軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百十三話 策謀と暗躍

ベッドで眠るレーアを見て、コンラートは目を伏せた。

そして車椅子に乗せられたカルロスは、エリクに問いかける。

「お呼びですか? エリク兄上」

吸血鬼の攻撃により、第五皇子のカルロスは半身不随となり、歩くこともできない体となった。

それゆえに皇帝の直轄領にて、軟禁処分を受けていた。

それは一生であり、それでも軽い処分だった。

そんなカルロスをエリクはわざわざ帝都まで連れてきた。

もちろん狙いはある。

「カルロス……私と共に死ぬことができるか?」

意外な申し出だった。

自分のために死んでくれるか?

それならわかる。

しかし、共に死んでくれるか? というのは意外だった。

だから、カルロスは告げる。

「愚かなアードラーの末路……無様に生き続けることで後世の者に示し続けることこそ、私の役割と思っていましたが……まだこの命に使い道がありますか?」

吸血鬼たちに騙されて、カルロスは東部に津波をもたらした。

皇帝を危険に晒し、民に被害を出した。

極刑になっていないのは、カルロスが脅威ではないから。ただそれだけだ。

考える時間はいくらでもあった。

ゆえにカルロスは、愚か者なりに自分の価値を定めていた。

アードラーという一族は愚かであってはいけない。

それを生きることで証明することこそ、自分の存在価値。そう定義していたのだ。

けれど、役立つことがあるなら話は違う。

そんなカルロスにエリクは頷く。

「アードラーの血が必要だ……ただ、嫌ならばいい」

「嫌などというはずがありません。この命で何かできるならば……いくらでも捧げましょう」

「感謝したいが……お前を陥れたのが……〝私〟でもか?」

エリクの言葉にカルロスは驚かない。

ベッドの上でいくつも出来事を振り返った。

そして結論は出ていた。

自分を騙し、行動に移させるように仕向けたのはエリクだろう、と。

「なにをいまさら……そうだろうとは思っていました」

「そうか……」

エリクはカルロスの言葉を受けて、小さく息を吐く。

そのまま自らの懐から小さな日記を取り出した。

それはアメリアが自らの見た未来をまとめたもの。

けれど、ヴィルヘルムと共に見たモノとは少し違う。

それはアメリアが自らの命を絶つ前に書き記した〝最新版〟。

「ここに書かれた未来に行きつくためには……必要だった。許せ」

すべてはそれから始まった。

■■■

クリスタの出産後。

落ち着きを取り戻していたアメリアだったが、ある日、エリクだけを呼び出した。

「――あなたにこれを預けるわ」

そう言って差し出したのは小さな日記。

素直に受け取ったエリクだが、その日記がどういうものかわからなかった。

「これは何でしょうか?」

「先日……クリスタと一緒に寝ていたら久々に悪夢を見たわ。その悪夢を書き記したものよ。なるべく詳細に、起きうることを」

「なるほど……」

未来を見る魔法。

文献にだけ載っている魔法だ。

それによって、悪夢という形で未来を覗き見ているというのがアメリアの考えだった。

アメリアはそれがクリスタ由来のものだと思っているが、本当のところはわからない。

ただ、アメリアはそれが起こりうるものだと考えていた。

そこが半信半疑のエリクとは違った。

「これを私にどうしろと?」

「そこに記した悪夢は……ほかのものとは違うわ」

「どう違うのですか?」

「発生時期が違うわ」

ほかの悪夢はいつも時期が似たようなものだった。

けれど、その悪夢だけは違った。

理由はわかっている。

「どれくらい違うのですか?」

「ほかの悪夢より七、八年早いわね。理由はほかの悪夢よりも早くに帝国が乱れるからよ」

「帝国が乱れる?」

由々しき事態だ。

半信半疑だったエリクは、少しだけ真剣に話を聞いた。

帝国が乱れると聞いては、黙ってはいられない。

以前、アメリアが渡してきた日記は最終的に帝国が滅びるものだった。

どう転んでも帝国が滅びるならば、考慮のしようもない。

やはり悪夢なのだろうとエリクは納得していた。

だが、そうであっても聞いておくべきだ。

