作品タイトル不明
第8話 あなたもなかなか面倒なのに好かれているわねぇ
ユーリエはともかく、マガツヒ様も驚いたように俺を見る。
こいつらの中の俺の評価どうなってんの?
勇者とか聖人とか、そういう感じなのに。
「え、納税するの? それが嫌だから賄賂を渡したんじゃないの?」
「まあ、そうなんですけどね。ただ、あいつたぶん自分の立場が悪くなって収賄していることがばれたら、こっちのことを切り捨てようとしてくると思うんですよ。だから、あいつに目をつけられた時点で、こっちは無傷じゃすまないんですよね」
賄賂を渡して納税を切り抜けられたとしても、この関係がばれたとき、ゴールたちは何の躊躇もなくこちらを切り捨てるだろう。
おそらく、こっちから賄賂を無理やり渡したように証言するはずだ。
そうなったら、間違いなくこっちが一方的に罰せられる。
正直、狂信者たちはどうなってもいいのだが、一番さらし首にされそうなのが、教祖という立場の俺である。
それはまずい。
「じゃあ、どうするのよ。二重でわたしの金をとられるなんて、断固として許せないわ」
「お前のじゃなく俺のだが、それは当然だ。ただ、さっきも言ったが、逃げようとしても目をつけられた時点でもうダメなんだよ。だから、多少こちらも傷つきつつも、あっちに致命傷を負わせることにする」
「……ああ、なるほどね」
俺の言葉に、納得した様子でうなずくユーリエ。
不快ではあるが、俺と同じ結論に至ったようで、一から全部説明しなくとも理解していた。
理解していないのは、不思議そうに首を傾げているマガツヒ様だけである。
「ちょっとちょっと。僕にもわかるように説明してよ、筆頭信徒」
「納税するとどうなりますか?」
「え、それは普通にいいというか……普通の人だと思うけど……」
普通……まあ、そうか。
俺は絶対にしたくないけど。
なんで俺の金を国に捧げないといけないんだ。逆にしろ。
「そう、普通の人になるんですよ。納税者……つまり、公共サービスが受けられる存在になります。そうなると、被害を受けたと申告すれば、むげにされることはありません」
「なーるほど……」
ユーリエの説明に、ほへーっと口を開けるマガツヒ様。
……分かってる? ちゃんと聞いてる?
「といっても、加害者は官憲ですから、普通に納税するくらいならダメでしょうけどね。だから、高額納税をして、わたしたちがいなくなると困るとお上に知らしめるんです。そうすれば、一介の官憲よりも重要視されるでしょうから」
「ほほう。いい考えのようだけど、そんなお金ってあったっけ?」
「ありますよ。なんかうちの信者って、割とかなり信仰心強めなんで、寄付とかすごいんです」
当たり前かもしれないが、年会費みたいなものはないのがマガツヒ教。
強制されたら、結構人って嫌がるからさ。
逆に、払わなくてもいい、自分の裁量で決めていいとすると、意外と寄付してくれる人も多い。
……マガツヒ教の信者は、やけに寄付に積極的な気がするけど。
別に一度たりとも強制したことはないのだが、懐事情はかなり潤っていたりする。
ちなみに、俺とユーリエは一度もマガツヒ教に寄付したことがない。
当たり前だよなあ?
