったようだ。

まあ、そうだよね。コレラは怖いよね。

日本の歴史上最強の囲碁棋士とも言われ、人格者でもあった本因坊秀策は、周囲の静止も聞かずコレラ患者の治療に奔走し、自らもコレラに感染し死亡してしまったという。

だけど私は、ユリアのお父さんはコレラじゃないってわかっているから、ユリアと一緒に部屋の中に入った。

「いけません、お嬢様!お嬢様の身に何かあったら。」

と言ってアーベラが私の腕をつかみ、部屋から出そうとする。

私は思いっきり、偉大な先祖の威光をカサに来た。

「私は『聖女エリカ』の血を引く子孫よ!苦しんでいる病人が目の前にいるのに、自分可愛さに逃げたりなんかできないわ!」

「ベッキー様。」

と言ってユリアが泣き崩れた。この状況を作り出したのは私なのに、こんな偉そうな事を言ってしまって、良心にサボテンがブッ刺さったかのように良心が痛んだ。

ベッドに横になっているダニエルは、1時間前より20歳くらい老けて見えた。カラカラに干からびた唇が何かの言葉を発するように動いたがよく聞こえなかった。

「お父様、お水よ、飲んで。」

だけど、グッタリとしているダニエルは起き上がる事ができないようだ。そして、彼の体を起こすのを手伝おうとする使用人もいない。

「アーベラ、お店の野菜植えてたブースに行って空芯菜を1本持って来て。」

「なぜですか?」

「空芯菜は、その名の通り芯が空洞になっている野菜なの。それを使えば、横になった状態でもコップの水が飲めるから。」

21世紀の日本で『脱プラスチック社会』が叫ばれ出した頃、プラスチックストローの代用品として様々な物が利用された。そのうちの一つが野菜の空芯菜だ。紙製のストローほどの市民権は得なかったが、十分ストローの代わりになる。

「しかし、私はお嬢様のお側を離れるわけにはまいりません。」

そういう事を言っている場合か!と私が叫ぶより早くユリアが

「誰か!空芯菜を持って来て。」

と廊下に向かって叫んだ。何人かの人間が走り出す音が聞こえた。

空芯菜が10本くらい運ばれて来たので、私はそのうちの1本をグラスに入れ端の方をダニエルにくわえさせた。

喉が渇いていたのだろう。ダニエルは、ぐびぐびと勢いよく経口補水液を飲んだ。

「おいしいですか?この水を『おいしい』と感じたら、体が脱水を起こしている証拠です。」

ダニエルはうなずき、さっきよりもしっかりした声で

「おいしい。」

と言った。私は水差しの水をコップに移した。そしてまた、空芯菜をくわえてもらった。

「お医者様が来たわ。」

と、シュザンナの声がした。

「お嬢様、一度出ましょう。お医者に判断していただく事が大切です。」

とアーベラに言われた。

「うん。」

と言って私とユリアは部屋の外へ出た。

白い髭をはやした威厳のあるお医者さんが入れ代わりに入って来た。

この人が、ものすごい名医で

「原因は毒ですね。毒の正体はアサガオの種です。」

とバレたらどうしようと、ちょっと不安になった。

私達が廊下に出ると

「お嬢様、ちょっとよろしいでしょうか?」

と言って、おじさんが一人近寄って来た。

「なんでしょうか?ナータンおじ様。」

「明日のシュヴァイツァー様の商談の件です。」

「そうね、大変な事になったわね。お父様も明日の為に必死で準備しておられたのに。」

「商談には旦那様の秘書である私が向かいます。もともと同行する予定でしたから。しかし、商会主である旦那様がおられないとなると、商談は不利なものとなるでしょう。」

「そうですね。」

「しかし、旦那様はとてもシュヴァイツァー様の元へ行ける状態ではありません。仮に一晩で回復したとしても、感染症にかかっているのだとしたら、人と会う事は非常識な事と思われます。ですから。お嬢様が明日わたくし達に同行していただけませんでしょうか?」

「えーっ!」

私は絶叫した。