本当に魔法の影響だった場合、知らなければ対処ができない。

「そうよ。今までの悪夢の場合……大抵、帝国はヴィルヘルムの〝病死〟で乱れたわ。けれど、その悪夢の場合、ヴィルヘルムは〝暗殺〟されるわ。だから、早くに乱れる」

「ヴィルヘルムが暗殺される……? 残念ながら……そんなことは私がさせません」

エリクの言葉にアメリアは頷く。

そうだ。

ヴィルヘルムの傍にはエリクがいる。

エリクが目を光らせているかぎり、然う然う暗殺など行えない。

だから。

「その悪夢は……あなたが暗殺を見逃した世界線よ。そして……人類にとっては唯一の勝ち筋……」

アメリアはそう言うと静かに目を伏せた。

これまで見た悪夢のどれもが、悲惨な末路だった。

何とか止めてほしいとヴィルヘルムとエリクに託したが、今回は少し違う。

「クリスタがまだお腹にいた頃。私は悪夢なのか未来視なのか、本当のところは理解できてなかったわ。けれど、今は理解できる。あれはクリスタの宿した先天魔法。それが見せた未来の光景だと」

「確信があると?」

「母親の勘とクリスタの様子よ。そこに書き記した悪夢を見た次の日。クリスタは高熱を出したわ。あれは大量の魔力を使ったあとの症状に似ていた」

「……では、そういう前提でお話しましょう。なぜ、私がヴィルヘルムの暗殺を見逃す未来が……唯一の勝ち筋なのですか?」

「ヴィルヘルムの暗殺。ありえない皇太子の死によって帝国は乱れ……悪魔たちは動き出す。けれど、向こうにとっても想定外のこと。準備の整っていない悪魔たちは……〝門〟を開こうとするわ。その門こそ唯一の勝ち筋なの」

「なぜですか? なぜ門が開かれることが唯一の勝ち筋なのです?」

「彼らにとってヴィルヘルムの死は千載一遇の好機。これを利用して、彼らは門を作り出す。けれど、時間を掛けなかったがために……人類側にも戦力が残っている状態で開くことになるわ。戦力が残っているからこそ、門を開かなければいけない、というべきかしらね。その門によって、魔界とこの大陸は繋がる。そこが唯一の勝ち筋。魔界の奥に潜む悪魔を討たなければ……人類に未来はないわ。アードラーを、人類を蝕む毒……多くの未来でヴィルヘルムが亡くなる理由。その根本を叩く唯一の機会よ」

アメリアの説明を聞いて、エリクは顔をしかめた。

魔界にいる悪魔を討つ。

言うのは簡単だが、実行は難しい。

大陸が何百年も悪魔に備えているのは、それができないからだ。

魔界は何の情報もない悪魔の本拠地。

そこで悪魔を討つというのは、想像以上に難しい。

「どうやって討つのですか?」

「わからないわ。その悪夢は途中で終わっているから。きっとクリスタの魔力が持たなかったのね」

「途中で終わっている……?」

「門が開くところで終わっているわ。けれど、その悪夢だけは人類に逆転の芽がある。だから、私はその悪夢を……未来を信じて動くわ」

アメリアの表情が曇る。

その未来への条件は二つ。

一つは皇太子ヴィルヘルムの死。

もう一つは。

「多くの未来で私は陛下を害すわ。狂気に苛まれ、ほかの妃を排除していく。最終的には陛下も。私も人間だから……陛下を独占したいという欲があるわ。だから、私の死も条件。私は死ななければいけないわ」

「ご冗談を……本当かどうかもわからない未来視を信じて……自らの命を絶つと?」

「私も冗談でありたい。けれど、私には確信がある。見てきた悪夢は起こりうる未来。だからこそ、少しでも希望のある未来を選びたい。陛下やクリスタに……生きていてほしいから」

覚悟を決めた人物特有の凄み。

それをアメリアは見せた。

本気なのだとエリクは理解した。

アメリアは本気で、悪夢を未来だと信じて自分の命を絶つ気なのだ。

止めるべきだ。

けれど、本当ならばアメリアを止めるわけにはいかない。

皇帝の寵愛を集める妃。その妃が暴走した場合、エリクには止められないからだ。

「日記を読み込む時間をくださいますか?」

「いいわ。けれど、時間はあまりないし、誰かに話してもいけないわ。ただでさえ不確定な未来。知る者が増えれば増えるだけ、予測不能になってしまう。これは私とあなたの策謀。誰にも知られてはいけない。帝国を、人類を守るために暗躍する覚悟ができたら教えてちょうだい」