「……そのお金でなんで納税しなかったの?」
「え? どうして俺のお金を税金に変える必要が……?」
キョトンと首を傾げあう俺とマガツヒ様。
何を言っているんだ、この女神は……。
「……どっちかというと、僕のお金では?」
「がめつい……」
「やっぱり邪神よ、邪神」
「ち、違う! 善神!」
善神が自分のお金とか言っちゃうのはちょっと……。
引いた目を向けると、慌ててしがみついてくるマガツヒ様。
うっとうしいからやめてください。
そんなことを思っていると、教会の扉がドン、と開かれた。
どいつもこいつも……。
「ライアー!」
「おや、どうされましたか?」
「切り替えはや!?」
飛び込んできた少女を見て、俺はにっこりと笑った。
対応、面倒くさい……。
◆
教会に入ってきたのは、長身の女だった。
長い黒髪は、彼女の歩く速さがあることによってサラサラとたなびいている。
前髪は短く切りそろえられており、眼鏡を付けた顔がよく見える。
しかし、その顔は美しく整っているが、愛想のかけらもない冷たいものなので、他人には威圧感を与えるものだった。
衣服の上からでもわかるほど身体の凹凸ははっきりしているのだが、彼女の冷たい顔を見れば、勇気をもってその肢体を見ようとする者はほとんどいないだろう。
そんな女に対して、ライアーはにこやかに笑って対応した。
「お仕事ご苦労様です、シーサイス。いつもあなたの献身で、とても助けられていますよ」
女――――シーサイスはそんなライアーの言葉を受けても、表情を一切緩めることなく、むしろ忌々しそうに顔をゆがめた。
「……私はライアーのために働いているのではないわ。私の献身は、女神様とユーリエ聖女、そしてダリア様に捧げられるものよ」
「そうですね、わかっていますよ(は? なんだこいつ? ユーリエよりもマガツヒ様よりも大切にしないといけないのが俺だろうが)」
「ふん」
ツンと顔をそむけるシーサイス。
なかなか悪い態度をとっている自覚はあるのだが、それでもライアーはにこやかに頷いている。
ユーリエやマガツヒ様のために動いてくれていることがうれしいのだろう。
何せ、彼はこの宗教で最も敬虔な信者なのだから。
「(ぷふーっ! シーサイスに好き勝手言われてやんの! 楽しいわぁ)」
ユーリエもニコニコと楽しそうに笑っている。
相変わらず、マガツヒ教のツートップはありえないくらいに優しく、懐が深いようだ。
「で、あなたは何をしていたわけ?」
「少し官憲の方とお話を。実りのある会話でしたよ(まったくなかった。ゴミと会話させられてつらかった)」
ライアーの身体を見るシーサイス。
彼女の目は、仕事柄人体の不調を見抜くことができる。
何か身体の一部をかばうように動いていることに気づいていた。
「……あっそ。それなのに、身体を痛めているようだけど?」
「少々ドジをしてしまいまして(ガキがね、邪魔でね)」
「ふーん。ほら、さっさと見せなさいよ」
「え、あ……(きゃああああああああああああ! 変態いいいいいいいい!!)」
抵抗しようとするライアーを押さえつけ、衣服をめくる。
すると、痛々しい痣になりかけている傷跡があった。
それを見て、形の整った眉をピクリと反応させるシーサイス。
「……はあ。本当、しっかりしてちょうだい。あなたみたいなのがマガツヒ教の教祖だと、信者の私たちが恥ずかしくなってしまうわ」
「ええ、すみません(め、名誉の負傷になんてことを……。これだからシーサイス嫌いなんだよ!)」
シーサイスはどこからか治療道具を取り出すと、てきぱきと手当をしていった。
非常に慣れた様子で、言動とは違って丁寧な動きだった。
「はい、終わり。ちゃんと安静にしておきなさいよ。何かあったら、聖女様やダリア様に迷惑がかかるんだから」
「ええ、わかりました(まずは俺の心配しろよ。どうでもいいだろ、その二人は)」
「……ところで、全然どうでもいいのだけど、あなたに手を出した官憲はなんて名前?」
シーサイスは、特に何でもないように問いかけた。
明日の天気や、今日の夜ご飯を聞くような感じだった。
そのため、ライアーも特に疑問を抱くことなく、普通に回答した。
「え? 確か、ゴールさんだったと思いますが……。何かありますか?」
「別に。聞いただけよ。それじゃあね」
それだけ聞くと、シーサイスは綺麗な黒髪をたなびかせながら、教会を出て行った。
「……なんだあいつ」
「……あなたもなかなか面倒なのに好かれているわねぇ」
「は?」
ポンと手を肩にのせて訳知り顔をするユーリエに、ライアーは怪訝そうな顔を見せる。
ゴールたち官憲の、目をそむけたくなるような惨殺体が見つかる、数日前の出来事であった。