作品タイトル不明
第六百九十六話 挑発の流布
ルーペルトが反ヴィルヘルムを鮮明にして、北部一帯がそれに加担したことによって、帝都周辺も騒がしくなり始めていた。
これまで沈黙を守っていた者たちが動き始めたのだ。
「エメルト剣爵は二千の騎士を率いて、川向こうに着陣しました」
報告を聞き、シュタイアート剣爵はため息を吐いた。
こちらの動きに合わせ、牽制する形で出陣してきたということは、敵ということだからだ。
「遺言書はこちらにあるというのに、それでも相手方につくということは、最初から通じていたのでしょうな」
シュタイアート剣爵はそう言って、遺言書を自らの下へ届けた者へ視線を向けた。
宰相は最も信頼できる者に遺言書を託し、帝都から逃がした。誰よりも早く。
それが大勢を左右するかはわからない。
だが、遺言書さえあれば反抗勢力の正当性を証明できる。
人にとって大義や正当性は大切だ。
そのために宰相はもう一人の親友に託した。
「どう動くべきでしょうか? ヴァイトリング翁」
「川を挟んで対陣し、時間を稼ぐのが最良と存じる。シュタイアート剣爵」
「消極的すぎませんか?」
「エメルト剣爵の軍勢を引き留めておくだけで十分。剣爵同士が争っている、という状況さえできていれば、それだけで人に問いかけることができる。どちらが正しく、どちらが間違っているのか、と」
「なるほど。では、その通りに」
かつて宰相と共にヨハネスを皇帝に押し上げた忠臣。
エトムント・フォン・ヴァイトリング。
宰相より遺言書を預かったエトムントは、そのまま現状、もっとも信頼できる剣爵家であるシュタイアート剣爵家の下に身を寄せていた。
「しかし、剣爵家同士が争うなど久方ぶりのこと。ここまで帝国が乱れるとは思いませんでした」
「一時的とはいえ、皇帝も皇太子最有力も存在が消えた。なかなかない事態といえる。どの貴族も、次代の権力者が誰になるのか見定めている状況だ。裏に悪魔がいるなら上手い手だ。人類の団結は外敵に対しては働くが、人類同士の争いでは働かない」
悪魔はすでに連合軍により滅ぼされた。
その認識がある以上、悪魔の介入を一般の貴族が疑うのは難しい。
そうなると、次代の権力争いとしか今の状況は映らない。
民の支持も徐々にヴィルヘルムへ傾きつつある。
ヴィルヘルムが悪政を敷けば支持も離れるが、やることが完璧すぎてつけいる隙がない。
当たり前だ。
隣にいるのはエリクなのだから。その部分で付け入る隙を与えることはない。
「今のヴィルヘルム殿下はエリク殿下の傀儡なのでしょうか? それとも悪魔の成り代わりなのでしょうか?」
「おそらく後者……前者の手を使うほどエリク殿下は愚かではない。なにより、エリク殿下とヴィルヘルム殿下は兄弟というより、親友同士に近い。その偽物を利用するのは、心が受け付けないはず」
「では、エリク殿下も悪魔の支配下に……」
「それはわからない。ただ、エリク殿下は意味のないことはしない」
エリクという人間は子供の頃から知っている。
一見すると意味のない行動でも、あとになると意図が見えてくることがある。
政治や軍略という頭脳面においてはヴィルヘルムを凌ぐ秀才。
先を見通し、いくつも手を打つ策略家だ。
そのエリクがただ悪魔に従うというのは考えにくい。
「反抗の機会を窺っていると?」
「そうであってほしいものだ。人類として、な」
そう言ってエトムントは立ち上がる。
そして少し咳き込みながら天幕を出ていく。
「ヴァイトリング翁、無理をなさらず」
「無理なことなどあるものか……この両肩には友の遺志が宿っている。私はそれがある限り、倒れたりはしない」
そう言ってエトムントは僅かな供を連れて、対陣するエメルト剣爵の陣を視察しに向かったのだった。
■■■
「それは事実なのかい……?」
