作品タイトル不明
第七百六話 SS級のステージ
「達者なのは口だけかい?」
ラファエルはそう言ってクロエの攻撃を容易く防ぐ。
クロエとしてもどうにかラファエルの余裕を崩したかった。けれど、できない。
「元第十近衛騎士隊長って聞いてたんですけど?」
「本気じゃなかったってことさ」
クロエは左右の剣を振るう。
時間差のない同時攻撃。
それをラファエルは一本の剣で弾いた。
圧倒的にクロエより速いのだ。
だから。
「怒られそうだなぁ」
呟きつつ、クロエは深く息を吐く。
≪我は簒奪者なり・冥府の底より黒を簒奪した≫
≪這い出ろ冥黒・万象を闇へ沈めろ≫
≪漆黒の王とは其の黒なり・深淵の主とは其の黒なり≫
≪根源の冥黒・終点の漆黒≫
≪すべてはその黒より現れ・すべてはその黒に沈む≫
≪集いて染めよ――ダークネス・フォース≫
決戦でクロエは皇剣による魔力回復を頼みに、ダークネス・フォースを連続で使用した。
その反動を見て、竜人族はクロエにしばらくダークネス・フォースを使うなと釘を刺していた。
けれど、使わずに勝てる相手ではない。
そういう判断だった。
「古代魔法か……シルバーの弟子というのはあながち間違いじゃなさそうだね」
「今の私は一味違いますよ!」
クロエはそういうと瞬時にラファエルの後ろを取った。
まだラファエルが自分を舐めているうちに、なるべくダメージを与えたい。
ゆえに躊躇なく首を狙った。
しかし、ラファエルは後ろを振り返らずにその攻撃を受け止めた。
「速度が上がった途端、背後を取って首を狙う。セオリー通り。経験が浅いね」
「くっ!」
クロエは急いで距離を取る。
不意打ちを完全に見抜かれた。
ラファエルの間合いにいるのは危険だと思ったのだ。
しかし、ラファエルの追撃はない。
ラファエルはチラリと先代と今代のノーネームの様子をうかがう。
どちらも卓越した剣技の持ち主。
そもそも先代は力が衰えたからノーネームの座を譲ったわけじゃない。裏で暗躍するために、表の顔を譲っただけだ。
そして持っている魔剣はほぼ同等。おそらく単純な力は冥神のほうが上。しかし、魔剣の扱い方という点で、先代のほうが一歩も二歩も上にいる。
ゆえに互角。
そのため。
「手助けは必要かい? ノーネーム」
「手出しは無用です」
「そうかい。なら、もう少し彼女と遊ぶとするよ」
いつでも終わらせることはできる。
にじみ出る自信。
その言葉が嘘ではないことをクロエは感じていた。
きっと、ラファエルは早く終わらせようと思えば終わらせられる。
実力に大きな差がある。
けれど。
「舐めてくれるなら好都合……!」
クロエは真っすぐラファエルに突撃した。
実力に差があっても勝てる時はある。
相手が本気じゃないとき、相手が舐めているとき。
勝者が常に強いとは限らない。
だから、クロエは真っすぐ突っ込んだ。
それに対してラファエルはつまらなそうに剣を振った。
相手が倒れない程度の攻撃。
すぐに終わらせると暇になるから。
とても本気ではない。
そこに付け入る隙がある。
クロエは一瞬で速度を上げる。
さきほど背後を取った時よりも速く。
ラファエルの攻撃をかいくぐり、懐に潜り込む。
油断しているなら攻撃は通る。
双剣を連続で振る。
左右からの連続攻撃。
それをラファエルは防いだ。
一歩も動かず、剣も動かさず。
クロエの剣は何かに阻まれて、ラファエルの体には届かなかったのだ。
「そんな……」
「余裕は見せても油断しているわけじゃないよ。その差が見抜けない君は、このステージに立つのはまだ早い」
そう言ってラファエルはクロエを蹴りで吹き飛ばした。
咄嗟にガードはしたが、勢いは殺せない。
勢いよく吹き飛ばされたクロエは、暫定王都の手前で何かに衝突し、そのまま地面に倒れこんだ。
それを見てラファエルは目を細めた。
「仙姫の結界か。消耗しているだろうにご苦労なことだね」
暫定王都に残っているのは負傷、もしくは消耗している者たちだ。
しかし、クロエにしろ、仙姫にしろ思った以上に回復している。
自分たちの想定よりも優秀な治療担当がいるのかもしれない。
「大した抵抗を予想していなかったんだけど、誤算だったかな」
呟きながらラファエルは起き上がったクロエを見る。
「やめておきなよ。君じゃ僕にはかなわない」
「かなわないからって……寝てるわけにはいかないんです……」
「死ぬよ? 僕を止めたきゃ、SS級冒険者かエルナを連れてくるべきだ」
「舐めないでほしいですね……これでもシルバーの弟子です……!!」
魔力が急激に上がった。
そのことにラファエルは剣を構えた。
来ると思った時にはクロエはラファエルの傍まで来ていた。
さきほどの比ではない速度。
強化型の古代魔法。
それを全開で使っているのだ。
これまでは短期決戦仕様の魔法を上手に使って、長持ちさせていた。
それをやめた。
これが本来の仕様。
先のことは考えない、その場限りの一発勝負。
縦横無尽に動き回るクロエは、すれ違いざまにラファエルの体を斬りつける。
しかし、攻撃は通らない。
「風の障壁……!」
見えない何か。
それが風の障壁だと見抜いたクロエだが、風魔法にしては強度がおかしい。
クロエの一撃はダークネス・フォースによって強化されている。
シルバーの結界だってそう簡単には耐えられない。
それを易々と防いでいる。
これでは魔法というより。
「権能……?」
「そろそろ時間切れかな?」
速度がいつの間にか遅くなっていた。
ラファエルはそんなクロエに剣を振るう。
速く、鋭い攻撃。
その剣が薄く風を纏っているのを見て、クロエは少しだけラファエルの力の源泉を見た気がした。
しかし、それで勝てる相手でもない。
再度、吹き飛ばされたクロエは、また結界にたたきつけられた。
「うっ……」
呻きながらよろよろとクロエは立ち上がる。
切り札は使ってしまった。
もはやもう一度使う力はない。
それでもクロエは立ち上がった。
絶対にあきらめない。
そんな意志を持って、クロエはラファエルを見つめる。
その目を見てラファエルは苛立ったように歩き出した。
「気に入らない目だね」
剣を構え、ラファエルは殺気を出し始める。
さきほどまでのお遊びとは違う。
「わざわざシルバーと敵対する必要はないと思ったけれど、邪魔すぎるからここで死んでもらうよ」
「お師匠様と敵対したくないなら……もう遅いですよ。あなたはお師匠様が一番気に食わないと思うタイプですから……」
「それならなおさら遠慮はいらないね」
そう言ってラファエルはクロエに向かって剣を振り下ろした。
けれど、甲高い音と共にそれは受け止められる。
「やっと出てきたね」
「用があるのは私のはずよ、ラファエル」
「エルナさん……」
「よく頑張ったわね」
クロエにそう声をかけると、エルナはラファエルの剣を弾く。
ラファエルはフッと微笑むと剣を構える。
「起き上がったならちょうどいい。騙し討ちで討ち取るのはすっきりしないと思っていたんだ」
「騙し討ちで私を討ち取れると思っているなら、ずいぶんと頭がお花畑なのね。前、負けたのを忘れたのかしら?」
「前は前さ。あの時は本気じゃなかった」
そう言うとラファエルはエルナに斬りかかったのだった。