作品タイトル不明
第七百五話 結界の縛り
「さすがに壊れねぇな」
帝国を覆った結界。
それを調査していた俺とジャックは、遠距離から攻撃を加えていた。
ジャックの矢と俺の魔法。
どちらも弾かれている。
「ちょっと本気で撃ってみていいか?」
「任せる」
俺は魔力弾を撃つのをやめて、何かあった時に備える。
結界に弱点らしい弱点は今のところ見えない。
単純な攻撃力で破れるかどうか、それを確かめるにはジャックの攻撃はうってつけだ。
ジャックは少し深呼吸をすると、ゆっくりと弓を引いた。
矢はない。
しかし、弓を引いていく過程で魔力の矢が作られていく。
魔弓。
その使い手であるジャックの攻撃力は、大陸トップクラスだ。
一瞬、ジャックの体から膨大な魔力が溢れ出る。
だが、そのすべてが矢に変換された。
「これならどうだ?」
そう言ってジャックは矢を放った。
高密度の魔力による矢。
猛スピードで結界へと向かうそれは、結界に触れると激しいせめぎ合いを見せる。
しかし。
矢は結界を突破することなく、やがて力尽きて霧散していく。
「駄目か……」
「遠距離攻撃での破壊は無理そうだな」
ジャックの攻撃が通らないなら、距離を空けた攻撃は通らない。
俺が全力で魔法を放っても無意味だろう。
あの感じを見るに、結界自体の強度が硬いというよりも、結界と俺たちの間にある種の断層がある。
単純な攻撃は通らないだろう。
「近づいてみるか」
「距離の問題じゃなさそうだけどな」
ジャックは頭をかきつつ、結界に近づくためにジャンプする。
もちろん、結界のギリギリまで行くつもりだったんだろう。
しかし、途中で失速して地面に膝をついた。
「……」
「……」
「なにをしてる?」
「体が重いんだよ!」
ジャックが異常を受けるレベルだとするなら、ほかの者なら近づくことすら無理ということになる。
困ったことになった。
調査しようにも、調査ができる人材すら限られるということだ。
そんなことを考えながら、俺は歩いて結界の傍にたどり着いた。
まったく、何の影響も受けずに。
「……」
「……」
「ふざけているのか?」
「ふざけてねぇよ!!」
俺は何の苦労もなく結界の傍にたどり着いた。
もう触れる距離だ。
しかし、ジャックは重い荷物を背負っているかのように、歩いてきている。
なぜ、俺だけ影響を受けない?
不思議に思いつつ、試しに自分の周りに張っていた結界を解く。
だが、それでも俺の体に異常はなかった。
「本当に何にもないのか……?」
「何もないな」
「ってなると……魔導師は平気ってことか?」
「魔導師か魔導師じゃないかを見分けるのは困難だ」
魔法を使う者を魔導師とするなら、線引きは難しい。
剣士でも魔法は使う。
かといって、魔力量だとしたら俺が動けるのがおかしい。
一定以上の魔力量があると影響を受けないとするなら、この結界は欠陥だ。
きっと違う理由だろう。
「だったら何が基準だ?」
ようやく結界に辿りついたジャックは、結界に手を伸ばす。
だが、何かによって手は弾かれた。
触ることもできないようだ。
それを見て、俺も手を伸ばす。
だが、俺の手は弾かれることもなく、結界の中へとすり抜けた。
それを見て、俺は急いで手を引く。
「おいおい!? 今、すり抜けただろ!?」
「……なるほど」
これほどの結界だ。
なんらかの縛りがある。
それが見えてきたな。
「この結界はアードラーなら入ることができるんだろう」
「皇族なら問題ないってか? だったら、全員撤退できるな」
「入ることができたとしても、出てくることができるかはわからない。発動したタイミングを考えれば、おそらく帝国内に皇族が入ったタイミングで発動したはず」
レオが率いる連合軍は国境近くまで来ていた。
父上の動向はわからないが、発動したということはきっと父上も入ったんだろう。
そうなると、現在、生存が確認されている皇族は全員、結界内ということだ。
「最初に取り込めば、入ることができるという欠点は欠点ではなくなる」
「そりゃあそうだが……アードラーだけが入れても意味ないだろ? お前は別だろうが」
まったくもってその通り。
結界に侵入させたいのは勇者であり、SS級冒険者だ。
この程度の縛りでこの結界が維持できるわけがない。
わざわざアードラーを中に取り込んだということは。
「ジャック……結界に入ってもいいぞ」
「入れたら苦労しねぇって」
呟きながらジャックは結界に手を伸ばす。
その手はさきほどの俺のように結界の中へとすり抜けた。
慌ててジャックは手を引く。
「おい!? どうなってる!?」
「おそらく〝アードラーが許可した者は入れる〟ってところだろう。アードラーが号令を出せば、アードラー指揮下の軍も入れるぞ、たぶんな」
だから、アードラーはあらかじめ取り込んだ。
出ることは不可能なんだろう。
そうでなければ取り込む意味はない。
「お前がいるのに、よくこんな結界を発動させたな?」
「敵はどうやら俺の死を信じているらしいな」
「そういえば、死んでたな。忘れてた」
ジャックは肩を落としてため息を吐く。
すべてのアードラーを取り込んだ。
そういう判断で発動させたんだろう。
死んだ奴をカウントする奴はいない。
「ってことは、お前の存在はこの結界にとって弱点ってことだな」
「そうなるな」
「じゃあ、どうする?」
「まずは戦力を一か所に集める。すべての戦力を俺の指揮下に集めないと意味はない」
許可というのは抽象的だ。
遠話で許可すれば大丈夫なのか?
