軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百十二話 別れの時

帝国内。

結界に閉じ込められたことに気づいた皇帝は、すぐに帝国内の冒険者ギルド支部に連絡を取った。

そして。

「各地の軍を帝都に集結させよ。援軍は見込めん。現有戦力を用いて素早く帝都を攻略する」

皇帝の指示はすぐに各地の子息子女たちに伝えられた。

そして、その総大将を任せると言われたのはレオだった。

「……」

「……」

無言。

皇帝ヨハネスは一通の紙を見ながら、喋らない。

呼び出されたレオも何も言わない。

場所はクライネルト公爵家の屋敷。

そこが連合軍の拠点となっていた。

総大将に任じると言われ、呼び出されたが皇帝ヨハネスは喋らない。

その手元にあるのは。

「……ワシの帰還すら叶わない中、皇后にできることは少なかった。それでも……帝国を敵一色に染めないようにする。ワシらが帰還した時に反撃のチャンスがあるように」

「……」

「各地に勅書を散らす。それがどれほどの効果があるかわからなかっただろう。それでも、これは皇后が未来に託したものだ。少しでも……ワシらに利するようにと」

ヨハネスは語りながら、近くの机に紙を置く。

それは皇后が各地に届けさせた勅書だった。

各地の反抗勢力にとっては反抗の大義名分。

「第八皇子レオナルト・レークス・アードラー。前へ」

「はっ」

ヨハネスは腰にさしていた皇剣を鞘ごと抜き放つ。

そして。

「今日、この時をどれほど待ったことか。立ち会うはずだった者たちの多くがいない……それでも。この儀が意味あるものであると。お前の働きで証明してほしい」

「――必ずや」

「――皇帝ヨハネス・レークス・アードラーおよび、皇后ブリュンヒルト・レークス・アードラーの命により、第八皇子レオナルト・レークス・アードラーを正式に皇太子へ任じる」

「ありがたく」

ヨハネスは皇剣をレオに差し出し、レオはそれを両手で受け取る。

かつてないほど簡素な立太子の儀。

しかし、戦時ならば仕方ない。

やることに意味がある。

たった二人の立太子であったとしても。

「ワシ自ら総大将と行きたいところだが、この体では味方の士気も下がる。反抗軍全軍の総大将を任せる。帝都を占拠するヴィルヘルムを騙る不届き者を討て」

「お任せを」

「……帝都に戻ったならば正式に儀式を執り行おうではないか。これ以上……誰も欠けることなくな」

「はい……父上」

こうして正式に皇太子へと任じられたレオは西部諸侯と連合軍を率いて、帝都に進軍を開始したのだった。

それに合わせて、各地の軍も進軍を開始。

帝都を落とすための戦いが始まったのだ。

■■■

「北部より、藩国・北部諸侯連合軍。東部より、東部国境守備軍および東部諸侯連合軍。南部より、南部諸侯連合軍。西部より、西部諸侯連合軍および皇太子レオナルト率いる多国籍連合軍。それぞれ進軍開始。我らの選抜軍と交戦し始めました」

