軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編8 はじまりのはじまり?

「少し、時間ないかな」

ニジェルに声をかけられ、カミーユは戸惑った。

ぶっきらぼうな口調で感情の読み取れない表情に、好意的なものは感じられない。

「あの……?」

「聖なる乙女の審査で、討伐審査があるだろう? 君は誰かに武術を習っているか?」

淡々と尋ねるニジェルに、カミーユはフルフルと頭を振った。

「……頼れる方が……いないので」

小さな声で答える。

カミーユは下町生まれだ。

ずっと平民として暮らしてきた。

学園の中で頼れるのはメガーヌだけで、そのメガーヌですらもともとは平民だ。

勉強方法や有益な図書などは教えてくれるが、実践となると彼女も教えられない。武術や魔術の指導者に伝手もない。

「ボクが教えよう」

ニジェルがサラリと言う。

カミーユはパッと顔を輝かせ、ニジェルを見た。

ニジェルはいつもどおりの無表情だ。カミーユは、ニジェルとレゼダに嫌われていると感じていた。

だからこそ、なぜ自分に手を貸してくれるのか不思議だった。

「……でも……なぜですか? ニジェル様のお姉様、イリス様は私のライバルです……」

カミーユが尋ねるとニジェルはサラリと答えた。

「イリスが心配していたから」

「イリス様が……」

カミーユは心の中にポッと温かい光りが生まれたのを感じた。

(この学園では、だれも、私のことなんて心配していないと思ってた)

カミーユは、イリスが自分のことを気にかけていてくれたというだけで、嬉しい。

口元が自然と緩まる。

そして納得する。

(ニジェル様はイリス様を喜ばすために私に声をかけてくれたのね)

ニジェルはイリスをとても大切にしていることが明らかだったからだ。

「で、君はどうする?」

ニジェルに問われ、カミーユは深く頭を下げた。

「どうぞよろしくお願いいたします!!」

ニジェルはそんなカミーユを見て、小さく笑った。

*****

ニジェルとカミーユの武術練習の日々がはじまった。

木刀を使って、魔法で動く紙の標的を倒すのだ。

しかし、カミーユにはなれなかった。

動く物を狙い切るのは難しい。そのうえ、相手は紙だとわかっていても、生き物のようで壊すことに抵抗があった。

可哀想だと思ってしまうのだ。

迷いが剣を鈍らせる。

なかなか上達しない自分に、ニジェルが呆れているのがわかる。

ニジェルは武術の特性が高く、カミーユが剣を躊躇うのことが理解できないのだ。

カミーユも初心者なので、自分のことが上手く説明できない。

なにがわからないのか、それがわからないのだ。

いたずらに時間だけが過ぎていく。

夕暮れの空気に、ニジェルのため息が交じっているようで、カミーユは肩身が狭くなる。

ニジェルの冷めた目には、きっと自分が不甲斐なく映っているだろう。

(嫌われたくないのに。頑張りたいのに……)

カミーユは思いつつ、どうすることもできない。

そのときだ。

一瞬、ニジェルの瞳が獰猛に輝いた。

そして、そのままカミーユを抱きしめる。

カミーユはなにごとかと戸惑うも、『なにか』が自分たちめがけて猛スピードで飛んでくるのが見えた。

(ニジェル様に当たっちゃうっ!!)

カミーユはそう思い咄嗟に防護魔法を繰り出した。

すると、カミーユの保護魔法に当たり、『なにか』がバチンと弾かれる。

ポトンと落ちたそれは、ただの丸めた紙くずだった。

カミーユは呆然とし、ホッとした。

そして、ハタと気がつく。

(……! ニジェル様の腕の中!!)

カァっと頬が赤らむのがわかる。

分厚く大きな胸板に、力強い腕。

振り返ってあたりを確認する首筋は、汗で美しく輝いている。

咄嗟の出来事の中、当たり前のように身を挺して守ってくれたニジェルの姿に、カミーユの胸は一杯になった。

この学園内でカミーユは 爪弾(はじ) きものだった。

カミーユと普通に接してくれるのは、メガーヌとイリスくらいのものだ。

レゼダもニジェルもカミーユにはときおり冷たい目を向ける。

(嫌われているのだと思ってた。もしかして、違うのかしら?)

思わずニジェルを窺い見る。

ニジェルは視線に気がついて、大袈裟なほどバッと両手を開き、距離を取った。

目を逸らし、顔を背ける。

その耳は赤く色づいていた。

「っ、すまない」

「あ、いいえ、あの……ありがとうございます」

礼を言われて、ニジェルは少し驚いた。

「いや。騎士が子女を守るのは当然だ」

素っ気なく答えるニジェルに、カミーユはブンブンと頭を振った。

そんなことはない。

たくさんの男子がいるこの学園で、カミーユを助けてくれた男子はいなかったのだ。

「ニジェル様は当然なのかもしれないですけど、私、嬉しかったです。だから、ありがとうございます」

カミーユがはにかむように礼を言い、ニジェルは思わず唇が綻んだ。

そんな自分に驚いて、思わず唇を噛む。

「……」

ニジェルは返事もできずに、気まずい空気を誤魔化すため飛んできた紙くずを拾った。

異様に固く握り潰された紙くず。

信じられないほどの剛速球。

しかも、殺気を感じなかった。

(こんなこと出来るのは……イリスの仕業か)

そう思い、小さく笑う。

(なにを考えているんだか……。でも、おかげで少しわかった気がするよ)

ニジェルは思う。

カミーユのことをイリスと比較して不甲斐ないと思っていた。

同じ聖なる乙女に選ばれるだけの人物なら、イリスと同じくらいに剣を扱えて当然だと思っていた。

しかし、違う。

咄嗟に抱きしめた体は、イリスに比べて小さかった。

イリスを女性の標準だと思っていたニジェルには新鮮な発見だった。

柔らかい二の腕は柔らかく、いかにもか弱そうだ。

剣を握って振ることすら、今までしたことがないのだろう。

そして、どこか懐かしい薫りを彼女に感じ、なぜか心がホッと安らぐ。

(そんな子に、イリスのレベルを求めるのが無理だったんだ)

ニジェルはようやく気がついた。イリスは普通の女子ではない。

「君は先制攻撃が苦手みたいだね」

ニジェルがカミーユにいうと、カミーユは体を縮こまらせた。非難されていると思ったのだ。

そんな姿を見て、ニジェルは言葉足らずな自分が、彼女を萎縮させているのだと気付いた。

ツーといえばカーと響く、イリスと同じように話すのではいけないのだ。

「……でも、防御はとても上手い」

ニジェルの付け足した言葉に、カミーユは顔を上げた。

「本当……ですか?」

恐る恐るというように、カミーユが尋ねる。

「ああ。騎士のボクが保証するんだ。本当だ」

その一言で、カミーユは花咲くように微笑んだ。

嬉しさがあふれ出したような可憐な笑顔に、ニジェルは面食らう。

そして、それを嬉しく思う。

(オドオドしているより、そういう顔のほうが良い)

ニジェルは思った。

「だから、防御には自信を持っていい。それから、自分を守るための剣の使い方を重点的に練習しよう」

ニジェルの提案に、カミーユは大きく頭を下げた。

「はい!! お願いします!!」

素直な返事にニジェルは思わず微笑んだ。

カミーユはその表情に思わず目が奪われた。

警戒心のないニジェルの笑顔は、イリスとレゼダが独占していたからだ。

そんな希少な姿を見られたことが嬉しくて、カミーユもつられて微笑む。

微笑むあうふたりのあいだには、柔らかな空気が漂っていた。