それとも俺の声を直接聞く必要があるのか?
許可を与えたら、ずっと許可は続くのか?
それらを検証する時間はない。
なら、さっさと俺の指揮下に戦力を集めたほうが早い。
「さて、行くか」
「どこにだ?」
「王国だ」
まずは連合軍と合流するのが先だ。
全軍が帝国内に入ったとは思えない。
まだ戦力は残っているはずだ。
■■■
連合軍総司令部跡地。
元は王国のルイヴィーユ要塞。
総司令室が爆破され、要塞は放棄された。
ここを維持する戦力はすべて暫定王都に回されたからだ。
そこに俺とジャックはいた。
「転移するにしても、ほかに場所があっただろ?」
「これは個人的なことだ」
総司令室があった場所。
そこに俺はいた。
何も残ってはいない。
詳細はヘンリックから聞いている。
暗殺者と同時に魔導爆弾と化したギードも送り込まれていた。
確実に俺を殺すために。
そしてギードはヘンリックに語った。
どれほど俺が憎かったか。
お互いに落ちこぼれだった。
けれど、家族との関係性は違った。
どれほど落ちこぼれでも、俺は家族から見放されることはなかった。
けれど、ギードは見放されていた。
どれだけ落ちこぼれでも、俺は友から見放されることはなかった。
けれど、ギードは見放されていた。
俺とギードは良好な関係とはいいがたい。
いじめる側といじめられる側。
それでも幼い頃から同じ時間を過ごした。
悪縁の幼馴染。
排除しようと思えば、排除できた。
それでも排除しなかったのは、心のどこかで友と思っていたからだろう。
けれど、伝えなかった。
だから、最期にギードはヘンリックに友が欲しかったとこぼした。
俺は友と思っていたが、ギードには伝わっていなかった。
言葉にも態度にも出していない。当たり前だ。
伝えるようなことでもなかった。
そう思っていた。
だけど、伝えていれば違う未来があったかもしれない。
「秘密主義も考えものだな」
「いきなりどうした?」
「……人は言葉にしないと伝わらない生き物だと思ってな」
「当たり前だ。察してくれなんて……察することができない愚か者の傲慢だ」
ジャックは目を伏せながらつぶやく。
きっと自分の体験からの言葉だろう。
家族の異常を察することができなかった。ゆえに家族が離れていった。
あの時、ジャックは自分の気持ちを察してほしかった。けれど、家族の異常は察することができなかった。
ジャックらしい言葉だ。
「……ここで友が一人死んだ。もう友を失いたくはない」
「なら、頑張ることだな」
「そうだな」
友人関係は容易く壊れる。
それを維持するのは大変だ。
それでも。
失いたくないなら頑張るしかない。
だから。
「行こう、覚悟はできた」
そう言って俺は歩き出す。
セバスはいつか言った。
公表するのと露見するのでは天と地ほどの差がある、と。
そして俺は秘密を抱え続けた。
秘密にした以上は、明かす場面は決定的な場面でなければいけないから。
その決定的な場面はきっと今だ。
結界に入るには、指揮下にあるすべてにアルノルトの生存を告げなきゃいけない。
けど、その前に伝えなきゃいけない人物がいる。
大切な幼馴染に。
ケジメとして伝えなければ。
シルバーの正体を。