報告を聞き、ヴィルヘルムはフッと笑う。

早い動きだ。

結界に閉じ込められてからそこまでの日数は経っていない。

にもかかわらず、各地の軍はすぐに準備を整えて帝都を落としにきた。

アードラーらしい判断だ。

結界に閉じ込められたならば、中にいる戦力で落とす。

なかなかできる判断ではない。

援軍のこない戦いだ。

普通ならば結界をどうにかしようとするだろう。

不退転の覚悟がなければ決戦の判断はできない。

だが。

「結界を発動させた時点でもう遅い。一手足りなかったな、皇帝ヨハネス」

そう言ってヴィルヘルムは帝都の空を見上げた。

そこには巨大な黒い穴が出現していた。

それは〝門〟。

帝剣城の魔力を使えば、門を作り出すことは容易だった。

すぐにしなかったのは、門を作り始めたと同時に人類の最高戦力たちに襲撃される展開を避けたかったから。

開くことはできた。あとは安定させるだけ。

その間に反抗軍は帝都に届くかもしれない。

けれど、そこまで。

彼らは間に合わない。

もちろん間に合わないのは彼らだけじゃない。

「さて、首尾は上々。ブルクハルト、エリクはどうだ?」

「城への呼び出しには応じません。派閥の者たちもエリク殿下の下に集まっています」

「暗殺されるとわかっているからだろうな」

門が出来上がった以上、ヴィルヘルムにとってエリクは邪魔者だ。

なにせウェパルを殺す約束をしている。

その履行を求められる前に、ヴィルヘルムのほうが動いた。

「兵を送りこめ。どうせ帝都の外には出られん」

「はっ」

互いに利用する関係だった。

しかし、門が開いた今、エリクは傍に置くには危険すぎる男だ。

何をするかわからない以上、ここで殺す。

もちろんウェパルの処遇は別問題だ。人類の支配を目指すヴィルヘルムにとって、ウェパルも邪魔者。

ただ、直近の邪魔者はエリクだ。

だから始末する。

どこまでいってもアードラーだからだ。

■■■

エリクは私邸の中にいた。

目の前にはベッドで横になるレーアがいた。

「エリク……」

弱弱しい声でレーアはエリクの名を呼んだ。

体はやせ細って、生気は感じられない。

いよいよ最期の時だと感じさせる。

それでもエリクはいつもどおりだった。

「どうした? レーア」

優しい声でエリクはレーアに問いかける。

その手はずっとレーアの手を握っていた。

「……外が騒がしいわね……」

「すぐに収まる」

「……そろそろ……時間みたい……だから、謝って……おきたいの」

「君が謝ることなど何もない」

エリクの声が震える。

けれど、エリクは泣かない。

かつて泣かないと誓ったから。

そんなエリクを見て、レーアはフッと微笑む。

「私の一番幸せな瞬間……あなたからのプロポーズを聞いた日……あの日から……あなたは私の夫だった……」

「ああ……遅くなってすまない……」

「そうね……一年もかかるなんて……意気地なしだと思ったわ……けど……万全の準備を整えるあなたらしいとも思った……」

レーアとエリクの結婚は既定路線だった。

とくに排除すべき障害もなかった。

それでもエリクはプロポーズまで一年の時間を要した。

日にちを気にして、帝国の情勢を気にして、レーアの様子を気にして。

一番と思われる日を待った。

周りが呆れるほどだったが、それでもエリクは真剣だった。

「君に……喜んでほしかった」

「わかってる……だから幸せだったわ……あなたの妻でいた時間は長いとは言えなかったけれど……」

「十分だ。君の夫でいられただけで幸せだった。ずっと愛していた人を妻に迎えられた。それだけで……私は十分だった」

「……ありがとう……」

レーアは礼を言う。

そして力を振り絞り、エリクの頬に手を添えた。

「泣かないで……エリク」

「レーア……私は……良い夫ではなかった……君に相応しくなかった」

「そんなことないわ……あなたが夫でよかった……あなたと共にいた時間で……私の人生は輝いた。嘘じゃないわ……本当よ?」

一筋の涙をぬぐいながらレーアは告げる。

そんなレーアの手をエリクは握る。

「そう言ってくれるなら……光栄だ」

「本当はお互いに皺くちゃな老人になるまで共に居たかった……けど、駄目みたいね……だからお願いを聞いてくれる?」

「どんな願いでも……」

「また生まれ変わっても……伴侶にしてくれる……? 今世では短かったから……来世ではより長く……」

「……必ず。来世でも君を……君だけを伴侶に迎える。迎えに行く」

それを聞くとレーアは満足そうに微笑んだ。

そのまま手から力が抜けていく。

けれど、レーアは力を振り絞って意識だけは失わなかった。

もはや手にも力が入らない。

それでも。

それでも。

それでも。

言わなければいけないことがあった。

「あなたを……私の夫として縛り付けてしまったわ……もう戻っていいのよ……? 優しい兄に……」

「レーア……愛している」

「私もよ……家族をお願いね……私の殿下……」

目がゆっくりと閉じていく。

待ってくれ。

逝かないでくれ。

エリクはそう思いながら口にはしない。

これ以上、レーアを引き留めることは、レーアを苦しめることになるから。

だから、エリクは静かに見送った。

「……」

しばらくレーアの手を握り、ただ押し黙っていたエリクだが、伝令がやってきた。

「殿下……第一陣は追い返しました……」

「ご苦労……」

「すぐに第二陣がまいります。アルテンブルク公爵も剣をとり、最期まで時間を稼ぐと仰せです……」

エリクの暗殺者であるシャオメイ。

その横腹には血がにじんでいた。

このまま戦い続ければ長くはない。

それでもエリクは告げる。

「シャオメイ……最期までとことん付いてきてくれるか?」

「皆、そのつもりです……殿下」

「――コンラートとカルロスを呼べ」

エリクの目にはもう涙はない。

流す涙はもうないからだ。

憂いはもはやない。

ただ、前に進むのみ。

「これより〝召喚の儀〟を開始する」