連合軍を率いて帝国へ向かっていたレオは、臨時の王都にて帝都の詳細を知ることになった。
その出所は西部のクライネルト公爵だった。
フィーネから伝えきいた帝都の詳細を、臨時の王都へ伝えたのだ。
それがレオの耳に入った。
「はっ……後宮は燃え尽き、皇后陛下とテレーゼ元皇太子妃も最期まで中におられたそうです。また、宰相閣下も脱出の際に姿が一切見えなかったため、おそらく暗殺されたものかと……」
「なんてことだ……」
レオは衝撃的な報告にふらつく。
それを傍にいたレティシアが支えた。
「レオ!?」
「皇后陛下にテレーゼ義姉上……それに宰相まで……」
「気をしっかり……」
「大丈夫……大丈夫だよ……」
少し動揺しただけ。
レオはそう告げて、傍にあった椅子に腰かける。
そのまま深呼吸をはじめた。
ショックが大きい。
三人とも家族といって差し支えない。
思い出もある。それでもここで動揺している場合じゃない。
誰かの死にいちいち動揺していたら、戦場で大将を務めることはできない。
「……情報を封鎖。このことは極力、外に漏らしてはいけない」
「レオ、それは……」
「わかっている。知る権利は皆にある。けど、このことが父上の耳に入ったら、父上は決して止まらない。無理をしてでも戦場に出てくる。僕はそれを止められない」
レオとヨハネスが分かれているというのは、リスク管理の面もあった。
どちらかが倒れても、どちらかがいる。
その状況のためにも分かれた。
けれど、この情報を知ればヨハネスは間違いなく帝国へ向かう。止めても聞かないだろう。
それどころか、多数のけが人も無理をしてついてくるはず。
皇后と元皇太子妃。
その死を招いた反逆者を許すまじ。
その風潮が生まれてしまえば、状況がより混乱する。
避けるためにはこの情報を隠すしかない。
いつまで持つかはわからないが、それでもレオが帝国入りするまでは隠したい。
だが、そんなレオの意図に反して。
「レオナルト!」
部屋にいきなり入って来たウィリアムは、驚くレオに一枚の紙を見せた。
「これは?」
「帝国から流れてきたそうだ! すでに民の間で多く出回っている! 帝都にて皇后と元皇太子妃が後宮にて死亡! その首謀者は宰相だと書いてあるぞ!?」
「そんな馬鹿な話があるわけない!」
レオはそう言って紙に目を通す。
勅書を得て、用済みとなった皇后と元皇太子妃を宰相は閉じ込め、後宮に火を放った。
馬鹿げた内容だ。
しかし、それは民に出回ってしまった。
「まずい……!」
そのレオの懸念はすぐに現実のものとなった。
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「どうしても行かれるのですか?」
勇爵の問いにヨハネスは鎧を身に着けながら、静かに頷いた。
「わざわざこんなものを出回らせた以上、挑発の意図があるのは明白。それでも……行かれるのですね?」
「……妻と義理の娘が逝った。その犯人が親友だと広められた。これほどの怒りは初めてだ……震えが止まらぬ。このままここにいては……この怒りがワシを殺してしまうだろう……挑発だろうと知ったことか……ワシ自ら出陣せねば……この怒りは収まらぬわ!!!!」
怒号。
それと共にヨハネスは歩き出す。
竜人族の薬は驚異的だ。
重傷だったヨハネスもそれなりに動けるように回復した。
ただ、今回ばかりはそれが悪い方向に働いた。
「残るなら残ればよい。ワシは一人でもいく」
「私も皇后陛下やテレーゼ様、それに宰相とは古い付き合いです。陛下が行かれるというなら喜んでお供しましょう」
片足になった勇爵は杖をついているが、その立ち姿は以前と変わらない。
ヨハネスは頷くと、そのまま歩き始めた。
そして。
「ワシと心を共にする者は続け! 出陣じゃ!!」